だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

390.冬に染まる街で君と2

 昨日程、誰かを殺したいと思った事はありませんでした。

 姑息にもわたしからアミレス様を引き離し、身勝手にも二人きりになったあのふしだらなケダモノをこの眼で燃やし、ちょっぴり寒がりなアミレス様の為の焚き火にしてやろうかとどれ程考えた事か。
 事故(・・)ではぐれたと語る割にやたらとマクベスタ様の機嫌がよく、アミレス様がなんだかぎこちない。そんな二人の様子を見て、二人きりでいた一時間と四十九分三十二秒の間に何も無かったと考える方が難しい。
 あのケダモノめ、わたしのアミレス様に何をしてくれやがりましたの……ッ! と一晩程、人畜無害を装いつつも強かで下心満載のふしだら王子を如何にして暗殺するか熟考していたのだけど。
 なんだかもう、そんなのどうでもいいわ!

「びっくりしたわね。まさか急に雨が降るとは……雹にも雪にもならなかったのね」
「はいっ、そうですね!」
「え、何でそんなに嬉しそうなの?」

 あんな男の事なんてもはやどうでもいい。
 だって、だって──……アミレス様と再び一緒にお風呂に入れるんだもの!!

 それはアミレス様とお約束していた、冬染祭を回る日の二日目の事。
 今日は、あのちょっとお邪魔なローズニカ公女とレオナード公子が急用だとかで急遽不在となったので、アミレス様の隣はわたしだけのものとなった。
 基本的にマクベスタ様はアミレス様の後ろを歩きたがるし、アミレス様の護衛であるイリオーデさんとルティさんも後方で控えている。
 なので、実質わたしがアミレス様を独占しているのです!

 寒いからとか、はぐれない為とか。そんな風に言い訳で武装して、アミレス様とくっつく。
 アミレス様を肌で、耳で、目で、鼻で感じて。
 叶うなら口でも感じたいのだけど、流石にそれはまだわたしには早すぎる。緊張と興奮とできっと理性を保てないから、それはわたしがもう少し大人になってからだわ。
 なんだかマクベスタ様からの視線がキツいけれど、まあいいわ。あなたが男性らしさでアミレス様を誑かすのならば、わたしは女性でなければ叶わないやり方でアミレス様を虜にするのみ。
 そう思って、とにかくアミレス様の注意を奪い続けていたら。

 まさかの雨。雪でも雹でもなく、雨。
 今朝は晴れていたので傘などは無く。突然の事だったので、祭りに来ていた人達は皆雨に降られてしまった。
 このままでは風邪を引いてしまうからと、丁度西部地区付近にいた事から、わたし達は西部地区の大衆浴場に向かった。
 ルティさんとイリオーデさんがわたしとアミレス様とマクベスタ様の着替えを用意すると言って雨の中どこかに行ったので、その間にわたし達は浴場で暖を取る事にしたのである。

 アミレス様が入浴されると告げると、浴場の管理人は慌てて他のお客さんを退場させ、貸切状態を作り上げた。
 暗殺や窃盗の憂いがなくなって安心だわ、とアミレス様が呟いた時、マクベスタ様に『アミレスに変な事をするなよ』と密かに釘を刺されましたけど、気にしない気にしない。
 そんなマクベスタ様を尻目にわたしは笑顔でアミレス様と脱衣所に向かった。

 アミレス様の脱衣のお手伝いをする。布擦れ音と、それと同時に露わになっていくアミレス様の白く美しい玉の肌に思わず固唾を呑んだ。
 アミレス様が一糸まとわぬ姿になり、そのなめらかな肢体に見蕩れてしまう。
 新雪のように白く、真珠のように麗しいお肌。恥ずかしがっていらっしゃるのかすぐにタオルで前を隠されたけれど、それでもタオル越しに分かる豊満に実った果実の如き双丘。
 よく体を動かしているからか形良く引き締まったお尻と、長くしなやかな手足。不健康さを感じさせないくびれが艶めかしく目に映る。
 髪の毛の一本一本から、爪先までじっくりと眺めていると……アミレス様は恥じらいからか耳を赤くして、呟いた。

「どうして服を脱がずにこっちばかり見てるの。じっくり見られると、流石に恥ずかしいんだけど」
「アミレス様が芸術品のようにお美しくって、ついつい見蕩れてしまいました」
「天使みたいに可愛らしい貴女がそれを言うの?」

 きゃーっ、またアミレス様に可愛いって言って貰えた!
 そう興奮するのも束の間。ハッとなり、アミレス様を裸で長くお待たせする訳にもいかないと慌てて服を脱ごうとする。
 しかし一人では脱げないドレスだったのでアミレス様に少し手伝っていただき、わたしもタオルを体に巻いてアミレス様と共に浴場へ。
 勿論義手はつけたまま。義手を外せばわたしの無い腕が晒される。火傷の跡も、醜い先端も。
 アミレス様にあんなものをお見せする訳にはいかない。
 だから、義手をつけたまま入浴するのだ。

