だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
「──そう喚いては、周りの信徒達の耳が壊れてしまうよ」

 そう言いながら、空からミカリアは現れた。彼に伴うようにラフィリアとジャヌアも現れると、周囲の信徒達は思わず息を呑み、口を閉ざす。
 国教会のトップたる聖人の登場により、その場には水を打ったような静寂の帳が下ろされた。
 その背に生えていた天使のような羽を光の粒へと変えて、一歩踏み込みミシェルへと問う。

「ミシェル・ローゼラ。次は何が不満なんだい? 相も変わらず自分勝手に騒ぎ立て、敬虔なる信徒達に迷惑をかけるぐらいなら……僕も、聖人として然るべき措置を取る必要があるのだけど」

 ゲームの彼とは全く違う、冷め切った瞳。
 喉に刃物を突き立てられているかのような緊張感の中でも、ミシェルは必死の形相でミカリアへと訴えかけた。

「早く、早く村に戻らないと……おじいちゃんやおばあちゃんが──、村の皆が死んじゃうの!!」
「……は? 急に何を言って」
魔物の行進(イースター)が起きて、白の山脈から近いあたし達の村はすぐに滅ぶの! それで、村の皆は死んで……あたしは…………っ!」
「──君の村が滅ぶ?」

 涙を浮かべて必死に叫ぶ彼女の言葉に、誰もが耳を疑った。

「やだ、やだよ……まだおじいちゃんとおばあちゃんに何もお礼を言えてないのに……っ、いつもこんなあたしに優しくしてくれたおじさんやおばさん達に、何も返せてないのに……!」

 しゃくりながら涙を流す少女の姿は、これまでの我儘な振る舞いを知る者達でさえも『嘘ではない』と分かる程の、切実さが伝わる程のものだった。
 この涙は本物だった。彼女がようやく変化したからこそ、人への感謝や親愛を思い出して流れ出した本音だった。

(確かに、魔物の行進(イースター)は起きる。彼女の故郷がハミルディーヒ王国内でも真っ先にその被害を受ける事は明白だ。だけど……まさか、あの我儘娘がこんな事を言って涙を流す日が来るなんて)

 ミカリアは戸惑っていた。
 しかし、この涙が嘘だとは流石の彼とて思えなくて、短くため息を吐いてからジャヌアを一瞥し、

「ジャヌア、愛し子を故郷の村に連れて行ってやっておくれ。丁度いい機会だから実戦経験を積ませよう」

 ミシェルの意思を汲んだ。
 それにジャヌアは驚いたように体を一瞬膠着させ、すぐさま背を曲げる。

「了解しました。しかし、宜しいのですか?」
「ああ。だがこれはあくまでも愛し子が帰郷するだけであって、君はその送迎役だ。何があっても、手出ししてはいけないよ」
「……は。絶対中立を死守致します」

 国教会は絶対中立。本来、特定の国にだけ肩入れする事があってはならない。
 故に、ジャヌア程の重大戦力をただの送迎役にせざるを得なかった。ジャヌアもそれをよく理解しているので、どこか重い声音で命令を承った。

「本当に? 村に行かせてくれるの?」

 どこかほっとしたような面持ちでミシェルが零すと、

「あの、聖人様。おれもミシェルと共に村に戻りたいです」
「でしたら、オレも……いくら彼女が神々の愛し子と言えども、一人で魔物の行進(イースター)の対応をするのは危険ですから」

 ロイとセインカラッドがミカリアの前に膝をつき、村への同行を懇願する。

「──聖人、声掛、無礼」
「別にこれぐらい構わないよ、ラフィリア。ジャヌア、彼等も連れて行ってあげて。事実、愛し子には護衛が必要だから。司祭達でも立場的には微妙だし、同じ村出身の彼と友人という彼が共に愛し子の故郷に行く事自体は、中立の立場にも響かないだろうからね」
「聖人様のお言葉のままに。では愛し子と少年達よ、準備に取り掛かりなさい。善は急げと言いますし、今日の夜にでもこの場に集合し、村に向かいますよ」

 ジャヌアがロイ達の前に立ってそう告げると、三人は顔色を明るくして大人しく自室へと戻った。ジャヌアもまた、自身の準備の為にと動き出した。

「主、当方達、如何?」
「僕達はこの都市と学園を守りながら、要請があれば平等に手助けに行くだけだよ」
「了。学園守護、誰?」
「うーん、じゃあラフィリアとアウグストに任せるよ。二人いれば(・・・・・)十分だろう(・・・・・)?」
「当然」

 ふふんと鼻を鳴らしてキッパリと言い切るラフィリアに、ミカリアの薄紅の唇からは、少しばかり笑い声が漏れた。
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