だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

436.ある皇太子の倒錯

 何もかもが気に食わない。
 この僕を弄ぶかのようなあの女の言動も、あいつを取り巻く環境も全てが鼻につく。

 僕と踊っていた時よりも、何故、お前は楽しそうなんだ?
 どうして僕を頼らない? 僕は兄で、お前は妹だろう。敵国の王子なぞを頼るぐらいならば僕を頼ればいい。
 それなのにどうして、お前は当たり前のように他所の男と笑い合い、苦楽を共にするんだ。見知らぬ者達は次々と懐に入れるのに、僕だけをずっと蚊帳の外に追いやるのはどうしてなんだ?

 苛立ちがふつふつと沸いてくる。その怒りが、僕を暴走させようとする。
 ……ああ、でも。
 暴走でもしなければ、あの女は僕を見ないだろう。

「──どうした、フリードル。招待客共が退場するまで我々は退場出来んぞ」

 ふらりと立ち上がると、父上はため息混じりに諭して下さった。
 だが、今の僕にはその言葉よりもずっと重要な目的がある。

「……申し訳ございません、皇帝陛下。少しばかり体調が優れないので、お先に失礼しても宜しいでしょうか」

 はじめて嘘をついた。
 この御方の前で、この──とても冷たい父上(ひと)に向かって。

「前にもパーティーを病欠したとか彼奴が言っていたな……お前も、このような場が肌に合わないのか」

 父上の呟きは、遠くから聞こえてくるロンドゥーア皇帝の高笑いで掻き消された。

「…………お前は次代の皇帝なのだから、今後は体調管理によりいっそう気を配れ。良いな」

 これは、許可されたのだろうか。

「精進致します。それでは、お先に失礼します」
「ああ」

 父上に一礼し、僕はその足で手すりの方へと向かった。
 階段を使っていると人混みを通る必要があり、あの女の元に向かうまで余計な手間がかかる。ならば、当然近道を選ぶというもの。
 体調不良だと父上に伝えた手前、この手段を選ぶのは正直に言って馬鹿の極みと思うが……まあ、仕方あるまい。

「うわっ!?」
「ふ、フリードル殿?!」
「なんで上から……?」

 手すりを乗り越え、一階まで飛び降りる。
 着地した途端下にいた者達が次々に驚愕の声を漏らしたが、全て無視してあの女の元にずんずんと直進していく。

「──アミレス・ヘル・フォーロイト。急用がある、僕と共に来い」

 細腕を掴み、強引に視線を奪う。
 こちらを振り向いた妹は、あからさまに困惑していた。不格好な仮面の下で、憎らしい程に美しい瞳がシャンデリアの光を受けて鮮やかに輝いている。
 ……この瞳をこのまま指輪にすれば、世界中が喉から手が出る程欲する至宝になるだろうな。

「共に来いって、急に言われても」
「急用だと言っただろう。いいから一人で着いて来い」
「……分かりました」

 どこか不服そうに、アミレスは頷いた。
 去り際に「皆、後はよろしくね」と部下達に告げ、大人しく着いてくる。こうして妹の腕を引いて歩くのは、城に来たあいつを迎えに行ってやったあの日以来か。

「入れ」
「失礼します……あの、兄様、結局急用って?」

 会場から暫く歩き人気のない部屋に辿り着いた僕達は、静かな部屋の中に二人で入った。
 この部屋は長らく使われていないものの、定期的に手入れだけはされている先代皇帝の寵妃の寝室。あまりにも豪奢なものだから、此度の国際交流舞踏会においても個人に貸し出しては招待客間で格差を生みかねないと、放置されている。
 それを知っていた僕は、迷わずこの部屋に向かった。ここならば誰の邪魔も無く二人きりになれると分かっていたから。

「兄様? どうして何も話してくれないんですか?」

 静かに見下ろして、じりじりと距離を詰める。
 妹は一定の距離を保とうとして後ろに下がる。

「……何を話せばいいか、僕も良く分からないんだ。いざお前を目の前にすると、理性的に話そうとしていたにも関わらず、心のままに言葉を吐いてしまいそうになる」
「何のはな──っきゃ!?」

 後退を繰り返した結果、妹は寝台(ベッド)にぶつかり倒れ込んだ。その弾みで仮面が外れ落ちる。
 その細い体が、寵妃の為にあつらえられた羽毛のごとき寝台(ベッド)に沈み込む。明るい銀髪と機能性重視の華美な服が、派手な鳥の求愛行動かのようにふわりと広がっていた。

