だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
「────だから、ミカリア様の事が嫌いなのね。そして……私の事も、嫌いなのね」
「急に何言って──……」
「貴方には私達の気持ちなんて何も分からないでしょう。いや、貴方に限らずきっと誰も分かってくれないんでしょうね」
とても冷たい声が耳に届いた。
今まで聞いた事がない……ラフィリアのような無機質さすら感じる彼女の声に、僕は思わず目を開けて体を起こした。
そして、彼女の顔を見て言葉を失う。
あんなにも表情豊かな少女から完全に表情というものが抜け落ちていた。それなのに、彼女の瞳だけが作り物かの如く異様に輝いていて……僕達は紛うことなき畏怖を抱いた。
「生まれる前から人生も、意思も、何もかも全て定められて一切の自由を許されなかった人の気持ちは分かる? 何かを知ってしまう度に知りたくなかったって後悔するし、それを教えてくれたひとを恨んだ事だってある。ずっと普通だと思っていた日々や人生が異常だって知った時には、生きてる意味が分からなくて……自分はどうして異常なんだって世界に絶望するの」
姫君が淡々と語り紡ぐそれに、きっとこの場で僕だけは強く心を揺さぶられていた。それは……とても、とても──僕には覚えのあるものだったから。
「分刻みの予定を勝手に決められて、人間らしく生きる事も許されず、何もかもを世話されて、それがおかしいとも気づけないよう狭い箱庭に閉じ込められた。神に選ばれたとか、愛されたとか、何も分からないままに自分はそういうものだと思い込んで、必死に道化を演じ続けるの。だってそれしか生き方を知らないから。そんな経験が、貴方にはある?」
ずっと無そのものだった姫君にようやく表情が戻ったかと思えば、それは非の打ち所がない完璧な微笑みだった。
王女らしい笑顔でも、少女らしい笑顔でもない。見た者全てに安心感と充足感を分け与える、かつて僕も教わったもの──……。
それは、完璧な微笑だった。
「空を見て、子供達の笑い声を聞いて……初めて外という概念を知る。今まで過ごしていた狭い世界が全てじゃないってここではじめて気づく。だけど、逃げ出すなんて選択肢は端から存在しないし、たとえ選択肢があっても、今更外で生きられる訳が無いでしょう?」
姫君は止まらない。この場にいる誰もが耳を疑い黙り込んだ為、とても静かになったお茶会会場には姫君の声だけが落とされる。
それは、まるで氷柱のように鋭く、脆い言葉だった。
「だからずっとずっと…………牢獄のような部屋で人形のように着飾られ、必要な時だけ奴隷のように連れ出されて、それだけが自分の存在意義だと思って一生懸命他人の為に命をすり減らすの。世の為人の為、聞きたくもない戯言を一言も聞き漏らさず記憶して、見ず知らずの誰かの醜悪な欲望の為に何時間も自分の体を差し出すの。そんな生き方しか出来ない人の気持ちが、貴方に分かる?」
決して微笑みを絶やさず彼女は悪魔に問いかけた。そんな姫君の様子を見て、悪魔は酷く狼狽えている。
「何、言ってんだよ。お前……ホントに何を──っ」
「そんなにたじろいでどうしたの? 私はいつも通りですよ。ただ、うん。貴方の発言に、とても虚しい気持ちになったのかな。理解出来ないからって、頭ごなしに否定して貶すのはやめて欲しくて……それで、感情的になっちゃった。みたいです」
「感情的……今のが?」
まるで人間のように、悪魔の表情は曇る。
「ねぇ、シュヴァルツ。もし貴方がミカリア様の立場だったら、自分の存在そのものを否定されて……どう思います?」
「……むかつくな。お前にオレサマの何が分かんだよ、って思う」
「なら貴方が今しなければならない事は、何?」
「…………」
妙にしおらしい様子で、悪魔は僕の方を見た。そして、
「わる、かった……な」
なんと聖人に謝罪の言葉を告げてきたのだ。
忌々しい悪魔が。魔族の統率者たる魔王が。僕に向けて謝罪の言葉を口にした。
それに僕達が唖然となっていると、
「よく出来ました。偉いですよ、シュヴァルツ」
