だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
404.ある聖人とある吸血鬼
とある秋の日。
国教会が聖地、神殿都市は主がご降臨なされたかのような盛り上がりに包まれたという。
その理由は、単純明快。
「おお! なんと神々しい事か……!」
「これが神託にあった、我等が新たなる指導者──聖人となられる御方!!」
「国教会に新たな光が射し込んだぞ!」
多くの大人に囲まれ、小さく産声をあげた赤ん坊がいた。
その子供は生まれる前から人生の全てを定められ、神殿都市の最奥で守り継がれる宝物かのように育てられる事になる。
名を、ミカリア・ディア・ラ・セイレーン。
神の寵愛を受けし者。という意味のミカリアという名に、代々聖人と呼ばれる存在が名乗ってきたディア・ラ・セイレーンという名。
なんと過去に例を見ない、生まれる前から神託でその存在を示唆されていた正真正銘の神の寵児。
なんとも畏れ多い事に、それが僕なのである。
そんな出自から誰もが僕が聖人であると疑わず、僕から人並みの人生というものを徹底的に排除した。
かくあるべしという理想と教えで国教会の聖人を作り上げ、彼等彼女等は僕にそれ以外の生き方を許さなかった。
だから、僕に家族は居なかった。
聖人にはそのようなものは不要だと……両親を取り上げられ、友と呼べる存在も許されず、自由を奪われた。
神のお告げ通りに造られた自律型魔導人形は、あくまでも僕の情操教育の為のものだった。
僕がどれだけ家族のように──友達のように思っていようとも、ラフィリアは神の言葉通りにしか動けない。ラフィリアには、僕の家族や友達となる機能が無かった。
そうと分かっていながら、その夢を諦められなかった。だから縋るように何度もラフィリアに『君は僕の家族だよね?』と聞いて、その度に首を横に振るラフィリアを見ては現実に打ちひしがれていた。
僕は、それに何度も何度も傷ついていたのだ。
何かを学べば学ぶ程に。
何かを知れば知る程に。
僕が聖人として成長するにつれて、僕の中にあった人間らしい願いや望みは増幅する。だけど、それは聖人には許されないものだった。
幼い僕が、一度だけ信徒達に本音を言った事があった。それは、まだ僕が何も知らなかった頃の事。
「どうして、僕には家族がいないのですか?」
授業の時、聖書にあった『家族を慈しみ、愛せよ』という文言を見て、幼い僕はふと疑問に思ったのだ。
───みんな親がいるのに、どうして僕だけ親がいないんだろう。
親の名も、顔も知らず。本来自分に与えられる筈だった名すらも知らない。
僕は人でありながら自分と呼べるものを何一つ知らず、自分が求めてやまない家族という存在との繋がりすらも知らなかった。
だから気になって聞いてしまった。それがいけない事だとも知らずに、愚かな真似をしてしまった。
その結果。僕は……聖人とは聡明でありながら、無知でなければならない存在なのだと知る事になる。
「親? そのような俗的なもの、貴方様にはいませんよ。聖人様は国教会の光。我々のようなただの凡人とは違うのです。そのような俗的な存在がいたならば、貴方様は聖人でいられなくなります。何故なら凡人如きが聖人様の名を名乗ってはなりませんから」
「っ!」
僕の教育を担当していた当時の大司教は、力強く唸るような低い声で僕を叱責した。
その言葉がどれ程聖人を追い詰めるか、分かった上で。
───聖人じゃ、いられなくなる。そんな、だめ、僕は……僕は、聖人じゃなければならないんだ。
───僕がみんなの期待に応えて、みんなの為に生きて、みんなの為に戦って、みんなの為にみんなを守らないといけないんだ。
───そうじゃないと、僕の存在価値を証明できない。聖人じゃない僕なんて、意味が……無い……っ!
