だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

394.氷の国への招待状

 手元で新作の魔導具をいじる。
 それ(・・)を軽く起動して、動作確認をしていた時だった。

「やっぱり部屋にいたのか。こらカイル……昼には出発するって話しただろう? 荷物を纏めて準備をしておくよう昨日の夕食の時に言ったじゃないか」

 兄貴がノックをしながら俺の部屋に入って来る。
 カーテンを閉めていたから外が見えなかったが、カーテンを開くと外には青空が広がっており、兄貴の言う通り昼を迎えていた事に今気づいた。

「申し訳ございませんキールステン陛下。カイル様、朝からずっとこうで……」
「まだ陛下ではないよ。舞踏会が終わってからだからね、継承式は。それにコーラルが気に病む事ではない。カイルは昔からあんな感じだし」

 胃の調子が悪いのか胃薬を手に持つコーラルが、ペコペコと兄貴に向けて背を曲げていた。
 そんなコーラルに、兄貴は優しく声をかける。微笑ましくその光景を眺めていた俺だったが、二人の残念なものを見るような視線がこちらに向けられた事に気づき、バツが悪くなったのでいそいそと準備を始めた。
 とは言っても、俺も勿論荷物は纏め終えている。朝から部屋に篭ってたのは、新作魔導具の最終調整の為だ。
 手に馴染む形の懐かしい見た目の二つの魔導具。赤いカバーの方は懐へ、もう片方の青いカバーの方は一度机に置き、ベッドに置いていた上着に身を包む。
 更にマントを羽織ってから机に置いた魔導具を回収して、荷物の入ったトランクケースを持って兄貴の元に駆け寄った。

「ごめん兄貴、お待たせ。もう行けるぜ」
「まったく……ほら行くよ。もう馬車を待たせてるんだから」
「はーい。じゃあコーラル、留守番よろしくなー!」
「くれぐれもキールステン陛下にご迷惑をかけないようにして下さいね、カイル様!!」

 八の字に眉を下げ、コーラルは俺達を見送った。「へいへい」と軽く手を振って、俺は兄貴の後ろを着いていく。
 これから、俺達はフォーロイト帝国に行く。
 目的は勿論──フォーロイト帝国で行われる国際交流舞踏会。世界各国から、その国の王族や代表者が一堂に会する最も大規模で絢爛豪華な一大イベント。
 それに、ハミルディーヒ王国の代表者として俺と兄貴が出る事になった。兄貴が代表者、俺がその補佐……って感じだな。

 なんやかんや言って、公式的にフォーロイト帝国に行くのは初めてだったりする。
 今まで密入国は幾度となくしてきたんだけどな、一応表向きには俺はずっと城に軟禁されてた訳だから、瞬間転移を使えるのはともかくそれでフォーロイト帝国までひとっ飛び出来たらおかしい訳でして。
 俺からすれば馬車で行く必要なんて全くないのだが、兄貴にその旨を説明するのがとても面倒だと感じたので、こうして馬車で兄貴と一緒に行く事にした。
 それに。

「いやぁ、カイルと二人で遠出なんて初めてだ。ふふふ、楽しいね」

 兄貴がこんなにも楽しそうに笑うもんだからさ、弟としては馬車とかめんどい〜〜なんて言えなくなってしまって。

「そりゃあ、兄貴は昔から王太子の教育で忙しく、片や無能な俺は部屋に引き篭ってばかり。そんな状況で俺達で遠出なんてする暇はなかったしな」
「……もしかして、僕と一緒に出かけるの、嫌?」
「いやそんな訳ねぇだろ!? 嫌だったら今こうして一緒に馬車乗ってないって!」
「それもそうか。なら良かった」

 兄貴は捨てられた子犬のような表情で、正面に座る俺に問うて来る。
 改めて思ったが、はっきり言おう──……うちの兄貴は本当にイケメンだ。そして自分で言うのもあれだが、俺は身内に甘い自覚がある。
 カイルの実兄なんだから当然だが、兄貴はかなり顔がいい。そこに更に優秀で聡明な次期国王、弟思いの優しい兄……などなど女が好きそうな要素が重なり、当然だが我が国一番の優良物件となった。

 兄貴には幼い頃に決められた公爵令嬢の婚約者がいたのだが、兄貴が事故で昏睡状態に陥りこのまま目覚めないかもしれない──という話を聞いた公爵側が、まだ若い娘を思い多額の金を払って国王に婚約破棄を申し出て、金が貰えるからと国王はあっさりそれを了承。
 兄貴が目覚めた今、公爵令嬢はまた兄貴の婚約者にと奮闘しているそう。
 だが、以前兄貴に無理やり参加させられた地獄のようなお茶会で、その公爵令嬢が兄貴の前では猫を被ってるがいわゆる悪役令嬢気質のある面倒な女だと知り、俺は決意した。

