だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

382,5.ある男の計画

 カセドラルは大騒ぎだった。
 理由は単純明快。魔物の行進(イースター)の発生と教皇聖下が(・・・・・)儚くなった(・・・・・)件。この二つによって、連邦国家ジスガランドは大混乱を極めていた。
 だが、その混乱はあくまでも信徒達の精神的なものだった。魔物の行進(イースター)の方は今のところ信徒達に被害らしい被害は出てないし、教皇聖下の死に関しては……近々訪れると分かっていたものの思いのほか早くて驚いている。と表現した方が良さそうだ。

 そう。信徒達が思うように、教皇聖下の死は早まったのだ。
 老衰により、教皇聖下は半年前からずっと床に臥せっていた。
 それは信徒達も元老院もよく分かっている。
 だからこそ以前から私に教皇代理として仕事を学ばせ、慣れさせていた。
 元々、教皇聖下がいずれ私にその位を譲ると公言していた上に、これまでの活動から信徒達と元老院の一部から私の存在は認められていた。
 そこで、最後のダメ押しとばかりに白の竜(ベール)との友好を世間に誇示し、『教皇代理(ロアクリード)のような若者に、教皇という最も尊き役職任せるのはいかがなものか』──と意固地になっていた元老院に、完全に私の存在を認めさせた。

 下準備は整った。あとはもう教皇聖下が死ねば、全ての権威が私のものになる。
 あの男と対等になる為の地位も、あの男を超える為の力も、いざと言う時彼女を守る為の権威も、全てが手に入る。
 そんな状況だったからこそ、私は魔物の行進(イースター)の混乱に乗じて教皇聖下を──……実の父親を暗殺した。

 床に臥せる老害の殺害など、存外簡単な事だった。
 白の竜(ベール)に頼んで自我が希薄な魔物を少しばかり操って貰い、カセドラルを襲わせた。
 その時点で、魔物の行進(イースター)の異常な勢いに対応すべく主要な戦力は全て前線に送り込んでおいた為、カセドラルを守る事の出来る者は──教皇直属の(・・・・・)聖光騎士団(セイントナイツ)だけとなっていた。
 彼等は床に臥せる教皇聖下を守るべくこんな時でも警護についていたのだが……戦闘員が不在のカセドラルが魔物に襲われたとあっては、信徒達の安全の為に持ち場を離れざるを得なくなる。
 そして、警護が手薄になった隙に教皇聖下の寝室に忍び込み、決して私が犯人だとはバレない方法で暗殺を決行した。

 ──私は、教皇聖下に祝福を贈ったのだ。
 なんて事はない、普通の祝福。親が子に『健やかに育ちますように』と願いを込めてかけるような、ささやかなもの。
 だがそれは、こと教皇聖下に関してのみ祝福ならざる呪い(・・)となる。
 教皇聖下に代々受け継がれるかの聖笏(せいしゃく)は恒久的な身体能力の上昇等の恩恵があるものの、その代わりに……それを一度でも手にした者は、二度と治癒魔法や祝福の類いが効かない体になるという。
 付与魔法(エンチャント)は使えるそうなのだが、治癒魔法などを使った場合、その効果は反転する。
 そしてこれは──……私達のような聖笏を手にする事となる者にのみ言い伝えられている事であり、教皇聖下が死んだ今、これを知るのは私と弟のニカウルのみだった。

 なので私は、ささやかな祝福を贈った。
 今の衰弱しきった教皇聖下であれば、健康祈願の軽い祝福でさえも最悪の呪いとなると分かっていたから。
 結果は───見事成功。
 私自身の不在証明(アリバイ)が作れるタイミングで呪いへと反転するよう祝福に少しばかり小細工を仕掛けていおいたので、私が犯人だと疑われる事は一切無く、教皇聖下は天寿を全うした。と言われている。

 ああ…………違うね、元教皇聖下だ。
 まだ正式な継承式と戴冠式を行っていないと言えども、元老院には継承を承認され、信徒達にもこの事実は知らしめてある。
 既に聖笏もその権威も全て私のものとなった。
 私が、ロアクリード=ラソル=リューテーシーが新たな教皇となった事に変わりはない。だからあの男の事は、"元"教皇聖下とお呼びしてさしあげないと。

