だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
「ええと……森林地域の開拓とそれに伴う居住地域開発及び山岳地域で発見された腐乱病について、でしたっけ? それなら──」
ソーサーにカップを置いた途端、妹の顔がガラリと変わった。たまに見る皇族らしい顔、とでも言うのだろうか……全然やる気が無かった割にスラスラと自分の意見を述べる姿は、やはり異質さが際立つな。
貴族会議で義務教育制度等について熱弁していた事も踏まえ、まだ十四歳である事を考えると、相当優秀であると認めざるを得ない。
──そうか、まだ、妹は十四歳なのか。
来年の二月にようやく十五歳の誕生日を迎える……が、恐らくアミレスの誕生パーティーは行われない事だろう。あの父上が、母上の命日にパーティーを行う事を許す筈がない。
こればかりはいくらケイリオル卿が説得しようとも無理な話だろう。
……だが、そうだな。良い兄というものは妹の為に行動するものだろう。ならば僕が、国を挙げてのパーティーとはいかずともそれなりのパーティーを企画すれば…………あいつは、喜んでくれるだろうか。
下がりに下がった僕への印象を、少しは良くしてくれるだろうか。僕を兄として、もう一度愛してくれるだろうか。
「……──という感じで。腐乱病に関してはあくまでも致死率が高く、且つ臓器の腐敗を促進するような菌が体内で発生する病であると私は考えますので、健康な死体と腐乱病感染者の死体の解剖を行いその辺の研究を…………って、兄様? 私の話、聞いてます?」
ムスッとした顔で、妹がこちらを睨んでくる。
「ああ、聞いていたとも。貴重な意見、参考にさせて貰おう」
「聞いてたならいいですけど。それより兄様、もし良ければもう一杯いただいてもいいですか?」
「……別に構わないが、お世辞にも上手いとは言えないだろう。僕の紅茶を入れる技術というものは」
「まぁ、その……」
いつの間にか空になっていたティーカップを受け取り、その上で大きめのティーポットを傾ける。その間妹はもにょもにょと口を動かし、視線を泳がせていて。
「兄様が紅茶を入れてくれる事なんて、そう滅多にないので……この機会に、味わっておこうかなーと……」
恥ずかしがっているのだろう。少し、耳を赤くしている。
……はあ。相変わらず我が妹は愚かだな。
「いつでも、飲みたいと言えばいい」
「──はい?」
「お前が望むなら、いつでも入れてやる。こんな味の薄い紅茶でも良ければな」
「…………お忙しい兄様にそんな事させられませんよ」
「僕がいいと言っているのだから遠慮しなくていい。どうせ、いつも仕事中は自分で入れているんだ。今更一人分増えたところで誤差の範疇だろう」
勝手に口角が釣り上がる。城で文官達が話していた『愚可愛い』という概念について理解した気がする。確かに少し馬鹿な一面のある妹が、可愛いと思えたのだ。
薄い紅茶が並々注がれたティーカップをもう一度差し出す。妹は、「アリなのかな……」と呟きつつ困惑した様子でティーカップを傾け喉を鳴らしていた。
そして、僕もまた同じように紅茶を口に含み、思う。
いつもはただ喉を潤す為だけに紅茶を飲んでいたが……これからは一応味にもこだわってみるか。今日帰ったら、ジェーンに紅茶の入れ方でも尋問しよう。
「──そうだ、兄様。ただの世間話なので出来れば怒らないで欲しいんですが」
「そのような前置きをするとは、何の話をするつもりなんだお前は」
妹が口火を切った途端、嫌な予感というものが僕の背にぴったりと張り付いた。
「婚約者とか、やっぱり決める気がないんですか? お世継ぎ問題をどうするおつもりなのか、ちょっとだけ気になってまして。ええと、その……そもそも兄様に性欲ってあるんですか?」
紅茶が喉に詰まるかと思った。
一体、何を聞いてくるんだこの女は? 茶会で聞くような事ではないだろう?
冬染祭以降、僕への態度がほんの少し軟化した事は素直な進歩と言えるだろうが……なんだ? 妹は普段友人と、このように頓痴気な会話ばかりしているのか?? それを僕にもするようになった──つまり、あいつとの距離が縮まった事に喜ぶべきなのか?