姫君は隣に座っていた悪魔の頭に手を伸ばし、笑顔でその髪を撫でていた。その包容力に溢れた表情や雰囲気に、何故か僕まで変な気分になってしまう。
「……ん」
「こうして見るとシュヴァルツの時とあんまり変わりませんね、ヴァイス」
「──あのさァ、お前、今日なんか変だぞ」
「そうかしら?」
「変。ちょーぜつヘン!」
悪魔は駄々をこねる幼子のように主張する。
確かに今日の姫君はいつもと違うな……なんというか、今まで凄く遠くに感じていた彼女が、今だけはとても近くに──まるで同じ立場にいるかのように感じる。
「今日っつーか、ミカリアの話が始まった辺りからだろうよ。王女様が変なのは」
「アンヘルまで……そんなに変なの? 私としては、特に何もおかしいとは思わないのだけど」
「あ、戻った。さっきまで変だったぞ。なんか昔のミカリアみたいだった」
「昔のミカリア様みたい?」
こくりと頷いて、アンヘル君はケーキを頬張った。
「俺には分からんが、王女様にはミカリアと似通ったところがあるんだろ? どうせそうなんだろうさ」
「えぇ……?」
「ま、俺には分からねぇけど」
何故か偉そうにふんぞり返るアンヘル君に、残念なものを見る視線が集まる。
その時、何かを思いついたらしい緑の竜がおもむろに口を開いた。
「アミレスとその聖人とやらが似ておるのは、先のアミレスの発言からして間違いなかろう。先の発言はどう考えても実体験から来た言葉じゃ。それ程に真に迫った語り口調じゃったからの」
「実体験──……そんな訳ないじゃない。確かに十二歳になるまで一度も城から出た事はなかったけど、ハイラは私の事を一人の人間として尊重してくれていたもの」
「むむむ、言われてみればそうか……少々辻褄が合わぬが、どうしてなのかのぅ」
彼女の膝の上で、緑の竜は腕を組んで唸りはじめた。そんな緑の竜の頭を撫でる姫君は、その瞳を困惑一色に染めていた。
一体どういう事なのか。先程の言葉は僕に同情してのものではなく、彼女自身の言葉だった。それなのに、姫君にはその体験がないと。
何らかの理由から記憶を失っているとか? あの発言が嘘だとは到底思えないし、やはり彼女が記憶を失っている線が濃厚だろう。
だとすれば。
姫君も──……僕と、同じだったのでは?
先程の発言がそれを裏付ける。彼女も僕のように自由を切望した過去があり、僕のように非情な現実に失望した過去がある。
その苦しみや虚しさを誰も理解してくれない世界で、僕はなんとかアンヘル君と出逢えた。彼が……理解出来ずとも静かに聖人を受け入れてくれた彼が、僕の心の支えとなってくれたのだ。
だが姫君はどうだろう。姫君に、僕にとってのアンヘル君のような存在がいなかったら……彼女はこれから先もずっと、誰にもその孤独を受け入れてもらえない。
それはとても辛い事だ。僕はそれを経験した事があるから、誰よりもその辛さを分かる。
──そうだ。そうだったんだ!
姫君を一番理解出来るのは僕だ。同じような過去を抱え、その苦しみを分ち合えるのは僕だけだったんだ!
ああ……そういう事だったのか。僕と姫君はやっぱり運命で結ばれていた。
最初から決まっていたんだ。彼女と出会い支え合う為に、僕は不老不死になった。これは神々の思し召し──運命の女神、フォンティーァ様の導きだったのだろう。
今までの僕の人生は、今こうして姫君との運命を知る為にあった。辛く、虚しく、もどかしい人生だったけど…………その不幸は全て、彼女との運命の為にあったのだ。
……──あぁ、本当に。今日まで生きていて良かった。
神への誓いの口付けかのように恭しく。唇同士であれば色がうつってしまいそうなぐらい、右手の小指に唇を押し当てる。
お酒の所為なのか運命を見つけられた事に興奮しているのか、どちらなのかは分からないが……僕の顔はとても熱くなり、自然と目や口元は緩んでいた。
今は有象無象が湧いて出ているけれど、彼女の運命は僕であり、僕の運命は彼女だ。
ならば何も焦る必要はない。何故なら僕達は運命で結ばれているのだから。
互いを補って、理解して、真の意味で一つになれる。
そんな相手はきっとこの世に貴女しかいないし、姫君にとっても僕しかいない。ねぇ、そうでしょう?