「……ようやくだ。ようやく、私はお前と同じ土俵に立てた」

 受け継いだ聖笏を握りしめ、先端に嵌められた美しい宝石で光を反射させる。
 辺り一面に広がるは魔物の骸。それらは全て、力試しにと今しがた殲滅した魔物であった。
 そんな血なまぐさい登場をしたにも関わらず、新たな教皇に沸き立つ信徒達。彼等はとても純粋だから、あまり私の本性を知られないように気をつけないと。
 まあ、でも……異教徒の指導者を敵対視する分には、怒られる事もないかな? だが、気をつけるに越した事はないか。
 聖笏の力もあって強くなったと言えども、私はまだあの男と同じ土俵に立てただけ。まだ、超える事は出来ていない。
 彼女をあの男の毒牙から守る為には、もっと強くならないと。
 人類最強と名高い不老不死の聖人さえも殺せるぐらい──私は強くならなければならない。

「この辺結構いるなあ……はあ、めんどくさい。さっさと終わらせて帰ろ……」

 突然の事だった。
 こちらに向かってくる魔物が、次々と水泡のようなものに取り込まれ、ある一点に向かい飛んでいったのだ。
 その時、冬の海のように冷たく恐ろしい声が戦場を飲み込んだ。一方的に地を侵す荒波のごとく、その声は私達の耳に届く。

「一応言っておくけど、これ、陛下の命令だから。抵抗しようとか考えないでよ」

 誰に向けられた言葉なのか。
 その場にいた者達の考えが一致すると同時に、その答えは出た。
 その声は、水泡に囚われた魔物に向けたものであった。そしてその声の主は……空中に浮かぶ水の塊に体を預けた、美しき人魚だった。
 皆が人魚の幻想的な美貌に目を奪われていると、その人魚の真下にある謎の扉が開き、その中へと魔物は次々放り込まれていく。
 あまりにも理解不能な出来事の数々に、信徒達は開いた口が塞がらないまま呆然と立ち尽くしていた。
 やがて、十分程が経った頃だろうか。
 絶えず白の山脈からわらわらと湧いて出てきていた魔物は、今や一匹たりとも姿が見えない。
 更に、

「あー、なんだっけ。死体も回収しておいた方がいいんだったっけ? はあ……とびらーおおきくなれー」

 人魚が欠伸をしながら気だるげにそう言うと、その真下にあった扉は消え去り、代わりとばかりに魔物の骸が積み重なる地面で巨大な扉が開く。
 地面を失い、魔物の骸は次々と扉の中に広がる奈落へと落ちていった。
 もう、何が何だか分からない。
 どうして人魚が──魔族が魔物を拉致して、あまつさえ魔物の骸を回収するの? いやいや本当に意味分からない。何が起きてるんだこれ?

「よーし仕事終わりー。帰ろう、今すぐ帰ろう」

 ぐぐぐっと背を伸ばし、人魚は巨大な扉と共に姿を消した。

「な、何だったんだ?」
「魔物が消えたぞ……」
「新たなる教皇聖下のお力を前に、魔物共が恐れを生して逃げ出したに違いない!」
「そうだそうだ!」
「新たなる教皇聖下に万歳!!」
「「「「万歳───っ!!」」」」
魔物の行進(イースター)の終息と教皇聖下のご活躍に万歳!!」
「「「「万歳───っ!!」」」」

 いやそんなわけないでしょ。私達にとって都合のいい勘違いをしすぎだよ、君達。
 でも、うん……その気持ちも分からなくもないのが悔しいな。
 こんなにも魔物の行進(イースター)が早く終わる筈がないし、タイミングの事もあるからどうしても都合のいい勘違いをしてしまうよ。

「……──君達信徒の信仰心あっての事だよ。私だけでなく、勇敢に戦い続けた君達にも、万歳」
「きょ、教皇聖下……っ!」
「なんと尊き御方なのか!!!!」
「我等が信仰に万歳!!」
「「「「万歳───っ!!」」」」

 よく分からないけど、分からないままに利用しておこう。純粋な信徒達を騙すようで心苦しいけれど、この方が都合がいいからね。

「ロアクリード、突然魔物達が消えたのですが……って、何事ですのこれは。随分と大盛り上がりですけれど」
「ベール…………私が聞きたいぐらいだよ。もう何が何だかさっぱりだ」
「あらまあ」

 肩を竦めて小声で心境を吐露すると、彼女は口元に手を当てて上品に小首を傾げていた。
 まさかベールにも状況が分からないとは。もう、何一つとして分からないんだろうなぁ、これ。

「……終わり良ければ全て良し、かな」
「それも現代(いま)の言葉かしら? 便利でいい言葉ですわね」

 現代の言葉や文化に興味津々のベールが、好奇心に目を輝かせる。どうやら、彼女の頭の中からは魔物の行進(イースター)なんてもの、もうすっぽりと抜け落ちてしまっているらしい。
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