だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
「成程。ま、俺は出来る男なので訳は聞かないでおきましょう。でもね、姫さん。これだけは覚えておいてください」

 師匠はなめらかな動きで顔を寄せて来た。彼の程よく低い美声が、私の耳をそっと撫でる。

「どんな生き物でも……案外、好きな匂いってモンは覚えているものでして。それに変なのが混ざっていればすぐに気づくし、隠されてたって事にも気づいてもどかしい気持ちになるんですよ」

 何の話だろう。と頭に疑問符を浮かべていたところ、おもむろに立ち上がった師匠は「それじゃあ姫さんを東宮まで送りますか」と私を抱え、窓から飛び出した。
 ここ四階────!! と喉まで叫び声が出かかったものの、それは師匠の笑い声によって阻止された。

「ははは! びっくりさせちゃいましたかね。大丈夫ですよ、姫さん。目ェ開けてみてごらん」
「……え? 何、これ」

 私を抱えたまま、師匠は謎の鳥に乗っていた。
 全身が赤く燃え盛る鳥。鳳凰のような見た目である為、師匠の神々しさが増す。

「俺のペットみたいなものですよ。精霊獣って言いまして」
「精霊獣……ってあの精霊獣? ほぼ幻扱いされてる、あの?」
「そっすね。滅多に精霊界から出ないんで、人間界にはその名前しか伝わってないみたいですけど」

 昔ハイラの授業で少しだけ出てきた幻の存在、それが精霊獣。その珍しさで言えば、高位悪魔に匹敵するとか。

「ちなみに名前はランタンです」
「ランタン」
「はい。赤い鳥→あかいとり→あかり→ランタン! みたいな」
「……ふふっ、ちょっと師匠っぽいかも」

 どこからどう見ても不死鳥っぽい師匠のペット、ランタンの背はとても快適だった。
 まず何より温かい。歩く暖炉の師匠に勝るとも劣らずランタンもとても温かい。燃えてるんだから当たり前だけど。
 そんな彼等の熱で雪は溶け冷風は跳ね除けられるので、吹雪の中なのにびっくりする程快適な空の旅だった。

 東宮に着くと、お留守番だったナトラが驚いたように出迎えてくれた。セツも走って飛びついてきて、その後ゆっくり現れたクロノからは「せっかくナトラとのんびりしてたのに……」と文句を言われてしまったが。
 そんなナトラ達に額のたんこぶの事を内緒にするよう頼んで自室に戻り、後の事は師匠に任せて寝台(ベッド)に飛び込んだ。

 長いようで短い国際交流舞踏会は終わり、あと数日もしないうちに年が明ける。
 そしたらすぐに(アミレス)の誕生日があって、そして──、

「……ゲームが、始まっちゃうのか」

 私の生死がかかった一年が幕を明ける。
 アミレス・ヘル・フォーロイトになってから八年。これまでやって来た事が無駄ではなかったと、生き延びる事で証明しないと。

「頑張ろうね、アミレス。きっと大変な事ばかりだろうけど、二人でならきっと……きっと、頑張れるよ」

 私の幸せの為に。
 アミレスの幸せの為に。
 努力しか取り柄のない私は、とにかく頑張ろう。
 だって──。

「死にたくなんて、ないもんね」

 目蓋を閉じる。
 ゆっくりと眠りにつき、夢の中で懐かしい声を聞いた。

『……──おやすみ、愛しい我が子。君のこれからに、幸多からん事を』


 ♢♢


 姫さんに頼まれた伝言とやらを済ますべく、俺はあの宮殿に戻った。
 色々と隠せって言われたが、きっと俺が隠したところで無意味だ。シルフさんなら絶対に、姫さんの匂いに混ざったクソ野郎の匂いに気づく。
 それについて後から尋問される事になっても、俺しーらない。
 姫さんの頼みはちゃんと遂行しますから。それ以外の事はちょっと業務外ッスねー。

「あ、いたいたシルフさーん」
「エンヴィー? ……って、何その格好。ここ人間界だぞ」
「まー色々とありまして。全力で魔力とか抑えてるんで見逃して下さいませ。で、こっからが本題なんですが。姫さんから伝言預かってるんで、それを言いに来ました」
「は? 何でお前がアミィから伝言預かるんだよ」
「いだだだだだ! 頭! 割れる!!」

 相変わらずの理不尽の極み。
 これが、我等が精霊王である。

「で、アミィはなんて言ってたの」
「いたた……えーっと、体調が悪くなったから先に東宮に戻るそうです」
「はァ? こんなクソ騒々しい場所で待ってやってたのに、オレサマ達の事置いて帰りやがったのか、アイツ。いい度胸してんなァ〜〜」

 マジでうるせーなこの悪魔。コイツから引き離す為にも、姫さんには一刻も早く精霊界に来てほしいんだけどな……。

「じゃあボクも東宮に戻ろうかな。ああ、お前等もさっさと精霊界に帰れ」
「マスターったら相変わらずアタシ達の扱いが雑ね」
「エストレラちゃんの前で猫被りすぎやねんこのヒト」
「クク、役目を終えたのならば潔く退場すべきか」

 姫さんの要望に応えて、我が王が精霊界から拉致って来た三体の最上位精霊達。それぞれ好きなタイミングで扉を開き、精霊界に戻っていった。
 ミュゼリカの奴に至っては、姫さんの友達のローズニカって女の子に抱き着いて加護まで与えていやがった。
 大した事ない加護みたいだがその行為に女の子がかなり困惑していたから、我が王も呆れた様子。
 あんたも同じかそれ以上の事やってますけどね。……とは言えないのが、俺の立場の辛いところ。

 さてさて。俺も仕事は終えたし、精霊界に戻って武器作りを再開しますか。
 ……──これで、姫さんの喜ぶ顔が見れるといいなあ。
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