だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

326.それは彼方より来る2

 そう言えば……多くの魔族や動物は、この五体の竜を(もと)に改良などを重ね創られたと神話などでは伝えられていた。

 ────曰く。この世界の始まりは虚無だったらしい。
 しかしそこに美しく神秘的な芽が生えた。その芽は徐々に膨らみ成長する。やがて大きな樹となったそれは、虚無に深く根を張り、その葉を広げ【世界】を創った。
 だがそれだけではツマラナイ。だからこそ、その樹はその【世界】に生きる生物を創った。
 樹より咲いた五色に輝く一つの花。
 それが【世界】へと落ちた時、その花の花弁一枚一枚がそれぞれ樹より生を与えられた。
 黒、白、赤、青、緑。初めはただの色付く光の玉だった。しかしそれでは不便だろうと、樹はその枝を分け与えた。するとその五色の光はそれぞれの姿を得て、言い伝えられているような竜の姿へと変貌したのだという。
 それが、純血の竜種。この世に五体のみ存在する始まりの存在。

 純血の竜種の次に産み落とされたのが、なんと神々だったという。
 創り出した【世界】はその根を広げ、他にもいくつかの世界を形成しつつあった。それを管理する役目として、樹は神々を創った。
 そして神々に全てを任せ、樹は【世界】の維持の為に永い眠りについた。
 その後神々は人を創り、魔物を創り、精霊を創り、妖精を創った。そのどこかのタイミングで天使を創ったとも言われている。
 いつしか神々は【世界】を創りあげた樹の事を【世界樹】と呼ぶようになり、それは今も尚この世界の何処かにある…………。
 この辺りの国々で一番ポピュラーな創世神話では、そう語られていた。
 実際はどうかとか、ゲームではその辺りの事はなんにも語られてなかったから私は知らないけどね。

「む。アミレスよ、我はそろそろ仕事に行かねばならんのじゃが、大丈夫かの?」
「う……ん、だい、じょーぶ……です…………」

 ナトラとの模擬戦で疲弊しきった私は、はしたなくも地面に五体投地。ぜーぜーと肩で息をして、声も絶え絶えに返事した。
 竜種との戦い──やっっっっっば!!
 模擬戦、それもナトラは実力の九割を制限されている状態だというのに、この強さか。ナトラもかなり手加減してくれていたようなのに、手も足も出なかった。
 模擬戦でこれなんだから、竜種と本気で戦うなんて事になったら…………私達に勝ち目なんて全く無い。人類は滅びの一途を辿る事だろう。
 だからこそ私は、同時に理解した。師匠もシルフも、私に師事する時は相当私に合わせていてくれたのだと。
 これが人ならざる超越存在の力。人類が総力をあげないと、赤の竜と青の竜を討伐出来なかった理由を身をもって理解した。

 ……だからこそ、どこぞの悪魔の恐ろしさが増してしまう。
 暴走状態だったらしい黒の竜の片腕を簡単に消し飛ばし、なおかつ竜の呪いを受けても無事だったとか。あの悪魔は本当に何者なの?
 竜も、精霊も、悪魔も……ゲームでは名前しか出てこなかったような舞台装置に過ぎない筈なのに、実際にはこんなにも強く恐ろしい存在だったなんて。間違いなく、この世界に転生して初めて分かった事だわ。

「ほれ、我の手を掴むのじゃ。引っ張ってやるわい」
「あ……ありがと……」

 ナトラの小さな手を握り、引っ張りあげてもらう。白夜を杖のようにしてヨロヨロと歩き、途中でナトラと別れて自室に戻った。
 仕事の為にと起きて来たアルベルトやイリオーデがボロボロの私に気づき、血相変えて駆け寄って来た。ナトラとの模擬戦でこうなった……と話すと、二人共唖然としていた。
 模擬戦と言えども、竜種と戦うなんてとんでもない! と二人は慌てて治療の為にと駆け回るのだった。


♢♢


『ギャアアアアアアアアアアッッ』
『グガアッ、ボワァッ!』
『ヴゥルルルルル……』
『ビガァァアアアアアアアアアアアンッッッ』

 とても暗く、おぞましい空間だった。
 砂糖に群がる蟻のように、教祖に縋る信者のように。
 その異形の怪物達は、人が十人同時に通れる程度に開かれた巨大な扉──禍々しくも流麗な魔界の扉に、我先にと押しかけていた。
 その扉の向こうは、血と死の臭いが蔓延するこの世界とは百八十度異なる、餌で溢れた(・・・・・)世界。
 あまりの食糧難に同族同士で殺し合い、同族の屍体を貪り食うような魔物達で溢れかえった魔界の住人にとっては、まさにオアシスのような場所。

 普段ならばその扉はほとんど閉ざされており、稀に生まれる空間の歪みで世界間の移動を果たすか、向こうの世界で繁殖した魔物達だけが餌にありつけるような状況なのだが……今は違う。
 時の流れの影響か、魔界の扉が開かれつつあった。
 それは、数百年に一度あるかないかといったレベルの好機。魔界の住人が人間界を侵略する事が出来る絶好の機会だった。
 しかし人間にも限りがある。故に何体もの魔物達が我先にと扉を通ろうとしているのだが、そこに、彼等も予想し得なかった本当の怪物が現れた。

「──退け。下等な魔物ども」

 ほんの一言二言だった。たったそれだけで、下位の魔物も上位の魔物もすべからく声を奪われ体の自由を失う。
 中でも自由意思のある亜人などは、その怪物を見て思わず跪き頭を垂れた。

(なんだ、この威圧感……ッ! 見た目は中位悪魔などと大差無いのに、何故、あの男を見ているだけでこんなにも恐怖が…………!!)
(待て……黒い髪に、黄金の瞳の隻腕の怪物…………まさか、この男はあの御方の客人と噂の────?!)

 闇より深い暗黒の髪。魔界においては眩しすぎる、鋭い黄金の瞳。
 中身を伴わない服の袖が、ヒラヒラと風に靡く。あまりにも質素な服装である事が、その男の底知れなさを格上げする。

「……この扉を開くのも、百年ぶりとかだな」

 断裂した大地かのように開かれた魔物の群れ。その道は真っ直ぐ魔界の扉へと通っていた。
 扉にそっと触れ、男はボソリと呟いた。
 この扉は世界と世界を繋ぐもの。精霊王や魔王でさえも容易に開閉出来ぬものだ。
 しかし。かつて、それを無理やりこじ開けて魔界に侵入した者がいた。憤怒と悲嘆に我を失ったその者は、本来誰にも干渉出来ない筈の扉に干渉したのだ。
 その者とは──、

(待っててね、緑。今……お兄ちゃんが迎えに行くから)

 ──黒の竜。世界より産み落とされた五体の竜の長兄にして、この【世界】に初めて産まれた、原初の存在である。
 その男は僅かに開かれていた扉を、百年前と同じように無理やりこじ開けた。そしてその身を竜の姿へと変貌させ、扉の中へと姿を消して行った。
 全ての生物にとっての災害、純血の竜種。その姿と凶悪なオーラを目の当たりにして、魔物達の多くは意識を……いや、命さえも失っていた。
 黒の竜によって大きく開かれた扉は、まさに魔物の行進(イースター)の際と同等であった。しかし、魔物達は扉に近づけない。
 まだ、その扉に…………触れただけで身を滅ぼしそうな、黒の竜の魔力が強く残留していたから……。
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