 この女は駄目だ! と。
 だが兄貴は優しい。一度は婚約破棄をして迷惑をかけた以上……とか考えてあの女をまた婚約者にしかねない。なので、どうにかして兄貴が婚約者を作らないように仕向けなければ!!
 そう、周りでぎゃあぎゃあ喚く女共を無視して思考を巡らせた。その結果導き出された最善策を、俺は早速実行したという訳だ。

『兄貴!』

 そう叫びながら、ずっと黙り込んでいた俺が勢いよく立ち上がったからか女共は肩を跳ねさせていた。そんな女共を無視して、俺は兄貴の元に歩み寄る。

『どうしたんだい、カイル……そんな風に大きな声を出して』

 兄貴は目を丸くして俺を見上げていた。
 そんな兄貴を見下ろし、俺は覚悟を決めた。これが兄貴と俺二人にとっての最善策なのだ!

『兄貴……俺、せっかく兄貴と仲良く暮らせるようになったのに、兄貴が他の人に取られるなんて嫌だよ。兄貴は俺の兄貴なのに……っ』

 椅子に座ったままの兄貴に抱き着き、俺は兄離れが出来ていない弟を全力で演じた。これには俺の中のカイルが呆れたように大きな息を吐き出していたとも。
 その瞬間、女共の口からは硝子を引き裂いたような黄色い悲鳴が一気に放たれた。
 ふっ……俺は知ってるんだ。どの世界でも、年頃の女子は男同士の関係(イケメンカプ)が好きだってなァ!!
 これで女共は、多少なりとも兄貴に手を出しづらくなるだろう。ついでに俺も超ブラコン野郎という事で、女から言い寄られる事も減る筈だ。

『──カイルが、僕に甘えてる……? あの、カイルが……』

 兄貴に抱き着いている為、俺には兄貴の顔は見えない。そしたら何やら、耳元にボソリとそのイケヴォが囁かれてきて。
 その、瞬間。

『ごめん、ごめんよカイル。昔からずっと……寂しい思いをさせてごめんね。これからはたくさん、二人の思い出を作ろう』

 互いの呼吸が分かるぐらいの距離。目と鼻の先で、俺の頭を撫でながら兄貴は眩しく微笑んだ。
 おおう……うちの兄ちゃん顔がいい……と言葉を詰まらせてしまった程。
 これには女共もまたもや阿鼻叫喚。この後、弟大好きなブラコン王子となった兄貴は、大臣や貴族達から何を言われようとも婚約者を決めずに俺といる事を選んでくれるようになった。
 ……まあ、その所為で俺が貴族達から『責任持って説得しろ!』って睨まれてるんだけどな。ハハ。

 閑話休題。
 そんなこんなでフリーの優良物件となっている我が兄貴。本当に優秀で、こんなパーフェクトイケメンを失ったアンディザ世界線のハミルディーヒ王国は、相当苦労していた事だろう。
 カイルもめっちゃ頑張って国を守ってたし。いやー、兄貴が死ななくて本当によかったー。
 そう、俺は正面に座る兄貴を見つめてニコニコ笑っていた。

「随分と機嫌がいいね。カイルが楽しそうで僕も楽しいよ」
「兄貴も楽しいなら何よりだわ」

 継承式を控えた時期国王と、王弟殿下という扱いになる予定の俺を乗せた馬車は、護衛も伴わずゆっくりと雪道を進んでいく。
 フォーロイト帝国はハミルディーヒよりもずっと雪が酷い。それなのに大所帯で移動なんてしたら時間がかかって仕方無い。あと何より俺がそういうの苦手だ。
 だが護衛がいないのは……と臣下達がごちゃごちゃ言い出したので、しょうがなく俺は自分の才能(サベイランスちゃんはまだ秘密)を見せつけ、更に馬車を魔改造して魔導具へと変えてやった。
 セキュリティ及び防衛システム完備の馬車、そして俺。この二つがあれば護衛隊とかいらんいらん! と兄貴に伝えたら、『カイルがそこまで言うなら』と微笑む兄貴の鶴の一声でマジで護衛隊が不在になった。

 そのお陰もあり、この穏やかな旅路が実現したのだ。
 なので、護衛隊を拒否った分責任持って兄貴の事は守るぞ! チートオブチートの名にかけてな! と、意気込む俺。
 兄貴の楽しそうな笑顔は俺が守ってみせる。カイル・ディ・ハミルの名にかけて!!

『……──勝手に変な事を俺の名にかけないでくれるか?』

 あっ、はいすみませんでした……。
 頭の中のカイルにぴしゃりと言い放たれて、途端に気分が冷める。そして俺は暫くの間、突然カイルに梯子を外されたショックから項垂れていたのだった。
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