だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

410.国際交流舞踏会7

「ぜひ! せっかくですからベールさんもご一緒にどうでしょうか? その時は、貴女の妹さんもお連れしますね」
「まあ、本当ですか。喜んでお誘いをお受けいたしますわ」
「ちなみにベールさん達はどの宮殿に滞在されてるんですか? お茶会の招待状を出したいので……」
「宮殿は……ええと、どこだったかしら。ロアクリード、覚えてます?」
石英宮(せきえいきゅう)だよ」
「そうだ、石英宮でしたわ。という事なので、招待状は石英宮に──」

 トントン拍子でお茶会の話が進む中。ついに我慢の限界が来たミカリアが口を開いた。

「姫君、もし良ければなのですが……僕もそのお茶会に参加させていただけませんか? 僕も姫君と、もっとお話ししたいので」

 もっと、という言葉をいやに強調してミカリアは黒く笑う。そんなミカリアの横で、意外な事にアンヘルが小さく挙手した。

「その茶会、どうせスイーツも出るんだろう? なら俺も参加したいんだが」
(──何せ王女様主催の茶会だ。もしかしたらまだ世に出ていない新作スイーツがお目にかかれるかもしれない!)

 下心満載で、アンヘルまでもが茶会への参加を主張する。これを受けてミカリアは、いい援護だアンヘル君! とほくそ笑む。
 そんなやり取りのそばで、アミレスはマクベスタを見上げて彼の袖を引いた。

「せっかくだからマクベスタも来てよ、お茶会。貴方の好きなハーブティーも用意しておくからさ」
「それは魅力的だな、ありがたく参加させてもらおう。口に合うかは分からないが、何か焼き菓子も用意して行くよ」
(──こんなにも男ばかりが参加するお茶会にアミレスを一人で行かせる訳にはいかないな)

 ここでアミレスが誘わなければ、マクベスタが自ら申し出ていたであろう。
 しかしアミレスから誘って貰えたので、それだけで気を良くして彼は満足気に頬を緩めた。この険悪な空気の中でこれ程に和やかに会話が出来るだなんて、流石は氷の血筋(フォーロイト)と吹っ切れバーサーカーである。

「そうでしたわ、あなたにもご挨拶がしたかったの。──百年ぶりかしら、聖人さん。私、あなたにとっても報復(おあい)したかったんですよ」
「……僕は、もう二度と会いたくなかったですよ。あなたの相手は少々骨が折れるので」

 ここに来て、互いの存在に気づいていたがあえて無視していた因縁のふたりがついに矛を交える。当たり前のように訪れた修羅場に、アミレスが頬に脂汗を滲ませた時だった。

「──お初にお目にかかります、皆様方」

 一人の好青年がマントをはためかせ、朱色の髪を揺らし、おもむろに近づいてくる。

「俺はカイル・ディ・ハミル。皆様が何やら楽しそうにお話しされていらっしゃったので、つい口を挟んでしまいました」

 ニコリと人の良さそうな笑みを浮かべ、カイルは軽く背を曲げた。
 その朱色の頭を見て、「現王の喧しい弟か」とアンヘルが零す。その現王の弟という単語がどうにも頭に引っかかったらしく、アミレスは少しばかり眉を顰めた。

(……現王の弟? ハミルディーヒの国王が蟄居したという話は聞いたけれど。あれ? そう言えば、カイルのお兄さんが亡くなられた、みたいな話は聞いてない……ような……)

 そこで何かに気づき、アミレスはハッとする。
 実は、カイルは昔からコーラルに頼んで密かに情報規制──箝口令を敷き、王室の情報が国から漏れないようにしていた。
 だがこれはあくまでも自分の才能が誰にも知られないようにとの対策で、本来は誰かが死んで誰かが生き残った……みたいな情報を他国に流さない為のものではなかった。
 諜報員(スパイ)がいない限りそうそう王室の情報が外に漏れない仕組み。それは、間者の炙り出しや他国との外交などで何気に役に立ってしまい、カイルは人知れず国に貢献していた事となるのだ。
 まあ、未だに本人にその自覚はないのだが。
 ちなみに──蟄居中の前王の情報に関しては、カイルが嫌がらせであえて流したとか、コーラルがついうっかり流してしまったとか。その詳細は定かではない。

 さて、話を戻そう。
 カイルの箝口令により、アミレスはキールステンの死亡回避とカイルの王位継承権放棄を知らなかった。
 カイルはフォーロイト帝国の情報を無闇矢鱈と集めたりはせず、ハミルディーヒ王国にそれを流す事もない。
 そんな彼の誠意に倣い、アミレスもまたハミルディーヒ王国の事は詮索しないようにしていた。だから、それらの情報を知り得なかったのだ。

(えっと……じゃあつまり、カイルは王太子になってないって事? それってゲームの展開的にどうなのよ。確かカイルは、馬鹿な国王に目障りだからって捨て駒のように戦場に送られ、その才能を発揮して祖国を窮地から救う。でも、その切っ掛けになる国王が変わったんならカイルが戦場に行く事はなくなるんじゃ──)

 それをカイルが狙っていた事など、アミレスが知る筈もなく。己の記憶を総動員して、彼女はぐるぐると考えを巡らせていた。

(カイルが危険な目に遭わなくなるのはいい事なんだろうけど、その場合カイルによって守られる人達や救われる人達はどうなるんだろう。何とか助かってくれるといいんだけど……)

 割と投げやりである。
 アミレスにとって大事なのは身内の無事であって、赤の他人の無事ではない。勿論、お人好しである為に多少は赤の他人も気にかけるが──……たった一人の身内と数百人の他人を天秤にかけられたのならば、彼女は迷わずたった一人の身内の為に数百の犠牲を出す。
 その一人が自分であれば、なんの躊躇いもなく自分を犠牲にするのに、だ。
 それこそが、人の形をした氷の血筋(フォーロイト)の怪物の本性である。
 価値観も、判断基準も、何もかもが普通からかけ離れた異端者。十数年ぶりにかの血筋に誕生し、上次元にて既に歪められていた魂と混ざりあって変生した人の成り損ない。
 それが、アミレス本人すらも知らない彼女(・・)だった。

 だがしかし。
 誰も気づけない──いや、気づいてはいるが指摘する事が出来ないその異常性に気づき、且つ誰よりもその理由についての考察が進んでいる男が、この場にはいた。
 むむむ……と唸りながら腕を組むアミレスを見て、カイルは彼女の方へと足を向けた。そして、おとぎ話の王子様のように胸に手を当てて、一礼する。

「アミレス・ヘル・フォーロイト姫。今後とも、仲良くしていただけると幸いです。出来れば、そう──……妹みたいな、友達として」

 カイルは少し間を置いて、友達という単語を強調した。
 それはひとえに、彼の中の酷いトラウマとの葛藤によるものだった。
 アミレスと変わらず親友でいたい。そう考えつつも、彼の中の女性への嫌悪は時間が経てば経つ程膨れ上がり、今やほんの少しでも自分に好意的な女性を無条件に嫌ってしまう程へと、そのある種の女性恐怖症は成長していた。
 それでも……カイルは唯一の理解者であり無二の親友であるアミレスとの縁を失いたくなくて、自分自身を騙し続ける事でなんとかトラウマが彼女に牙を剥かないように仕向けていた。

 それ故の、妹みたいな──という一風変わった友達発言。
 これにはアミレスも、マクベスタも、ミカリアまでもがあんぐりと口を開く。
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