だから僕は待ちましょう。姫君はまだこの運命に気づけていないようだから……貴女が、自分にとって最も必要な存在が僕であると気づくその時まで。
僕は、静かに貴女を想い続けておきます。
だからどうか──……その時が来たら、貴女も僕を同じだけ愛して下さいね、姫君。
「急に何言って──……」
「貴方には私達の気持ちなんて何も分からないでしょう。いや、貴方に限らずきっと誰も分かってくれないんでしょうね」
とても冷たい声が耳に届いた。
今まで聞いた事がない……ラフィリアのような無機質さすら感じる彼女の声に、僕は思わず目を開けて体を起こした。
そして、彼女の顔を見て言葉を失う。
あんなにも表情豊かな少女から完全に表情というものが抜け落ちていた。それなのに、彼女の瞳だけが作り物かの如く異様に輝いていて……僕達は紛うことなき畏怖を抱いた。
「生まれる前から人生も、意思も、何もかも全て定められて一切の自由を許されなかった人の気持ちは分かる? 何かを知ってしまう度に知りたくなかったって後悔するし、それを教えてくれたひとを恨んだ事だってある。ずっと普通だと思っていた日々や人生が異常だって知った時には、生きてる意味が分からなくて……自分はどうして異常なんだって世界に絶望するの」
姫君が淡々と語り紡ぐそれに、きっとこの場で僕だけは強く心を揺さぶられていた。それは……とても、とても──僕には覚えのあるものだったから。
「分刻みの予定を勝手に決められて、人間らしく生きる事も許されず、何もかもを世話されて、それがおかしいとも気づけないよう狭い箱庭に閉じ込められた。神に選ばれたとか、愛されたとか、何も分からないままに自分はそういうものだと思い込んで、必死に道化を演じ続けるの。だってそれしか生き方を知らないから。そんな経験が、貴方にはある?」
ずっと無そのものだった姫君にようやく表情が戻ったかと思えば、それは非の打ち所がない完璧な微笑みだった。
王女らしい笑顔でも、少女らしい笑顔でもない。見た者全てに安心感と充足感を分け与える、かつて僕も教わったもの──……。
それは、完璧な微笑だった。
「空を見て、子供達の笑い声を聞いて……初めて外という概念を知る。今まで過ごしていた狭い世界が全てじゃないってここではじめて気づく。だけど、逃げ出すなんて選択肢は端から存在しないし、たとえ選択肢があっても、今更外で生きられる訳が無いでしょう?」
姫君は止まらない。この場にいる誰もが耳を疑い黙り込んだ為、とても静かになったお茶会会場には姫君の声だけが落とされる。
それは、まるで氷柱のように鋭く、脆い言葉だった。
「だからずっとずっと…………牢獄のような部屋で人形のように着飾られ、必要な時だけ奴隷のように連れ出されて、それだけが自分の存在意義だと思って一生懸命他人の為に命をすり減らすの。世の為人の為、聞きたくもない戯言を一言も聞き漏らさず記憶して、見ず知らずの誰かの醜悪な欲望の為に何時間も自分の体を差し出すの。そんな生き方しか出来ない人の気持ちが、貴方に分かる?」
決して微笑みを絶やさず彼女は悪魔に問いかけた。そんな姫君の様子を見て、悪魔は酷く狼狽えている。
「何、言ってんだよ。お前……ホントに何を──っ」
「そんなにたじろいでどうしたの? 私はいつも通りですよ。ただ、うん。貴方の発言に、とても虚しい気持ちになったのかな。理解出来ないからって、頭ごなしに否定して貶すのはやめて欲しくて……それで、感情的になっちゃった。みたいです」
「感情的……今のが?」
まるで人間のように、悪魔の表情は曇る。
「ねぇ、シュヴァルツ。もし貴方がミカリア様の立場だったら、自分の存在そのものを否定されて……どう思います?」
「……むかつくな。お前にオレサマの何が分かんだよ、って思う」
「なら貴方が今しなければならない事は、何?」
「…………」
妙にしおらしい様子で、悪魔は僕の方を見た。そして、
「わる、かった……な」
なんと聖人に謝罪の言葉を告げてきたのだ。
忌々しい悪魔が。魔族の統率者たる魔王が。僕に向けて謝罪の言葉を口にした。
それに僕達が唖然となっていると、
「よく出来ました。偉いですよ、シュヴァルツ」
姫君は隣に座っていた悪魔の頭に手を伸ばし、笑顔でその髪を撫でていた。その包容力に溢れた表情や雰囲気に、何故か僕まで変な気分になってしまう。