いやこれは素直に喜べないだろう。あまりにも内容が酷い。
「──妹よ。相手が僕でよかったな、世間一般的には無礼にあたる話題だぞ。そもそも皇太子相手に性欲がどうのと聞くなんて……帝国に混乱を招く気か?」
「仕方無いじゃないですか。誰もが気になってるんですよ、兄様の婚約者はどうなるんだろうって。社交界では、兄様への明らかな侮辱が尾ひれのついた噂として広まりつつありますし」
「……お前も、それを真に受けたのか」
「そんな事はないですよ。ただ妹として、兄様の将来が気になっただけです」
婚約者か。国母を務められるような女であれば、正直誰でもいい。何せ元より世継ぎを作る相手、程度にしか興味が無いからな。…………まあ、こんな僕に必要な際にきちんと機能する欲が備わっているか──そう、周りが不安になる気持ちも分かる気がする。
僕自身、見ず知らずの女相手に欲情し、行為に及ぶ自分の姿が全く想像出来ない。
何せ、僕の欲望というものは全て────。
「兄様が否定しないから悪いんですよ。婚約者はともかく、ちゃんとそっちは否定しておかないと」
僕は、今、何を考えていた? どう考えても……今、僕は妹の事を……。
「あぁ……そうだな。そういう事なのか、これは」
「え? 急にどうしたんですか?」
気づきたくないものに気づいてしまい、慌てて紅茶を喉に流し込む。
混乱と高揚と安堵が混ざり合うからだろうか。
味の薄い紅茶が、とても濃く感じる。
ソーサーにカップを置いた途端、妹の顔がガラリと変わった。たまに見る皇族らしい顔、とでも言うのだろうか……全然やる気が無かった割にスラスラと自分の意見を述べる姿は、やはり異質さが際立つな。
貴族会議で義務教育制度等について熱弁していた事も踏まえ、まだ十四歳である事を考えると、相当優秀であると認めざるを得ない。
──そうか、まだ、妹は十四歳なのか。
来年の二月にようやく十五歳の誕生日を迎える……が、恐らくアミレスの誕生パーティーは行われない事だろう。あの父上が、母上の命日にパーティーを行う事を許す筈がない。
こればかりはいくらケイリオル卿が説得しようとも無理な話だろう。
……だが、そうだな。良い兄というものは妹の為に行動するものだろう。ならば僕が、国を挙げてのパーティーとはいかずともそれなりのパーティーを企画すれば…………あいつは、喜んでくれるだろうか。
下がりに下がった僕への印象を、少しは良くしてくれるだろうか。僕を兄として、もう一度愛してくれるだろうか。
「……──という感じで。腐乱病に関してはあくまでも致死率が高く、且つ臓器の腐敗を促進するような菌が体内で発生する病であると私は考えますので、健康な死体と腐乱病感染者の死体の解剖を行いその辺の研究を…………って、兄様? 私の話、聞いてます?」
ムスッとした顔で、妹がこちらを睨んでくる。
「ああ、聞いていたとも。貴重な意見、参考にさせて貰おう」
「聞いてたならいいですけど。それより兄様、もし良ければもう一杯いただいてもいいですか?」
「……別に構わないが、お世辞にも上手いとは言えないだろう。僕の紅茶を入れる技術というものは」
「まぁ、その……」
いつの間にか空になっていたティーカップを受け取り、その上で大きめのティーポットを傾ける。その間妹はもにょもにょと口を動かし、視線を泳がせていて。
「兄様が紅茶を入れてくれる事なんて、そう滅多にないので……この機会に、味わっておこうかなーと……」
恥ずかしがっているのだろう。少し、耳を赤くしている。
……はあ。相変わらず我が妹は愚かだな。
「いつでも、飲みたいと言えばいい」
「──はい?」
「お前が望むなら、いつでも入れてやる。こんな味の薄い紅茶でも良ければな」
「…………お忙しい兄様にそんな事させられませんよ」
「僕がいいと言っているのだから遠慮しなくていい。どうせ、いつも仕事中は自分で入れているんだ。今更一人分増えたところで誤差の範疇だろう」
勝手に口角が釣り上がる。城で文官達が話していた『愚可愛い』という概念について理解した気がする。確かに少し馬鹿な一面のある妹が、可愛いと思えたのだ。
薄い紅茶が並々注がれたティーカップをもう一度差し出す。妹は、「アリなのかな……」と呟きつつ困惑した様子でティーカップを傾け喉を鳴らしていた。
そして、僕もまた同じように紅茶を口に含み、思う。
いつもはただ喉を潤す為だけに紅茶を飲んでいたが……これからは一応味にもこだわってみるか。今日帰ったら、ジェーンに紅茶の入れ方でも尋問しよう。
「──そうだ、兄様。ただの世間話なので出来れば怒らないで欲しいんですが」
「そのような前置きをするとは、何の話をするつもりなんだお前は」
妹が口火を切った途端、嫌な予感というものが僕の背にぴったりと張り付いた。
「婚約者とか、やっぱり決める気がないんですか? お世継ぎ問題をどうするおつもりなのか、ちょっとだけ気になってまして。ええと、その……そもそも兄様に性欲ってあるんですか?」
紅茶が喉に詰まるかと思った。
一体、何を聞いてくるんだこの女は? 茶会で聞くような事ではないだろう?
冬染祭以降、僕への態度がほんの少し軟化した事は素直な進歩と言えるだろうが……なんだ? 妹は普段友人と、このように頓痴気な会話ばかりしているのか?? それを僕にもするようになった──つまり、あいつとの距離が縮まった事に喜ぶべきなのか?
いやこれは素直に喜べないだろう。あまりにも内容が酷い。
「──妹よ。相手が僕でよかったな、世間一般的には無礼にあたる話題だぞ。そもそも皇太子相手に性欲がどうのと聞くなんて……帝国に混乱を招く気か?」
「仕方無いじゃないですか。誰もが気になってるんですよ、兄様の婚約者はどうなるんだろうって。社交界では、兄様への明らかな侮辱が尾ひれのついた噂として広まりつつありますし」
「……お前も、それを真に受けたのか」
「そんな事はないですよ。ただ妹として、兄様の将来が気になっただけです」
婚約者か。国母を務められるような女であれば、正直誰でもいい。何せ元より世継ぎを作る相手、程度にしか興味が無いからな。…………まあ、こんな僕に必要な際にきちんと機能する欲が備わっているか──そう、周りが不安になる気持ちも分かる気がする。
僕自身、見ず知らずの女相手に欲情し、行為に及ぶ自分の姿が全く想像出来ない。
何せ、僕の欲望というものは全て────。
「兄様が否定しないから悪いんですよ。婚約者はともかく、ちゃんとそっちは否定しておかないと」
僕は、今、何を考えていた? どう考えても……今、僕は妹の事を……。
「あぁ……そうだな。そういう事なのか、これは」
「え? 急にどうしたんですか?」
気づきたくないものに気づいてしまい、慌てて紅茶を喉に流し込む。
混乱と高揚と安堵が混ざり合うからだろうか。
味の薄い紅茶が、とても濃く感じる。