「以前、お前は僕に問うたな。婚約者や性欲がどうのと……あの時は曖昧な答えだったと思うが、今ならばはっきりと答えられよう」

 いつか、参考程度に軽く目を通した愛にまつわる指南書。それに書かれていた通り──愛おしい者を組み敷いた時、男は愚かな獣となるのだな。

「……──無能な婚約者など要らん。世継ぎ問題に関しても、最適解を見つけたからな」

 僕の容貌や、皇太子妃という立場にしか興味の無い無能は不要だ。
 文武両道かつ国益となるような聡明な女。そのような者がいる筈もないと決めつけ、先の皇太子妃選定では案の定見つからなかったのだが……丁度、ここにいるではないか。
 武力は勿論頭脳もまた優れており、国の発展に貢献する能力や思想もある。そして何より──僕が唯一、感情を揺さぶられる女。

 何をしてもこの女には伝わらない。
 今までの僕の態度や行いが原因なのだろう。だが、生憎と僕にはこれ以上の方法が思いつかない。
 これが最善なのだ。
 ジェーンも言っていたが、結局のところ最終的に心が手に入ればそれでいい。ならば先んじて、この八方美人が他の男に目移りしないよう体から奪ってしまえばいい。
 僕に溺れさせ、僕に縛りつける。
 さすればきっと──……お前は、僕だけを見てくれるだろう?

「僕の子を孕め、アミレス・ヘル・フォーロイト」
「────は?」

 白い頬を指の腹で撫でる。
 驚愕を露わにした妹の目には、僕だけが映っていた。

「お前の懸念していた通り、皇太子には世継ぎ問題が付き纏う。だからこそ僕は考えた。婚約者などをわざわざ用意せずとも、王女(おまえ)皇太子(ぼく)の間に子が産まれたならばそれで充分なのではと」

 曰く。氷の血筋(フォーロイト)は遺伝的に、氷の魔力の他に類稀な身体能力ないし戦闘能力を持って産まれる事が多いという。
 その為、代々優れた血筋──……高位の貴族と交配し、その血と遺伝をより密に編み上げ現代まで繋げてきた。
 そのような特性から、氷の血筋(フォーロイト)の人間は高位貴族と婚姻する事が多い。何故なら、血筋を重んじており魔力に慣れている高位貴族との方が、より安全に子をもうける事が出来るから。

 平民や下位の貴族は魔力に慣れておらず、有り体に言えば氷の血筋(フォーロイト)の力を産み出すのに耐えられないような、適性(・・)の無い(・・・)肉体である場合が大半だ。──と、性教育の授業の際に、余談としてケイリオル卿が複雑そうに語っていた。
 どうやらこれは、過去の記録や様々な事例から彼が導き出した一説のようだが……まあ、この事はもういい。

 つまり皇族同士で交配すれば──過去に類を見ない優秀な子孫が残せるのではと。そう、僕は考えた。
 使えるかも分からない貴族の女との子より、既にその才覚を発揮している王女との子の方が、世継ぎとして優れているであろう事は自明の理というものだろう。

「世継ぎを孕んだお前は生存を保証される。そして僕は下手な女と無意味な行為に及ぶ事無く、優秀な子を得られる。これ以上無い利害関係だと思わないか?」
「……は? 何、言って…………倫理とか、常識とか、あんたにはそういうのが無いの?」

 どうやらこの女は、僕と話している際に感情が昂ると粗野な口調になるらしい。
 これを知るのは僕だけなのだと思うと、ぬるま湯のような覚えのない感情が沸き上がってくる。

「今更だな。お前にだって、勿論僕にだって……倫理や(そんな)常識(もの)は初めから備わってなかっただろう」
「……っだとしても、実の妹となんて普通は想像すらしないわ」
「僕だって、ほんの数日前までは想像しなかった。今こうなっているのは、他ならぬお前の所為だよ」

 アミレスの胸元にあるリボンを解く。その衣擦れ音と共に、時計の針が永劫にも感じる一瞬を刻む。
 そのリボンに軽く唇を当てて、僕は柄にも無く笑っていた。
< 1,342 / 1,380 >

この作品をシェア

pagetop