「……ん」
「こうして見るとシュヴァルツの時とあんまり変わりませんね、ヴァイス」
「──あのさァ、お前、今日なんか変だぞ」
「そうかしら?」
「変。ちょーぜつヘン!」
悪魔は駄々をこねる幼子のように主張する。
確かに今日の姫君はいつもと違うな……なんというか、今まで凄く遠くに感じていた彼女が、今だけはとても近くに──まるで同じ立場にいるかのように感じる。
「今日っつーか、ミカリアの話が始まった辺りからだろうよ。王女様が変なのは」
「アンヘルまで……そんなに変なの? 私としては、特に何もおかしいとは思わないのだけど」
「あ、戻った。さっきまで変だったぞ。なんか昔のミカリアみたいだった」
「昔のミカリア様みたい?」
こくりと頷いて、アンヘル君はケーキを頬張った。
「俺には分からんが、王女様にはミカリアと似通ったところがあるんだろ? どうせそうなんだろうさ」
「えぇ……?」
「ま、俺には分からねぇけど」
何故か偉そうにふんぞり返るアンヘル君に、残念なものを見る視線が集まる。
その時、何かを思いついたらしい緑の竜がおもむろに口を開いた。
「アミレスとその聖人とやらが似ておるのは、先のアミレスの発言からして間違いなかろう。先の発言はどう考えても実体験から来た言葉じゃ。それ程に真に迫った語り口調じゃったからの」
「実体験──……そんな訳ないじゃない。確かに十二歳になるまで一度も城から出た事はなかったけど、ハイラは私の事を一人の人間として尊重してくれていたもの」
「むむむ、言われてみればそうか……少々辻褄が合わぬが、どうしてなのかのぅ」
彼女の膝の上で、緑の竜は腕を組んで唸りはじめた。そんな緑の竜の頭を撫でる姫君は、その瞳を困惑一色に染めていた。
一体どういう事なのか。先程の言葉は僕に同情してのものではなく、彼女自身の言葉だった。それなのに、姫君にはその体験がないと。
何らかの理由から記憶を失っているとか? あの発言が嘘だとは到底思えないし、やはり彼女が記憶を失っている線が濃厚だろう。
だとすれば。
姫君も──……僕と、同じだったのでは?
先程の発言がそれを裏付ける。彼女も僕のように自由を切望した過去があり、僕のように非情な現実に失望した過去がある。
その苦しみや虚しさを誰も理解してくれない世界で、僕はなんとかアンヘル君と出逢えた。彼が……理解出来ずとも静かに聖人を受け入れてくれた彼が、僕の心の支えとなってくれたのだ。
だが姫君はどうだろう。姫君に、僕にとってのアンヘル君のような存在がいなかったら……彼女はこれから先もずっと、誰にもその孤独を受け入れてもらえない。
それはとても辛い事だ。僕はそれを経験した事があるから、誰よりもその辛さを分かる。
──そうだ。そうだったんだ!
姫君を一番理解出来るのは僕だ。同じような過去を抱え、その苦しみを分ち合えるのは僕だけだったんだ!
ああ……そういう事だったのか。僕と姫君はやっぱり運命で結ばれていた。
最初から決まっていたんだ。彼女と出会い支え合う為に、僕は不老不死になった。これは神々の思し召し──運命の女神、フォンティーァ様の導きだったのだろう。
今までの僕の人生は、今こうして姫君との運命を知る為にあった。辛く、虚しく、もどかしい人生だったけど…………その不幸は全て、彼女との運命の為にあったのだ。
……──あぁ、本当に。今日まで生きていて良かった。
神への誓いの口付けかのように恭しく。唇同士であれば色がうつってしまいそうなぐらい、右手の小指に唇を押し当てる。
お酒の所為なのか運命を見つけられた事に興奮しているのか、どちらなのかは分からないが……僕の顔はとても熱くなり、自然と目や口元は緩んでいた。
今は有象無象が湧いて出ているけれど、彼女の運命は僕であり、僕の運命は彼女だ。
ならば何も焦る必要はない。何故なら僕達は運命で結ばれているのだから。
互いを補って、理解して、真の意味で一つになれる。
そんな相手はきっとこの世に貴女しかいないし、姫君にとっても僕しかいない。ねぇ、そうでしょう?
だから僕は待ちましょう。姫君はまだこの運命に気づけていないようだから……貴女が、自分にとって最も必要な存在が僕であると気づくその時まで。
僕は、静かに貴女を想い続けておきます。
だからどうか──……その時が来たら、貴女も僕を同じだけ愛して下さいね、姫君。