だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

329.それは彼方より来る5

「はぁ……こういう時こそ、カイルがいてくれたらよかったのに」

 きっとあの空気感クラッシャーなチート男は、こんな時でも笑ってとんでもない魔法を使うのだろう。
 その空気感クラッシャーとしてと、チート男として……その二つの意味で、彼がこの場にいたならばとたらればの話をしたのだが。

「カイルがいなくたって──」
「あの者がおらずとも──」
「別に彼がいなくても──」

 突然、背後からマクベスタとイリオーデとアルベルトが現れて、

「オレがいるだろう」
「私がいますから」
「俺がいるので大丈夫です」

 まったくのほぼ同時に、彼等は似たり寄ったりの言葉を口にした。それには本人達も驚いたようで、目を丸くして気まずそうにお互い顔を見合わせていた。
 竜をも恐れぬ豪胆な彼等の姿に、思わず笑いが零れた。お陰様で少しだけ緊張が解れたらしい。

「そうね、皆がいればきっと大丈夫だわ」

 心強い味方の存在に感謝しつつ、白夜を構えて黒の竜の襲来を待つ。
 その災害は、想像していたよりもずっと早く来た。
 徐々に大きくなる悪寒と恐怖。そして、空を翔ける暗黒の影。否応なしに目を奪われ、声も呼吸さえも許されないようなあの威圧感が、私達を襲った。

『────見つけた』

 緑の竜(ナトラ)の時とは比べ物にならないそれに、私は死を目の前に感じた。
 ……この比喩は正しかったのだろう。私達の前にて飛翔するのは黒の竜。災害とすら言い表される、まさに死神そのもの。
 こんなものと対峙して、死を感じない方が無理がある。たった一言で体の奥底までビリビリと響くその低い声に、私達は際限の無い恐怖を抱かずにはいられなかった。

『緑、迎えに来たよ』

 黒の竜は私達の事など眼中に無いらしく、迷わずナトラの方へと向かった。
 どうやらシュヴァルツの言う通り、黒の竜の目的はナトラらしいのだ。黒の竜に名を呼ばれ、ナトラは肩を跳ねさせる。

「っあ、兄上……」
『元気そうで何よりだ。さあ、僕と一緒に行こう。こんな世界は滅ぼして、僕達を誰も脅かせないような世界──魔界に行こう。あそこなら、誰も僕達に手を出せないから』
「ほろ、ぼす? この世界を……?」

 恐怖で固まる体を何とか動かし、ナトラの方を振り向いた。
 当のナトラは、再会に涙を浮かべた途端、黒の竜の発言に困惑を滲ませて膠着していた。

『僕達を不幸にするようなこんな世界、もういらないだろ? だから滅ぼすんだ。人間も世界も全て滅ぼして、僕達が安全に暮らせる世界を作ろう。ああ勿論、白も助けてからだ』
「ま、待つのじゃ、兄上。我はこの世界を滅ぼしたいなどと思っては……!」
『白が人間共に囚われているのは向こうの方だ。だからとりあえずはこの辺りから滅ぼしていこう。人間は狡猾だ……考える隙を与えぬよう一気に滅ぼした方が効率がいいけど、白にかけられた封印がどれほどのものか分からない以上、一気に滅ぼすのは──』
「兄上っ!!」

 ナトラが反応する隙など与えぬぐらい、黒の竜は一方的に話し続けた。しかし途中で、ナトラがその言葉を妨げるように声を荒らげたのだ。

「我は、我は……っ、この世界を滅ぼしたくなどない! 姉上や兄上が愛したこの世界を、我が愛した人間が生きるこの世界を……我は滅ぼしたくない!!」

 大粒の涙を目から溢れさせて、ナトラは言った。

『──は、何を言ってるんだ? かつてそうやって僕達は人間を信じて愛した。だけど人間共は僕達を裏切って刃を向けて来たじゃないか。赤も青も人間に殺され、白は人間共に封印された! 緑だって人間の悪意に晒されただろう。それなのに何故、何故! まだ人間を愛するなどという言葉が口に出来るんだ!?』

 黒の竜が吼える。耳鳴りかのように響くその嘆きに、黒の竜が人間へと抱く憎悪が見えたような気がした。
 その言葉にナトラも一瞬口ごもった。しかし、覚悟を決めたかのように、ナトラはもう一度口を開いた。

「我が、そうしたいと思ったから! 確かに人間への憎しみが完全に失われたわけではない……じゃが、この世界にはまだ我等の味方をしてくれる人間がいる! こんな我を、まるで家族のように大事に思ってくれる心優しき人間がいる! その者と生きたいと思った。あの馬鹿がちゃんと幸せになれるよう、我が支えてやるのじゃと決めた! だからっ、我は兄上と共にこの世界を滅ぼしたりなんてしない!!」

 幼子のように涙を飛ばし、ナトラは本音を黒の竜にぶつけた。すると、先程までの矢継ぎ早な言葉が嘘のように、黒の竜が静かになった。
 もしかして、本当に話し合いで解決出来るの? そう、希望の光を見つけたような気がした。
 だが……それはまったくの勘違いだった。
 ギョロッ、と黒の竜の黄金の瞳が私を射抜いた。その瞬間、心臓を握り潰されるかのような痛みが全身を走る。
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