生まれたその瞬間から聖人として生きて死ぬ事を強要されてきた僕は、聖人しか生きる意味を知らずに育ってしまった。
……否、そういう風に仕向けられたのだろう。
聖人という生き方しか知らない為、幼い僕は聖人でなくなる事を極端に恐れていた。それを把握した上で、当時の大司教達は幼い僕を洗脳し、自分たちの思い描いた理想の聖人像を見事作り上げたのだ。
「ごめ、なさ……い。僕が、間違ってました」
「誰にでも間違いはあるものです。しかし、聖人様はその限りではございません。聖人様は民の手本となり、国教会の象徴となり、人類の希望となる。故に、もう二度と間違わないでください。貴方様には、本来ただの一度も間違いがあってはならないのですから」
「はい──肝に、銘じます」
これが、僕の最初で最後の本音だった。それ以降、僕は信徒達に本音を伝えた事はない。
そして僕は……聖人として存在価値を示す為に、皆が望む『聖人ミカリア・ディア・ラ・セイレーン』を必死に演じ、もう家族も友達も要らないと自分を偽って生きていた。
そんな、ある冬の日。
僕は、紅い目の彼と出会った。
僕がまだ普通に歳を重ね、今の姫君ぐらいの歳の時。
まあ、色々あって。僕は学んだ事を実践すべく、竜種と戦う人々を手伝いに行った。
竜種とは、魔物の源流。つまり──国教会の教義に反する敵。だから問答無用で殺そうとしたのだが……やはり、何千もの時を生きる竜種は強かった。
僕のような子供では手も足も出ないぐらい強かった。特に、僕の魔力や神から授かりし力を使えば使う程吸収する白の竜の相手は大変だったな。
それでもなんとか、神から授かった力を犠牲にして白の竜を封印した。白の竜を封印する為には、そうするしかなかったのだ。
何とか白の竜を封印してから、どこかへ消えた黒の竜とまだ消滅が確認されていない緑の竜を探すべく、満身創痍とまでは言わずともそれなりに負傷したまま翼の魔力で飛び立った。
誰かを頼れば良かったんだろう。誰かに助けを求めたら良かったんだろう。
見た目は無事でも、僕の魔力は白の竜との攻防で枯渇しかけていて、その影響か激しい頭痛に襲われていた。
それでも、聖人には誰かを頼る事など出来ない。そんな人間らしい行為、僕には許されないから。
聖人という仮面を貼り付ける事も、永続不変な聖人の演技も、もう全部慣れっこだ。
だから僕は聖人として笑顔を作り、聖人として竜を討伐すべく飛び立ち、そして──。
「ぅ、もう……無、理…………」
かろうじて覚えている竜特有の魔力を探知しながら、一晩程全力で飛び続けた結果、魔力が本当に枯渇しそうになって、生存本能で魔法の使用をやめてその場で墜落した。
幸いにも、降り積もった雪と神の寵愛のお陰で、僕は半身の骨折程度で済んだらしい。
目が覚めたら、僕は知らない場所にいた。
自室のような真っ白の天井や、真っ白の壁、布団も何もかもが白に染まるあの部屋とは違う……濃く赤い天井と、黒くてふわふわの布団。
いつもの祭服ではなく、一度も着た事のないぶかぶかのシャツ。胸元の隙間から、僕の体にぐるぐると巻かれた包帯がちらりと見えた。
部屋の中には本でしか見た事の無いような調度品や、大きな暖炉があった。
そんな真新しい世界に好奇心が抑えられなくなった僕は、寝台を降りて気になったものに駆け寄ろうとしたのだけど。
「ッ!? い……った……!」
一歩踏み出すと全身を駆け巡った痛みというものに、僕は糸の切れた人形のように倒れ込んだ。
そのまま、カーペットの上で醜くのたうち回っていた時。静かに扉が開き、誰かがこの部屋に入ってきた。
「あ? 起きたなら大人しくしてろよ、ガキが。他人ン家で暴れんな」
声に引かれて顔を上げると、そこには逞しい体つきの黒髪の男性がいた。見た目は……大体三十代ぐらいだろうか、服がはち切れそうな胸筋が窺える。
