だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

417.ティータイムは修羅場の後で⒋

 以前に本人やランディグランジュ侯爵から聞いた、イリオーデの過去を思い出す。両親の死や兄とのすれ違いがあってディオ達の元に転がり込んだ彼は……きっと、誰にも甘えられない人生を送ってきた事だろう。
 甘えたくても甘えられない半生だったからか、撫でるだけで相手を満足させられる手=子をあやす母親の手みたい! みたいな謎の方程式が、私のゴッドハンド(疑惑)を見るうちに彼の中で組み立てられていたのかもしれない。
 ならば、出来る上司として私は彼の望みを叶えてあげるべきなのでは? 十四歳の私が彼を甘やかす事が出来るのかまったく自信はないのだが……この忠犬さんをたくさん甘やかしてあげよう。

「……はい。大の男がこのような女々しい事を主人に願うなど、恥ずべき事とは重々承知のう──ぇッ!?」
「そんな堅苦しい言い方なんてせず、素直に『頭を撫でて欲しい』って言えばいいじゃないの。私はそれを笑わないし、こんなマメだらけの手でも誰かの役に立てるのなら……いくらでもこの手を貸すよ」
「〜〜っ!」

 包み込むようにイリオーデを抱き締め、彼の頭を撫でてあげた。
 サラサラで、どこか爽やかな香りの漂うイリオーデの長髪。たまに手に当たる耳や首がゴツゴツしていて、これまた犬っぽくて可愛い人だけど……彼がちゃんと成人男性なのだと再認識する。

「貴方は私の犬なんでしょう? なら素直に飼い主に甘えていいのよ。私、ペットは可愛がりたい性分なの」

 一度彼から離れ、そこらの椿のように赤くなった彼の顔を見る。……幼女だわ。赤面してるイリオーデって凄く可愛く見えるし、やっぱり幼女だわ。

「お利口さんにはたーっぷりご褒美あげちゃ──うわっ!?」

 この成人男性可愛いなあ。なんて失礼な事を考えていたら、後ろから伸びて来た手が私の横腹を掴み、イリオーデからひっぺがした。

「はァ〜〜いそこまで!! オレサマの事はめちゃくちゃ雑に扱っておいて、なんでそこの駄犬二匹には優しいんだよ! もっとオレサマにも優しくしろ!! 結論から言うがオレサマの頭も撫でろ」
「もー……貴方って元々そんな感じだったの? だから小さい時もあんなに褒めろ褒めろって……」
「あ? ンなワケねェだろ。お前以外にこんな事言うかよ、死んでも嫌だっつの」

 体を捻り、ため息混じりに片手でシュヴァルツの頭を撫でる。
 シュヴァルツったら、そんなに私のゴッドハンドに夢中なのか……なんか申し訳無くなってきたわね。

「私以外(の手)だともう満足出来なくなったのね。ごめんなさい、(この手が)貴方を骨抜きにしてしまったみたいで」
「別に否定はしないが……その言い方だと多分誤解を生むし、何よりお前自身絶対誤解してるだろ」
「誤解?」
「……はァ。マジでどうなってんのコイツ」

 要望を叶えてあげたのに何故私は罵倒されてるんだろう。そんな怒りを僅かに覚えたのだが。

「いつまでアミィに触ってるつもりなんだッ!」
「うわぁっ」
「アミィ、変な犬やクソみたいな悪魔に変な事させられて大変だったね。もう大丈夫だよ、ボク等が守ってあげるから!」
「頭を撫でただけだよ……?」

 後数秒でシュヴァルツの頭を殴ってしまいそうだったのだが、そこでシルフが横から私をかっ攫う。まるでぬいぐるみを抱き締めるかのように私を抱き締め、シルフはシュヴァルツを睨んだ。

「エンヴィー、アイツを火刑に処そう。ここはちょっと寒いから、アレを焚き火にしたら暖かくなるだろうしね」
「委細承知! 悪魔ならさぞかし勢いのある焚き火になるだろーな」

