だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
322.ある男達の晩酌2
「ぉおい! いりおーれ、おめーなにのんびりしてやある! もっとのむぞ!!」
「……ディオ、飲みすぎだ」
「そうだよぉ〜〜、いりおーで。せっかくのおさけなんだから、いっぱいのまなきゃぁ〜〜っ」
「ラーク、お前まで……!?」
平静を保ち続けるイリオーデに、泥酔したディオリストラスとラークが襲いかかる。二人共酒に飲まれ、完全に悪酔いしているではないか。
自分だけはセーブしなければ、と思っていたイリオーデだったが……この通りディオリストラスとラークに無理やり飲まされ、彼もまた酔う事になる。
──翌朝、目が覚めた時。
イリオーデは随分と胸元をはだけさせ、頭痛に悩まされながら体を起こした。
もはや寝台で寝る事もなく、十一人もの人間が雑魚寝をしていた。右隣にはジェジとエリニティ、左隣にはディオリストラスとラーク。
近くでメアリードとルーシアンも寝ており、まさに身動きが取れないような状況。
「……──はぁ。酔うまで飲むなんて、私らしくもない」
二日酔いが頭痛となって彼を襲う。
だが、こんな日があってもいいだろう。
自分の周りで雑魚寝する家族を見て、イリオーデは小さく頬を綻ばせた。
♢♢
「へーいかっ、見て下さいよこのワイン! シャンパージュ伯爵がもし良かったら陛下にと、献上してくれたんですよ〜! 一緒に飲みましょうよ!」
時は少し遡り、バドールとクラリスの結婚式があった日の夜。ケイリオルが、軽やかな足取りで北宮にあるエリドルの私室を訪れた。
その手には上質なワインが二瓶とグラスが二つ抱えられていて。浮ついたその声から、献上されたワインに破顔している事がありありと目に浮かぶ。
「……それは別に構わぬのだが、せめてノックぐらいしろ。お前ぐらいだぞ、私の部屋に扉を蹴破って入ってくるのは」
氷柱から水が滴り落ちるかのような落ち着いた声で、エリドルはケイリオルを窘めた。
その時のエリドルの格好は、バスローブ一枚。
彼は湯上りだった。その硬い銀色の髪からポタリポタリと水滴を落としている様子から、本当につい数十秒前まで湯浴みをしていたのだろう。
それに気づいたケイリオルは、「あっ」と声を漏らした。
「はは、湯浴み中でしたか。お邪魔してしまい申し訳ございません。それはともかく、ワイン飲みましょう、ワイン!」
「一国の皇帝の私室にワイン片手に押し入り、我が物顔で寛ぐとは……」
「もう業務時間外ですからね。あ、じゃあ陛下って呼ばない方がいいのでしょうか?」
「知るか。既に好き勝手やってるのだから、好きにすればいい」
「はーい。じゃあ一応、このまま陛下って呼びましょうか。誰かに聞かれては困りますので」
「……ならば、その布を外す気は無いのだな」
「そりゃあ、まあ。この布を人前で外す日はもう二度と来ないんじゃないですかね? 時と場合によりますけど」
相当、普段からこの部屋に入り浸っているのか、ケイリオルは慣れた動きで長椅子に座り、ワインの栓を抜く。
業務時間外という事で皇帝にさえも遠慮が無くなるケイリオルに、エリドルは呆れたようにため息をついた。しかし、普段臣民に見せるような冷酷な眼差しはそこにはなく。彼はケイリオルを呆れの眼差しで見つめるだけだった。
(相変わらず、個人の空間では途端に人が変わるな)
それどころか、嬉々としてワインをグラスに注ぐケイリオルを、微笑ましく思っていた。
他の誰よりも皇帝の側近とずっと一緒にいたエリドルにとって……『彼』の無邪気な姿というものは、自分が奪ってしまった彼らしさだったのだ。
遠い昔の思い出の中では当たり前だったそれに、エリドルは瞳を細めた。
(……お前だけは、俺の前から居なくならないでくれ。お前まで居なくなったら、私は…………)
眉間に皺を寄せ、苦しげにエリドルは思う。
「陛下。大丈夫ですよ、僕はここにいます。地獄の果てまでも、僕は貴方と共にいますよ」
その思いを視てケイリオルは優しく語り掛けた。布があって、その表情は見えないが……エリドルはこの言葉を聞いて、ケイリオルがどんな表情をしているか分かった。
長い付き合いだからこそ、例え見えておらずともその声音で表情も判断出来るのである。
故に。エリドルは柔らかく安堵の表情を浮かべ、「そうか」と一言零した。そして何事も無かったかのように、彼は続ける。
「なあ、ケイリオル…………その顔で笑うなと何度言えば分かるんだ」
「えー? 今は陛下にも見えてないんだからいいじゃないですかぁー」
「見えてなくとも不快である事には変わりないだろう」
「はぁい。善処します〜〜」
ワイングラスをエリドルの前にも置き、ケイリオルは布の下でグラスを傾けた。
相変わらず、食事の際も布を外そうとはしないらしい。
どうせこの言葉も口先だけで、見えないのをいい事にこれからも笑うのだろう。そう、ため息を吐きながらエリドルもワイングラスを手に取った。
何度か揺らし、香りを味わい、口に含み舌でワインを撫でる。
その深い美味に、エリドルはその後暫く間髪入れずにワインを飲み続けていた。
真夜中の北宮。人はほとんどおらず、いるのはこの二人のみ。
