だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
第二節・無彩色の災害編

323.ある魔女と看病

 風邪を引いてしまった。
 体が重く、頭はぼーっとする。熱もあって、定期的に咳が出てしまう。

 お父さんの手伝いをしながら伯爵の仕事の勉強をして、同時進行で製薬部門の薬師や魔導師達と一緒にある新薬の開発。
 いつかまたアミレス様と踊りたいからダンスも更に完璧にして、アミレス様のぬいぐるみに囲まれて眠りたいから、お母さんからお裁縫も教えてもらおう。
 最近珈琲に興味を持っているアミレス様の為にも珈琲の勉強もしなきゃ。仕入れはお父さんが趣味と実益を兼ねてやってるし、わたしは珈琲について色んな地方の本を読んで学ぼう。
 それにあたって、共通語だけじゃなくて地方の言語の勉強もしないとね。

 自分磨きだって大事だ。アミレス様に可愛いと言ってもらえるわたしでいなければならない。アミレス様にお嫁さんにしたいと思ってもらえるわたしでいなければならない。
 侍女達と一緒に色んなケアを試し、一番効果のあったものを継続。シャンパー商会の次期会長候補の権限を乱用し、色々と商会でも企画開発した。
 勿論出来のいいものはアミレス様にも献上した。もっとも、あんなもの使わなくてもアミレス様はとっても美しくて可憐な方だけど!

 とにかくアミレス様に相応しいわたしになろうと、日々頑張ってきた。世界で一番好きな人があんなにも努力家で周囲を慮る方だから、わたしもたくさん頑張ろうと思うし、世の為人の為になる事をしようと思う。
 わたしという人間は……今やアミレス様無しでは語れない程、その大部分を彼女の存在が占めているのだ。
 そんなアミレス様が、『私が男だったらどんな手段を使ってでも嫁にしてたよ』と言ってくれた。
 愛が何か分からないと仰っていたのに、それでもわたしの告白を蔑ろにしたりせず、真っ直ぐ向き合ってくれた。
 わたしの想いを、大事にしてくれた。

 だから、わたしは──男になれる薬を作ろうと考えた。
 わたしもわたしの家族も、アミレス様が家族になるのならいつでも大歓迎だ。
 例えお世辞だったとしても、アミレス様がああ仰ってくれたんだ。ならもう、わたしかアミレス様のどちらかが男になるしかないよね?
 だってそしたらアミレス様と結婚出来るんだもの! アミレス様のお嫁さんになれるんだもの!!
 手段は選んでられないわ……これから先もずっとアミレス様の傍にいる為なら、わたしは何だってしてみせる。
 世間からの声も評価もどうでもいい。わたしにとって大事なのは、アミレス様の唯一になる事だから。
 ……って、頑張ってたんだけどなあ。

「まさか風邪を引くなんて……」

 ぼーっとする頭で天井を見つめては、咳き込む。夢の中でアミレス様にお会い出来たけど、実際には会えてなくて、それが寂しさをより募らせる。
 昨日からずっとこの調子。お医者さんからは無理が祟った風邪と言われたので、こんな事で司祭様を呼ぶ事も出来ず、寝れば治るからとポーション等を飲む事も出来ない。
 ただただ、無意味な体調不良で時間が無駄になっていくだけだった。
 ずっと横になってるだけなんて暇だったから、一度編み物をしてみたら……濡れタオルを交換しに来た侍女に見つかり、没収されてしまった。他も同様で、何かしていたらすぐに怒られてしまう。
 ちゃんと寝て下さい。って。

 でもわたしは、こんな所で立ち止まってる暇なんてない。少しでも早くアミレス様に相応しい人間になって、アミレス様に選んでいただかないといけないの。
 だってアミレス様の周りには凄い人や素晴らしい人が沢山いるから。わたしでは到底太刀打ち出来ないような、魅力溢れる男性が沢山いるから。
 ただでさえ女だからと不利なわたしは、一分一秒を惜しまなくてはならない。一秒たりとも無駄にしてはいけないのに。

 まさかこんな、風邪で寝込むだなんて……こんな事なら、普段からもっと体調管理に気を配ればよかった。
 悔やんでももう遅い。既に一日近く無駄にしてしまった。どうやって明日から巻き返したものか……と涙目で考えていた時だった。
 コンコン、と誰かが部屋の扉を叩く。「お嬢様、お客様がいらっしゃるのですが……」と扉の向こうから聞こえて来た。
 わたしが寝てると思ったのだろう。わたしの返事を待たず、扉は開かれた。
 一体誰が……と顔を扉の方に向けて、わたしはハッと息を呑んだ。

「メイシア、体調の方は大丈夫かしら? 伯爵から聞いて、お見舞いに来たのだけど……」

 あ、アミレス様──────?!
 眉尻を下げ、心配そうにわたしを見てくるアミレス様。そんな、わざわざわたしの為にここまで!? アミレス様にわたしの事伝えてくれてありがとうお父さん!!

「アミレスさっ──、ごほっ、けほっ!」
「急に起き上がっちゃ駄目でしょ! ほら、大人しく寝てなさい」

 勢いよく起き上がったら、案の定咳き込んでしまった。額に乗っていたタオルは落ちるし、アミレス様には諭されるし……だめだめだなぁ、今日のわたし。
 こんな無様な姿、アミレス様にだけは見られたくなったな。見損なわれたらどうしよう。アミレス様に見限られたら、わたし──。

「貴女が風邪を引いたって聞いて、仕事を放り投げて急いで来て正解だったわ。まさか病人なのにここまで元気とは」

 アミレス様は、わたしを寝かせて布団を掛け直してくれた。そして、落ちたタオルを拾い水の魔力でそれを包み込む。
 こんなわたしを見ても、アミレス様は……と感動した時。同時に頭に引っ掛かる事があって。

「仕事を放り投げて…………わたしの、ために?」

 つい、随分と自意識過剰な事を聞いてしまった。そんな訳が無いのに、心のどこかで期待してしまう。
 すると、水桶の上でタオルをしぼりながら、アミレス様はニコリと微笑んだ。

「当たり前じゃない。いつも元気なメイシアが病気だって聞いて、心配しない訳が無いでしょ?」

 ひんやりと濡れたタオルをわたしの額に乗せて、アミレス様は優しく頭を撫でてくれた。

「えへへ、嬉しいです」
「そう? まあ確かに、王女自らお見舞いに行くなんてそう滅多にないものね」

 違いますよ、アミレス様。わたしが嬉しいのは、他ならないあなたが来てくれたから。
 例えアミレス様が王女だろうと平民だろうと、あなたがわたしを心配してお見舞いに来てくれたという事実が凄く嬉しいの。
 あなたが何者であろうとも──……スミレちゃんでも、アミレス様でも。
 あなたという人が来てくれた事が、本当に嬉しいの。
 今この時、あなたの大切な時間をわたしが独占しているという事実が、今すぐこの風邪を吹き飛ばしてしまいそうな程、わたしを喜ばせるの。
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