紅く鋭い瞳孔でこちらを冷たく見下ろし、男は僕の襟首を掴んで猫のように持ち上げて、寝台へと放り投げた。
その衝撃でまた痛みが走ったけれど、男にとって僕はどうでもいい存在らしく……彼は椅子に座って足を組み、懐から取り出した袋を開きクッキーを頬張りはじめた。
国教会が聖地、神殿都市は主がご降臨なされたかのような盛り上がりに包まれたという。
その理由は、単純明快。
「おお! なんと神々しい事か……!」
「これが神託にあった、我等が新たなる指導者──聖人となられる御方!!」
「国教会に新たな光が射し込んだぞ!」
多くの大人に囲まれ、小さく産声をあげた赤ん坊がいた。
その子供は生まれる前から人生の全てを定められ、神殿都市の最奥で守り継がれる宝物かのように育てられる事になる。
名を、ミカリア・ディア・ラ・セイレーン。
神の寵愛を受けし者。という意味のミカリアという名に、代々聖人と呼ばれる存在が名乗ってきたディア・ラ・セイレーンという名。
なんと過去に例を見ない、生まれる前から神託でその存在を示唆されていた正真正銘の神の寵児。
なんとも畏れ多い事に、それが僕なのである。
そんな出自から誰もが僕が聖人であると疑わず、僕から人並みの人生というものを徹底的に排除した。
かくあるべしという理想と教えで国教会の聖人を作り上げ、彼等彼女等は僕にそれ以外の生き方を許さなかった。
だから、僕に家族は居なかった。
聖人にはそのようなものは不要だと……両親を取り上げられ、友と呼べる存在も許されず、自由を奪われた。
神のお告げ通りに造られた自律型魔導人形は、あくまでも僕の情操教育の為のものだった。
僕がどれだけ家族のように──友達のように思っていようとも、ラフィリアは神の言葉通りにしか動けない。ラフィリアには、僕の家族や友達となる機能が無かった。
そうと分かっていながら、その夢を諦められなかった。だから縋るように何度もラフィリアに『君は僕の家族だよね?』と聞いて、その度に首を横に振るラフィリアを見ては現実に打ちひしがれていた。
僕は、それに何度も何度も傷ついていたのだ。
何かを学べば学ぶ程に。
何かを知れば知る程に。
僕が聖人として成長するにつれて、僕の中にあった人間らしい願いや望みは増幅する。だけど、それは聖人には許されないものだった。
幼い僕が、一度だけ信徒達に本音を言った事があった。それは、まだ僕が何も知らなかった頃の事。
「どうして、僕には家族がいないのですか?」
授業の時、聖書にあった『家族を慈しみ、愛せよ』という文言を見て、幼い僕はふと疑問に思ったのだ。
───みんな親がいるのに、どうして僕だけ親がいないんだろう。
親の名も、顔も知らず。本来自分に与えられる筈だった名すらも知らない。
僕は人でありながら自分と呼べるものを何一つ知らず、自分が求めてやまない家族という存在との繋がりすらも知らなかった。
だから気になって聞いてしまった。それがいけない事だとも知らずに、愚かな真似をしてしまった。
その結果。僕は……聖人とは聡明でありながら、無知でなければならない存在なのだと知る事になる。
「親? そのような俗的なもの、貴方様にはいませんよ。聖人様は国教会の光。我々のようなただの凡人とは違うのです。そのような俗的な存在がいたならば、貴方様は聖人でいられなくなります。何故なら凡人如きが聖人様の名を名乗ってはなりませんから」
「っ!」
僕の教育を担当していた当時の大司教は、力強く唸るような低い声で僕を叱責した。
その言葉がどれ程聖人を追い詰めるか、分かった上で。
───聖人じゃ、いられなくなる。そんな、だめ、僕は……僕は、聖人じゃなければならないんだ。
───僕がみんなの期待に応えて、みんなの為に生きて、みんなの為に戦って、みんなの為にみんなを守らないといけないんだ。
───そうじゃないと、僕の存在価値を証明できない。聖人じゃない僕なんて、意味が……無い……っ!