他人の目が無いからか──……エリドルとケイリオルは、心置き無く朝まで飲み続けていた。
「……ディオ、飲みすぎだ」
「そうだよぉ〜〜、いりおーで。せっかくのおさけなんだから、いっぱいのまなきゃぁ〜〜っ」
「ラーク、お前まで……!?」
平静を保ち続けるイリオーデに、泥酔したディオリストラスとラークが襲いかかる。二人共酒に飲まれ、完全に悪酔いしているではないか。
自分だけはセーブしなければ、と思っていたイリオーデだったが……この通りディオリストラスとラークに無理やり飲まされ、彼もまた酔う事になる。
──翌朝、目が覚めた時。
イリオーデは随分と胸元をはだけさせ、頭痛に悩まされながら体を起こした。
もはや寝台で寝る事もなく、十一人もの人間が雑魚寝をしていた。右隣にはジェジとエリニティ、左隣にはディオリストラスとラーク。
近くでメアリードとルーシアンも寝ており、まさに身動きが取れないような状況。
「……──はぁ。酔うまで飲むなんて、私らしくもない」
二日酔いが頭痛となって彼を襲う。
だが、こんな日があってもいいだろう。
自分の周りで雑魚寝する家族を見て、イリオーデは小さく頬を綻ばせた。
♢♢
「へーいかっ、見て下さいよこのワイン! シャンパージュ伯爵がもし良かったら陛下にと、献上してくれたんですよ〜! 一緒に飲みましょうよ!」
時は少し遡り、バドールとクラリスの結婚式があった日の夜。ケイリオルが、軽やかな足取りで北宮にあるエリドルの私室を訪れた。
その手には上質なワインが二瓶とグラスが二つ抱えられていて。浮ついたその声から、献上されたワインに破顔している事がありありと目に浮かぶ。
「……それは別に構わぬのだが、せめてノックぐらいしろ。お前ぐらいだぞ、私の部屋に扉を蹴破って入ってくるのは」
氷柱から水が滴り落ちるかのような落ち着いた声で、エリドルはケイリオルを窘めた。
その時のエリドルの格好は、バスローブ一枚。
彼は湯上りだった。その硬い銀色の髪からポタリポタリと水滴を落としている様子から、本当につい数十秒前まで湯浴みをしていたのだろう。
それに気づいたケイリオルは、「あっ」と声を漏らした。
「はは、湯浴み中でしたか。お邪魔してしまい申し訳ございません。それはともかく、ワイン飲みましょう、ワイン!」
「一国の皇帝の私室にワイン片手に押し入り、我が物顔で寛ぐとは……」
「もう業務時間外ですからね。あ、じゃあ陛下って呼ばない方がいいのでしょうか?」
「知るか。既に好き勝手やってるのだから、好きにすればいい」
「はーい。じゃあ一応、このまま陛下って呼びましょうか。誰かに聞かれては困りますので」
「……ならば、その布を外す気は無いのだな」
「そりゃあ、まあ。この布を人前で外す日はもう二度と来ないんじゃないですかね? 時と場合によりますけど」
相当、普段からこの部屋に入り浸っているのか、ケイリオルは慣れた動きで長椅子に座り、ワインの栓を抜く。
業務時間外という事で皇帝にさえも遠慮が無くなるケイリオルに、エリドルは呆れたようにため息をついた。しかし、普段臣民に見せるような冷酷な眼差しはそこにはなく。彼はケイリオルを呆れの眼差しで見つめるだけだった。
(相変わらず、個人の空間では途端に人が変わるな)
それどころか、嬉々としてワインをグラスに注ぐケイリオルを、微笑ましく思っていた。
他の誰よりも皇帝の側近とずっと一緒にいたエリドルにとって……『彼』の無邪気な姿というものは、自分が奪ってしまった彼らしさだったのだ。
遠い昔の思い出の中では当たり前だったそれに、エリドルは瞳を細めた。
(……お前だけは、俺の前から居なくならないでくれ。お前まで居なくなったら、私は…………)
眉間に皺を寄せ、苦しげにエリドルは思う。
「陛下。大丈夫ですよ、僕はここにいます。地獄の果てまでも、僕は貴方と共にいますよ」
その思いを視てケイリオルは優しく語り掛けた。布があって、その表情は見えないが……エリドルはこの言葉を聞いて、ケイリオルがどんな表情をしているか分かった。
長い付き合いだからこそ、例え見えておらずともその声音で表情も判断出来るのである。
故に。エリドルは柔らかく安堵の表情を浮かべ、「そうか」と一言零した。そして何事も無かったかのように、彼は続ける。
「なあ、ケイリオル…………その顔で笑うなと何度言えば分かるんだ」
「えー? 今は陛下にも見えてないんだからいいじゃないですかぁー」
「見えてなくとも不快である事には変わりないだろう」
「はぁい。善処します〜〜」
ワイングラスをエリドルの前にも置き、ケイリオルは布の下でグラスを傾けた。
相変わらず、食事の際も布を外そうとはしないらしい。
どうせこの言葉も口先だけで、見えないのをいい事にこれからも笑うのだろう。そう、ため息を吐きながらエリドルもワイングラスを手に取った。
何度か揺らし、香りを味わい、口に含み舌でワインを撫でる。
その深い美味に、エリドルはその後暫く間髪入れずにワインを飲み続けていた。
真夜中の北宮。人はほとんどおらず、いるのはこの二人のみ。
他人の目が無いからか──……エリドルとケイリオルは、心置き無く朝まで飲み続けていた。