 師匠の目……あれは本気だ。本気でシュヴァルツでキャンプファイヤーしようとしてる。

「いやそんな事しちゃ駄目だからね!? カイルやマクベスタやメイシアからも言ってよ、流石に焚き火はやり過ぎだって!」

 ずっとぽかーんとしていた友人達に、シルフと師匠を止めるように頼んでみるも、

「いや、この悪魔は一度痛い目を見るべきだと思う」
「止めなきゃいけないんですか? わたしも全力で燃やそうかと思っていたのですが……」
「いやいやアミレスさん。これに関しては割とあんさんに過失があるぜ? 誰にでも甘いのが仇となったな」

 何故か皆揃って真顔で首を横に振る。その中でも、カイルだけは肩を竦めていた。
 シュヴァルツ皆に嫌われてるんだな……と憐れみの視線を送っていたら、

「おいコラ何だその目は。ちょっと……いや、半分? 九分九厘お前の所為なんだぞ」

 なんと責任転嫁された。
 私、何も悪い事してないもん。シュヴァルツも悪い事は何もしてないと思うけど。
 ……あれ? じゃあなんで皆はこんなに怒ってるんだろう。

「──あのー、そろそろ会話に混ざってもいいかな? 何だか修羅場みたいだったから、とりあえず成り行きを見ていたのだけど……」

 ピリピリとした空気を割いたのは、あの人の柔らかい声だった。

「リードさん!」
「余裕をもって来た筈なのに、もうこんなに人がいるとはね。お招きいただき恐悦至極です、王女殿下」

 お辞儀と共に、彼はニコリと微笑む。そんな彼の肩からは少しだけ白いものがチラ見えしていて。
 リードさんの登場で空気が完全に変わる。流石はリードさん、私達の清涼剤! 
 これ幸いとばかりに、私はシルフの拘束を解いてナトラとクロノの元へと駆け足で向かう。そして、怪訝な目でこちらを見てくるナトラ達の背中を押して前に出しては、リードさんに見えるように親指を立てる。
 すると彼はどこか困惑した様子を振り払い、軽く頷いて横目に後ろを見た。

「ほら、せっかくここまで来たんだから。この時を君はずっと待ってたんだろう?」
「……それもそう、ですわね」

 誰もが、この緊張した空気に息を呑む。
 やがて……リードさんの後ろからぎこちない表情で現れた美女を見て、ナトラとクロノは目を丸くした。そして、震える唇で二体(ふたり)は呟く。

「あ、あねうえ……っ」
「白……!」

 同時に雪のカーペットを蹴りつけ、ナトラとクロノはベールさんに抱き着いた。
 それを受け止め、ベールさんはその瞳に大粒の涙を滲ませる。

「っ緑、兄さん……! ずっと、ずっと会いたかったの……私、ふたりに謝らなきゃって……本当に、あいたかった……!!」
「僕の方こそごめんよ、白と緑にばかり辛い思いをさせて…………僕は、兄、失格だ……っ」
「あねうえぇええ! あにうえぇえええ!!」

 ベールさんに釣られるように、ナトラとクロノも涙を流し始めた。
 百年越しの再会。──厳密には、もっと長い時をこの兄妹達は離れ離れのまま過ごしていたのだろう。だからこそ、三体(さんにん)はこれ程に涙しているのだ。
 そんな温かい光景を見ていて、私も思わずジーンと来てしまった。

「ありがとう、王女殿下。君のお陰で彼女の願いを一つ叶えられたよ」
「いえ、こちらこそ。リードさんのお陰で、ナトラとクロノをベールさんに会わせてあげられましたから」
「……その件で一つ聞きたいのだけど。ナトラはともかく、黒の竜までなんでいるの? 行方不明なんじゃなかったの??」
「ああ……話せば長くなるというか、なんというか。まあ色々ありまして……」

 リードさんからすれば当然の疑問だろう。だが答えづらい質問の為、とりあえずはぐらかしてしまった。

「聞きたい事と言えば他にも山程あるよ。私の知らない人が本っっ当に多いというか……それはおかしくないんだけど、人じゃないひと増えてない? どう見ても悪魔と精霊…………」
「え〜〜っと、それはですね……」

 リードさんの視線がシルフとシュヴァルツに向けられる。その瞬間、シュヴァルツがニヤリと笑ってリードさんと肩を組んだ。
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