 残念ながら体を洗い合う事は出来なかったけれど、湯船はアミレス様と一緒にゆっくり堪能する事が出来た。
 高鳴る恋の音が、くっついた肩越しにアミレス様に伝わってないといいなあ……と祈りつつ、温かい湯船に体を癒していた時。
 アミレス様が、ぽつりと零した。

「……ねぇ、メイシア。これは単なる世間話なんだけど、私ね、本当は人と入るお風呂って苦手なの」

 それは、今まで一度だって聞いた事の無い、アミレス様の弱音というものだった。

「えっ? それじゃあわたし──……一度ならず二度までも、アミレス様に無理を強いて……っ!」

 顔から血の気が引いた音がした。それと同時にわたしは慌てて立ち上がり、湯船から出ようとする。
 オセロマイト王国のお城でアミレス様と一緒にお風呂に入った時の事を思い出した。
 そんな……既に一度、アミレス様が嫌がるような事をしていたなんて──!

「違うの! 誰かと一緒に入るのは苦手なんだけど、メイシアと一緒に入るのは全然嫌じゃないの!!」
「わたしだと、平気なんですか?」
「うん。だからその事を踏まえて、ちょっと愚痴を聞いて欲しいの。いいかしら?」

 焦りの浮かんだ表情でわたしの左手を掴み、アミレス様はこちらを見上げる。
 わたしだけは特別だという事実に喜び、そして、あのアミレス様が愚痴を吐く相手にわたしを選んでくれた事にもたいそう喜んだ。
 喜びからだらしない笑みを浮かべてしまいそうな口元を必死に律し、わたしは今一度アミレス様のお傍に座る。
 すると、ゆっくりと彼女は語り始めた。

「私が苦手なのは……言ってしまえば、誰かに世話をされる事なの。髪を梳かれたり、服を着せられたり、予定を管理されたり、体を洗われたり、食事を口に運ばれたり。私だって一人の人間なのに、そんな風に何も出来ないお人形のように扱われる事が本当に嫌なの」

 ああでも、ハイラやルティは別よ。と彼女は付け加えた。
 しかし……この国で一番、宝箱の中の宝石のように大切に大事に扱われるべき御方から、こんな言葉が出てくるなんて思いもしなかった。

「だからね、私、ハイラがいなくなってからは可能な限り自分の事は自分でやってるんだ。お風呂だって一人で入るようにしてるし、簡単に脱ぎ着出来る服だったら一人で着替えるし。沢山の人に囲まれて、まるで自分が人形みたいに着飾られる事が……とにかく嫌なんだ。こんなの、仕事を頑張ってくれてる皆の前では絶対言えなくて。メイシアに聞いて貰えてちょっとスッキリしたわ、ありがとう」

 前々から神々が作った芸術品のような美しい人だと思っていた。
 だけど、今の彼女は……本物の人形のように見えてしまって。

「──っ、アミレス様は人形なんかじゃないです! アミレス様はとってもとーっても素敵で、わたしにとって光みたいな人なんです! あなたがいなければわたしは生きていられないぐらい、とっても大事で……わたしが大好きな、血の通った立派な人です!!」

 気がついたら、彼女の手を握って思いを伝えていた。
 アミレス様は驚いたのか目を丸くしていたのだけど、間もなくして幼い子供のように表情を綻ばせた。

「ひと……そっか、私、もう人形じゃないんだ……私だって人として生きていいんだ」

 今まで見た事の無い顔。
 心底安堵しているような、心底喜んでいるような、切実さを強く感じる微笑みだった。

「……アミレス、さま?」
「ありがとうメイシア! 貴女のお陰でなんだか心が軽くなったわ」
「──いえ。お役に立てて何よりです」

 無邪気に笑うアミレス様を見ると、ふと感じた違和感を尋ねる事なんて出来なかった。これを聞いてしまったら、アミレス様の笑顔を奪ってしまうような気がしたから。
 だからわたしは口を噤んだ。
 アミレス様が笑っていてくださるなら、わたしは余計な事なんて考えなくていい。わたしはただ、アミレス様の為になる事だけを考えて、行動に移せばいい。

「ちょっと長湯しすぎたかもしれないわね。そろそろ出ようかしら」
「そうしましょうか。きっと、もうイリオーデさん達が着替えの用意も済ませてくれているでしょうし」

 脱衣所に行くとそこにはクラリスさんとメアリードさんがわたし達の着替えを持って待っていた。
 何でも、着替えを調達して来たイリオーデさん達に頼まれて脱衣所まで着替えを持って来てくれたのだとか。そのついでで、見張りも引き受けてくれたらしい。
 そんなクラリスさん達に促され、今現在イリオーデさんとルティさんも男湯に入っているようだ。まあ、興味無いけど。

 着替えの間、クラリスさんの大きなお腹を見てアミレス様がとてもはしゃいでいた。「今何ヶ月なの?」「男の子かな、女の子かな」「楽しみだなあ」と、自分が産む訳でもない赤ん坊に思い馳せているようだった。
 その横顔を見てわたしは、あの笑顔を守りたいと、心から思った。

 そうだ。世界で一番可愛いお姫様の笑顔の為に、彼女に恋する魔女(わたし)は何でもしよう。
 だっていつの時代も、(それ)が──……魔女という存在の原動力だから。
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