生まれたその瞬間から聖人として生きて死ぬ事を強要されてきた僕は、聖人しか生きる意味を知らずに育ってしまった。
……否、そういう風に仕向けられたのだろう。
聖人という生き方しか知らない為、幼い僕は聖人でなくなる事を極端に恐れていた。それを把握した上で、当時の大司教達は幼い僕を洗脳し、自分たちの思い描いた理想の聖人像を見事作り上げたのだ。
「ごめ、なさ……い。僕が、間違ってました」
「誰にでも間違いはあるものです。しかし、聖人様はその限りではございません。聖人様は民の手本となり、国教会の象徴となり、人類の希望となる。故に、もう二度と間違わないでください。貴方様には、本来ただの一度も間違いがあってはならないのですから」
「はい──肝に、銘じます」
これが、僕の最初で最後の本音だった。それ以降、僕は信徒達に本音を伝えた事はない。
そして僕は……聖人として存在価値を示す為に、皆が望む『聖人ミカリア・ディア・ラ・セイレーン』を必死に演じ、もう家族も友達も要らないと自分を偽って生きていた。
そんな、ある冬の日。
僕は、紅い目の彼と出会った。
僕がまだ普通に歳を重ね、今の姫君ぐらいの歳の時。
まあ、色々あって。僕は学んだ事を実践すべく、竜種と戦う人々を手伝いに行った。
竜種とは、魔物の源流。つまり──国教会の教義に反する敵。だから問答無用で殺そうとしたのだが……やはり、何千もの時を生きる竜種は強かった。
僕のような子供では手も足も出ないぐらい強かった。特に、僕の魔力や神から授かりし力を使えば使う程吸収する白の竜の相手は大変だったな。
それでもなんとか、神から授かった力を犠牲にして白の竜を封印した。白の竜を封印する為には、そうするしかなかったのだ。
何とか白の竜を封印してから、どこかへ消えた黒の竜とまだ消滅が確認されていない緑の竜を探すべく、満身創痍とまでは言わずともそれなりに負傷したまま翼の魔力で飛び立った。
誰かを頼れば良かったんだろう。誰かに助けを求めたら良かったんだろう。
見た目は無事でも、僕の魔力は白の竜との攻防で枯渇しかけていて、その影響か激しい頭痛に襲われていた。
それでも、聖人には誰かを頼る事など出来ない。そんな人間らしい行為、僕には許されないから。
聖人という仮面を貼り付ける事も、永続不変な聖人の演技も、もう全部慣れっこだ。
だから僕は聖人として笑顔を作り、聖人として竜を討伐すべく飛び立ち、そして──。
「ぅ、もう……無、理…………」
かろうじて覚えている竜特有の魔力を探知しながら、一晩程全力で飛び続けた結果、魔力が本当に枯渇しそうになって、生存本能で魔法の使用をやめてその場で墜落した。
幸いにも、降り積もった雪と神の寵愛のお陰で、僕は半身の骨折程度で済んだらしい。
目が覚めたら、僕は知らない場所にいた。
自室のような真っ白の天井や、真っ白の壁、布団も何もかもが白に染まるあの部屋とは違う……濃く赤い天井と、黒くてふわふわの布団。
いつもの祭服ではなく、一度も着た事のないぶかぶかのシャツ。胸元の隙間から、僕の体にぐるぐると巻かれた包帯がちらりと見えた。
部屋の中には本でしか見た事の無いような調度品や、大きな暖炉があった。
そんな真新しい世界に好奇心が抑えられなくなった僕は、寝台を降りて気になったものに駆け寄ろうとしたのだけど。
「ッ!? い……った……!」
一歩踏み出すと全身を駆け巡った痛みというものに、僕は糸の切れた人形のように倒れ込んだ。
そのまま、カーペットの上で醜くのたうち回っていた時。静かに扉が開き、誰かがこの部屋に入ってきた。
「あ? 起きたなら大人しくしてろよ、ガキが。他人ン家で暴れんな」
声に引かれて顔を上げると、そこには逞しい体つきの黒髪の男性がいた。見た目は……大体三十代ぐらいだろうか、服がはち切れそうな胸筋が窺える。
紅く鋭い瞳孔でこちらを冷たく見下ろし、男は僕の襟首を掴んで猫のように持ち上げて、寝台へと放り投げた。
その衝撃でまた痛みが走ったけれど、男にとって僕はどうでもいい存在らしく……彼は椅子に座って足を組み、懐から取り出した袋を開きクッキーを頬張りはじめた。