だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
(役得、って思ってたら流石にシルフさんに刺されるかねー……よし、シルフさんにもこの事は報告しないでおこう。うん。てか下手に一連の流れを話せばこの国滅ぶかもしれねーしな)

 いやはや、笑い話で済ませられたらよかったのだが……残念な事に、人命救助だとしても、彼女の自業自得だとしても。
 アミレスのファーストキスを奪った男というのは、何名かの恨みを買う事になるだろう。
 例えば精霊界を統治する精霊達の王だったり、帝国最大の商会の魔女だったり。他にも人類最強の聖人だったり、鈍色の天才と歌姫だったり、影に生きる執事だったり、風を操る女侯爵だったり。

 もしかしたら……緑の竜や、東の大国の切り札や、神々に愛された男まで。粒ぞろいの化け物達の顰蹙を買うかもしれない。
 もし本当にそんな事になれば──……世界規模の大戦が起こる事間違い無し。
 というか、シルフに報告した時点でこの国から魔力原子が失われる可能性すらある。魔力を管理する精霊達の王ならば、そんな事まで可能なのだ。
 それをよく分かっているエンヴィーは、シルフには絶対報告しないと決めた。それがシルフ自身と人類の為だと判断したのである。

「ああ、そうだ。師匠……この事は……」
「勿論誰にも言いませんよ。姫さんが嫌がる事はしませんから」
「よかった。ありがとう、師匠」

 あからさまにホッとした顔で目元を綻ばせる。アミレスは、何とかしてこの事を忘れようとしていた。
 それだけ、なんの前触れもなくファーストキスを奪われた事がショックだったのだろう。……彼女にも、普通の女の子らしい一面があったものだ。

「さて。風邪を引く前に東宮に戻りましょう、姫さん。人間ってのは簡単に倒れるものなんでしょう? なら気をつけないと」
「うん、分かった」

 エンヴィーは、アミレスを抱えてゆっくりと立ち上がった。エンヴィーの頭上ではたちまち降り注ぐ雨が蒸発し、彼に届く事無く消えている。
 故に、エンヴィーは一切雨に濡れずに、家々の屋根の上を疾走していた。何にも阻まれる事は無く、最短距離で風を切るように進む。
 やがて城壁に辿り着き、そこからアミレスは王城の敷地内へと入って行った。
 しかしエンヴィーは少し用事があると言って街に戻った。その用事というのは……。

「よし、これで目撃者は集められたか」

 アミレスにとっての忘れたい出来事、ファーストキス事件の目撃者達に他言無用と釘を刺す事だった。
 なんなら、殴って記憶を消してやろうか、とさえも考えている。

「姫さんから話は聞いた。お前等、今日あった事は忘れろ。もしも他言したならばそのときは命は無いと思え。俺の権能を以てして、お前等を灰すら残さず燃やし尽くしてやる」

 有無を言わさぬ口調に、息が詰まりそうな威圧。今のエンヴィーには、最上位精霊の側面がかなり強く出ているようだった。

「エンヴィー様、王女殿下はご無事なのでしょうか?」

 イリオーデが威圧に負けず口を開くと、

「ああ。姫さんを東宮まで送ってからお前等を回収しに来たからな」

 エンヴィーはつっけんどんな態度で返事した。

「そう、ですか……良かった…………私は、当然王女殿下のご意向に従います」
「今日の事は忘れたらいいのか。王女様がそれを望んでるなら、俺も頑張って忘れよう」
「僕も……別に、姫の為とかじゃなくて、燃やされたくないからだけど」

 次々に今日の事は忘れると発言する中、シュヴァルツは一人、口を閉ざしていた。その事が鼻についたようで、エンヴィーはシュヴァルツをひと睨みして、

「お前も何とか言えよ」

 ドスの効いた声で凄む。しかしシュヴァルツはそれに怯んだりする事はなく、

「……後で、ちゃんと彼女には謝る。ぼくの考えが甘かった事も認める。その上で、忘れられるよう努力もするよ」
(──何でこう、アイツ相手だと何もかも上手くいかねェんだよ……クソッ)

 あの時の、本気で戸惑い傷ついていた彼女の表情を思い出し……思い通りにならない事へと、苛立ちを覚えていた。
 この後イリオーデとシュヴァルツはシャルルギル達と別れて東宮に戻り、そしてエンヴィー立ち会いのもと、こっそりとアミレスに謝罪した。
 あのシュヴァルツが──……傲慢なりし悪魔が、大人しく頭を下げた。これはそれだけの事だったのだ。
 謝罪の時、シュヴァルツの声はとても真剣だった。
 アミレスは自分にだって非がある事をよく分かっている。だからこそ、この謝罪の時をもって全員がその事を忘れ、無かった事にする……としたのだ。

(忘れて、全て無かった事にする。とか本来のオレサマなら面白くねェから絶対拒否したな)

 アミレスへの謝罪を済ませて、シュヴァルツは侍女服に着替える。

「はァ……マジでどうしちまったんだよ。オレサマは、こんなんじゃねェだろォが──……」

 後頭部を掻き毟り、シュヴァルツは深く項垂れた。
 その独白は誰にも聞かれる事無く、静かに闇に消えてゆく。それはまさに、悪魔(かれ)自身のように……一寸先の闇へと落ちていったのだ。
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