だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
「あっ……」
「お前、また一人でこんなクソ広い庭の掃除をしてるのか。そんなもの、他の奴等に任せておけばいいものを」
「そうだよー、君がそんな事する必要無いのに。そういうのって侍従の仕事だよ?」

 袋を見て呆れた息を落とした彼と共に、ふわふわの髪を揺らしてあの子が現れる。

「でもこれが私の仕事だから。それより、二人共どうしたの? 今って剣術の授業の時間じゃ……」

 まさかまたサボったの? と一抹の不安を口にすると、

「あんな雑魚から何を学べって言うんだ。俺達の方が遥かに強い」
「そーだそーだ、僕一人で帝国騎士団も近衛騎士団も制圧出来るもん」

 二人揃って授業を抜け出した(サボった)事を自供した。
 あなた達が言うと洒落にならないわ。本当に一騎当千の実力があるんだもの。

「別に僕達は授業をサボってないよ。必要無いから受けないのであって、僕達にとって必要な授業はちゃんと受けてるし」
「こいつの言う通りだ。俺達は俺達にとって最も有益な時間の使い方をしただけに過ぎない」
「……本当に、年々言い訳が上手くなるよね二人共。素直にサボったって言えばいいのに」
「「サボってないから」」

 やっぱり素直じゃない二人に、気づけば私もため息を零していた。

「僕は素直だよ。素直にサボってないって思ってるだけだからね」
「俺だってそうだ。まるで人がひねくれた性格みたいに言うじゃないか」

 ……当たり前のように心を視られる。慣れてはいるけれど、一方的にこちらの心が知られるのはやっぱりずるいと思う。
 じーっと、目が隠れる程伸ばされた綿のような前髪を見つめてみる。
 するとカラオルは「ふふふっ」とあどけない笑い声を漏らして、

「そんなに見つめて、どーしたの? 僕は君とたくさん目が合って嬉しいけど」

 にこりと笑った。それを見て、

「おい、あいつは俺のだぞ」

 エリドルはやけに不機嫌になっていた。エリドルに睨まれ、カラオルは「あはは、分かってるって。僕はそんな意味で言った訳じゃないよ」とまた笑う。

「そう言えば、授業をサボった言い訳の……ええと、有益な時間? で何をしてたの?」
「ああ。側妃の温室に行ってた」
「温室……って、ヒルデ様の温室? よく入れたね……というか何しに行ったの」

 そう聞くと、エリドルはずっと後ろ手にしていた左手を出した。その手には、色とりどりの花が溢れんばかりに結ばれた花束があった。

「ん」
「くれるの?」
「俺達に花を愛でる情緒があると思うか?」
「……無いね、残念ながら」

 花束からは、秋の終わりと思えないぐらい、華やかな花の香りが漂ってきた。

「最近、花が見られなくて君がちょっと落ち込んでるみたいだったから、僕達でとびっきりの花束をプレゼントしよう! って思ったんだ」
「だがこの時期にもなると帝国中で花は枯れて消え去るだろう。だから、年がら年中花が咲いている場所から拝借してきた。どうだ、嬉しいだろ」

 片や笑顔で、片や真顔で。二人は期待に満ちた眼差しを送ってきた。
 相変わらずの不器用っぷりに愛おしさが溢れかえる。……やっぱり、私って彼等に甘いんだな。

「ありがとう、すごく嬉しい! 部屋に飾るね」

 花束をそっと抱き締めてお礼を言うと、

「……ふ、当たり前だ。俺からのプレゼントなんだ、ちゃんと飾って愛でろ」
「喜んでもらえてよかった。また花が欲しくなったら言ってね、どこかから()ってくるから!」

 大小違えど笑みを浮かべて返事する。
 その気持ちも花も嬉しいけど、

「勝手に温室に入るのはよくないから、次の春に一緒に園芸しようね」

 流石に、側妃様の温室に侵入して花泥棒をするのはやめてもらわないと。
 彼等の為にも、ここはちゃんと注意しよう。

「いいよ! エリドルと君と一緒なら、僕何だっていいもん」
「しょうがないな、お前がそこまで言うならやってやらん事もない」
「場所はどこがいいかな。皇宮の中庭を改造する?」
「それがいい。無駄に広い庭なんだ、多少俺達が勝手に使っても問題無いだろ」

 彼等が仲良く話す姿を見て、とりあえず胸を撫で下ろす。
 肌寒いけれど心は温かい。
 そんな、秋の終わりの日の事だった。


 ♢♢♢♢


「────寒くはないか? 毎日のように雪が積もって……除雪用の魔導具を設置出来れば良かったんだが、魔力の流れが悪くなるとかなんとか魔塔の奴等が騒ぎよってな。まあ、私が雪をはらいに来れば問題は無いのだが」

 古びたマフラーを首に巻き、吹雪を全身に受けながら彼は数日ぶりに現れた。
 その骨ばった大きな手には似合わない、活力に満ちた一輪の花を持って。

「……今日も、花を供えておこう。風に攫われてしまうだろうが、無いよりはいい。花が好きなお前の事だ、きっとこの方が安らげよう」

 貴方は知らないでしょう。今まで貴方がくれた花々で、あの時よりもずっと立派で華やかな花束が作れた事なんて。

「なあ、アーシャ。死後の世(そちら)は平和か? お前が安心して暮らせるような世界か? お前が穏やかに眠れない世なら、私がすぐにでも正しに行ってやる」

 墓石に積もった雪を素手ではらいながら、彼は微笑む。
 それを見て、私の視界はゆらゆらと霞んだ。

「なに、一度泰平を成し遂げたのだから、二度や三度の泰平など造作もない。どんな世界であろうとも、お前の為に平和を齎してやるさ」

 ねぇ、やめて。そんな顔をしないで。
 貴方達にはずっと笑っていて欲しかった。仲良しでいて欲しかった。幸せになって欲しかった。私の分も、世界を楽しんで欲しかった。
 私の分も──あの子達を愛して欲しかった。

「叶うならもう少しここに居たかったのだが、まだ仕事があってな。あまり仕事をサボっていては、お前に怒られてしまいそうだ」

 大好きな貴方。
 どうか、どうか、もう私に縛られないでください。
 これ以上貴方に後悔して欲しくない。苦しんで欲しくないの。

『───は? お前がいなくなって俺がどうなるか? ……さあな。そのような事、考えた事も無かったが……どうもならないだろ。お前はどうせ、俺から離れられないのだから』
『───この私が、我が妻を置いて先に死ぬ訳がないだろう。当然逆もあってはならんがな。死がふたりを別つまで……共に死ぬその時まで、私達は共に生きるのだから』

 とても優しくて、不器用で、嘘つきな貴方。
 貴方達の幸せが私の幸せでした。貴方の幸せそうな笑顔が、私の生き甲斐でした。
 だから、どうか。

 私の事を忘れてください────……。
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