だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
「何言ってるの、おねぇちゃん。相手はあの黒の竜だよ? そんなものが突然人間の街に現れて──何も起きない筈がないでしょ?」

 そうだ、その通りだ。相手は純血の竜種……そんな怪物が突然人間社会に現れて、騒動にならない筈がない!
 こうして人型になって窮屈な人間社会で大人しくしてくれているナトラが特殊なだけで、本来の彼女達は竜種──……強大な存在なのだから。
 当然黒の竜も、竜らしい姿で現れる事だろう。行方不明とされている黒の竜が何らかの目的で姿を見せたその時には──、

「間違いなく、人類はまた竜を討伐しようとする。その戦いで、この国が巻き込まれる可能性が高いって事か……っ!」

 最悪の可能性に気づいてしまった。そしてようやく、シュヴァルツの言葉の意味が分かる。
 命の危機を感じたらすぐにナトラやシルフ達を喚べというのは……黒の竜が襲来した時の事を想定しての発言だったんだ。

「アミレス、人間(おまえ)達は……黒の兄上まで、殺すというのか? 我等は何もしていない。我等はただ生きておっただけなのに……我等は、また、人間(おまえ)達に裏切られなくてはならないのか?」
「──っ!」

 ナトラの震える声に、八の字に下げられた眉と潤む瞳に、私は息を呑んだ。

「…………無理よ」
「そんな……」

 思わず零したその言葉に、ナトラは悲痛に顔を歪めた。
 違う、違うの。私はあなたにそんな顔をして欲しくない。もう、寂しい思いをして欲しくないの。

「──無理よ。私には、黒の竜を殺す事なんて出来ない。それがどれだけ人類にとって不利益な事なのだとしても、私にはナトラのお兄さんを殺す事なんて出来ないわ。だから私は、あなた達の味方であり続けるわ、ナトラ」
「アミレス……!」

 どれほど世間から非難されようと、私には出来ない。目の前のこの少女が悲しむような事は、どうしても出来ないのだ。

「ぅぐっ……ありがとう、ありがとう、アミレス……! お前だけでも味方になってくれて、ひぐっ……われは…………っ!!」
「いいのよ。寧ろ、こんな事しか出来なくてごめんなさい」

 泣きながら私の胸に飛び込んで来たナトラを受け止めて、優しく抱き締める。
 こんなにも小さな体を震えさせて、すすり泣きながら何度も感謝の言葉を口にしていた。
 ああ、きっと──ナトラ達には味方がいなかったんだ。頼れるのは家族だけ……そんな状況で人類が総力をあげたものだから、結局赤の竜と青の竜は討伐された。
 ナトラ達家族は、人類の悪意によってバラバラに引き裂かれたのだ。だから、ナトラは『味方であり続ける』というたった一言で喜んでいるのだろう。

 ナトラの頭を撫でながら、一度深呼吸をする。
 ……覚悟を決めよう。元より私は悪役で、既に何度も必要悪にも絶対悪にもなった。
 例え世間から後ろ指を指されようとも構わない。皇帝やフリードルへ(アミレス)を処刑する口実を与える事になってしまっても構わない。
 身勝手で、我儘で、傲慢で、強がりな私は────たったひとりの寂しがり屋の少女の為に、世界だって敵に回そう。

「ナトラ、安心して。あなたのお兄さんの事は、きっと私が何とかしてみせるわ」

 ニコリと笑いかけてみる。ナトラが期待に満ちた目でこちらを見上げた時、

「──アミレス。私、ではなく私達(・・)……だろ? いい加減オレ達を置いていくのはやめてくれ」

 かき氷の器をコトッと机に置いて、マクベスタが眉根を寄せ更に続けた。

「竜種相手なら少しでも戦力が多い方がいいだろう。お前一人に全てを背負わせたりはしないさ」
「マクベスタ……」
「イリオーデ、ルティ。お前達も同じ思いだろう?」

 マクベスタが視線を送るとイリオーデ達はこくりと頷いて、

「勿論だとも。私達は、王女殿下のご意思に従うまでだ」
「はい。俺も主君の決定に恭順します」

 ハッキリと言い切った。
 ここで私は悟った。何気に頑固な彼等は、きっとこの意見を曲げないと。
 私の意思に従うと言いつつ、私が巻き込みたくないと思ったところで……彼等はそれを無視して巻き込まれようとする。
 私に忠誠を誓った癖に、彼等は私の言葉や意思を無視するんだ。
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