だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

431.ドロップ・アウト・スター

 ケイリオルさんと共に向かったのは、彼の執務室。
 並々注がれた紅茶を差し出され、私達は向かい合って座った。
 紅茶で喉を潤し、一息ついたところでケイリオルさんは重々しい空気を纏って切り出した。

「実は……舞踏会の最終日に予定していたある演目が、急遽実行不可となりまして。それが最後を彩るとびきりの演目だっただけに、国際交流舞踏会の運営側は大慌てなんですよ……」
「それは確かに急を要する案件ですね。ところで、とびきりの演目って?」
「魔塔の魔導師達による魔法と魔導具を駆使したパフォーマンスを予定していたのですが、何やら魔塔で研究中だった魔物が原因で、魔塔内で感染症が蔓延したようなのです」
「それは……どうしようもないですね……」

 彼の苦労が、その語り口調からひしひしと伝わってくる。

「それをこの国際交流舞踏会の目玉にしていたので、数日前になって急遽実行不可となり、運営の中には精神への強い負荷から白目を剥いた者もいる程で」
「ご愁傷様です……」
「かく言う(わたし)も、対応やその他調整に追われてかれこれ四日は寝てません。そしてこれから数日は寝られないでしょう」

 なんでいつも過労死しそうなの、この人は。

「頼むから寝て下さい。気絶させたら寝てくれますか?」
「それはもう寝ているのではなく、気絶してるんですよ」
「でも徹夜は駄目ですよ」
(わたし)も、運営の者達も……出来れば徹夜なんてしたくないんですけどね。こればかりは仕方無いというか、もう半ば諦めているというか」

 ケイリオルさんの声がどんどん弱々しくなっていく。
 この国、なんでこんなにブラック企業極めてるの……?! より良い国を目指してよお父様!!

「もしかして、私への相談と言うのは……」
「はい。国際交流舞踏会最終日の目玉についてです。どうか、貴女のお力を拝借したく思います」

 そう強く言い放つやいなや、ケイリオルさんは深く頭を下げた。

「我々運営の方で議論したところ、各国の代表者達を満足させられるような演目が、『テンディジェルの歌姫の歌』か『王女殿下の精霊と悪魔によるパフォーマンス』しか無いのでは──という結論に至りまして」
「……ローズの歌とシルフ達を、他国の人間如きの為に使えと?」
「貴女が友人をいたく大切にしている事は勿論分かっております。しかし、主催国として我々には果たさねばならない責があるのです。なのでどうか、ご一考いただけませんか?」
「…………」

 ケイリオルさんの事は助けたいし、私も可能な限り手を貸したい。
 だけど、ローズの歌とシルフ達を娯楽替わりの見世物として利用するつもりなら──……私は、どうしても頷けない。

「無理です。私にはローズに歌を強要する事も、シルフ達を見世物として利用する事も、出来ません」
「……そうですか。貴女なら、そう言うと思ってました。駄目元で聞いてみましたが、やはり空振りですね。大人しくどうにか代案を捻り出す事に──」
「なので、こちらから一つ提案します」

 ケイリオルさんの(仮面)の下から、「え?」といった驚愕が聞こえてくる。彼は下げていた頭をバッと上げて、こちらを真っ直ぐ見ているようだ。

「……──私が、何かパフォーマンスをします。主催国の王女による演目であれば、最後を締めくくるには相応しいでしょう」

 ローズ達を利用するぐらいなら、私が何かやればいい。
 何一つとして考えられていない完全なる見切り発車だけれど……一度口に出したのならば最後までやり遂げてみせる。
 国際交流舞踏会の有終の美を飾ってやろうじゃないの!!

「……貴女に全てを任せてしまって、よろしいのですか?」
「はい。無茶振りにはそれなりに慣れてる自信がありますので、お任せを。ただ、もしかしたら何か協力を要請するかもしれません」
「承知しました。貴女に全て任せる以上、最大限の支援をお約束致します。──本当に、ありがとうございます。王女殿下」

 どこか安堵が窺える声音で、彼は感謝の言葉を口にした。
 正直全く何も思いついていないが──……まあ、なるようになれ。なんとかしてみせようじゃないか。
 忙殺されているケイリオルさんと別れ、ティーパーティー会場に戻りつつ私は頭を悩ませる。

 とりあえず、後でケイリオルさんに何か体にいいものを差し入れよう。たーっくさん睡眠薬を盛って。
 問題は舞踏会でどんなパフォーマンスをするかだ。
 本当に何も思いつかない。各国の代表者達に等しく衝撃を与え、あわよくば楽しんでもらえるようなパフォーマンス……うーむ、とても難しい。

「こんな無理難題にローズの歌が利用されるなんて、想像もしたくないわ。代案を提示して正解だった」

 そこで、ピタリと私の足は止まった。
 ……──歌。そうだ、歌があるじゃないか!
 ほぼ確実に、見聞きした人に衝撃を与えられる歌が! 賛否両論あるだろうが、それでも一定数楽しんで貰えそうなものが!!

「そうと決まればあいつにも協力して貰わないと……! 私一人じゃあ厳しいわ!」

 こんな事もあろうかと持ち歩いていた携帯擬きを取り出し、カイルとの通信を図る。
 驚くべき事に、カイルはワンコールで出た。

『はいはーい、こちらカイル。突然どしたん? オーバー』
「ちょっと今すぐ東宮に来れる? どうしても貴方に手伝って貰いたい事があるの! あっ、オーバー?」
『我が友ながら律儀で草。急な話だがまあいいぜ。兄貴に出かけてくるって伝えにゃいかんから、ちょい遅くなるかもしれないけど』
「来てくれるだけでもありがたい……!」
『はは、マジで切羽詰まってんじゃん。りょーかい、急ぐから待っててくれや』

 ぷつっ、と通信が切れた。
 相変わらずカイルのフットワークが軽過ぎて、逆に心配になる。……カイルって本当に良い奴よね。いつも頼りまくってるのに、私、彼に何も返せてないよ。
 また今度何か要望を叶えてあげよう。そう心に決めて、ティーパーティー会場まで駆け出した。
 周りに人がいなかったので、これ幸いと廊下を全力疾走する。
 だがそれも途中で終了する。会場にある程度近づくと、困惑した様子で帰宅用の馬車を待つ令嬢達の姿が見えたのだ。
 人の目があるので走る訳にもいかず、ここからは早歩きで会場へ。ティーパーティー会場の扉を開けると、もう既に八割近く後片付けが済んでいた。仕事が早い。

 延々と耳元で文句を言い続ける人外さん達をとりあえず無視して、私は東宮に戻る旨を伝えた。
 納期が数日後の重大過ぎる緊急案件が出来たと、ケイリオルさんとの話を掻い摘んで説明し、私はシルフとシュヴァルツに頼み事をしてから一足先に東宮に帰還する。
< 1,335 / 1,399 >

この作品をシェア

pagetop