だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
第五章・帝国の王女

439.ある少年の愛情

 おれにとって大事なものは、ミシェルだけだった。
 それは今でも変わらないしこの先何があろうと絶対に変わらない。

 あの日、体を震えさせながらもおれを助けてくれたかっこいいミシェル。
 行き場がないおれを家族扱いして、一緒のベッドで寝させてくれた優しいミシェル。
 常識も頭も足りてないおれに、根気強く色んな事を教えてくれた賢いミシェル。
 おれをいじめる男達相手にがつんと言ってくれた、正義の味方なミシェル。
 誰よりも正しくて、誰よりも凄い、絵本の主人公みたいなミシェル。

 おれは、ミシェルの事が大好きだ。
 間違いなく、おれの世界の中心はミシェルだった。
 だからおれはミシェルとずっと一緒にいたい。おれの一番はミシェルで、ミシェルの一番もおれがいい。今でもそう思い続けている。

 故郷の村では、おれは確かにミシェルに一番(・・)近い存在でいられた。
 でも、今は違う。
 ミシェルは神々の愛し子……っていう凄い存在で、国教会で保護されるべき存在なのだ。
 ミシェルが世界で一番凄い女の子なのは当然の事。だけど、その所為でおれとミシェルは引き離されてしまった。

 ミシェルがいなくなった後の村は、大騒ぎだった。分不相応にもミシェルに好意を寄せていた馬鹿な男達は、ミシェルと会えなくなった事によって阿鼻叫喚。
 男達に限らず、ミシェルを可愛がっていたおじさんおばさん達も皆、ミシェルの不在に寂しさを覚えていた。

 おれも勿論寂しかった。
 でもおれは泣かない。だってミシェルが、『すぐに泣く人なんて嫌い。被害者面すればなんでもまかり通ると思ってそうでほんっとにむかつく』って言ってたから。
 ミシェルがそう言うのならおれは泣かない。ミシェルが怖がるから怒ったりもしない。常にニコニコと笑って、ミシェルみたいな優しい人であり続けてきた。

『──ねぇちょっと! ロイからも皆に言ってよ、ミシェルの事なんか忘れてって!』
『ナナ、そんなの無駄だよ。ロイが一番ミシェルとべったりだったんだから』
『でも……』
『本当にありえない! ミシェル一人いなくなったぐらいでこんな事になるなんて!!』

 ミシェルがいないなら、おれもわざわざ演技なんてする必要はないか。

『うるさいなぁ。黙れよ、ミシェルに噛み付く事しか出来ない負け犬どもが』

 笑うのは苦手だ。話すのも苦手だし、人と関わるのも苦手。だけどミシェルにだけは嫌われたくないから、必死にミシェルに好かれそうなおれを演じてきた。
 クソみたいな性根(こんなおれ)じゃない、明るく元気な性格(りそうてきなおれ)
 馬鹿で間抜けでおっちょこちょいなお人好し。その方が、きっとミシェルに大事にして貰えるから。
 ミシェルに嫌われないようにする事が何よりも重要なおれにとって、自我を殺す事なんて赤子の手をひねるより簡単な事だった。

『は……? ミシェルの金魚のフンのくせに、急に何?』
『ミシェルにいっつも守ってもらってばかりの弱虫でしょ、あんた!』

 ミシェルに嫉妬してばかりだった女達。たいした努力もせず、ミシェルを何度も口撃していたっけ。
 ……今までミシェルがいたから見逃してきたけど、もう見逃す必要もないのか。いつかミシェルがこの村に帰って来た時用に、おじゃま虫は駆除しておこう。

『そうだね。ミシェルに嫌われたくない弱虫だよ、おれは』
『っ……カッコつけちゃって、どうしたの? ミシェルもいないのにさ』
『あはは! 意味な〜〜い!』
『つーか口答えしないでわたし達の言う通りにしなよ。もうミシェルは守ってくれないんだから!』

 キャハハハ! と、群れる虫どもの下品な笑い声が耳を裂く。
 この声がミシェルを不快にした。
 被害者面する加害者どもがミシェルを苦しめた。
 それだけで──……害虫駆除の大義名分にはじゅうぶんだ。

『じゃあ、おれみたいな弱虫に踏み潰されるおまえ達は虫けら以下だな』

 まず、一番うるさい女のお腹を殴った。

『うぐっ!?』
『ミシェルに理不尽な難癖つけたぶん』

 次に、悲鳴をあげそうになった女の顎を蹴り上げる。

『ぎっ、ぁ……!!』
『ミシェルに馬糞をかけたぶん』

 歯をガタガタさせていた女の首元を肘で突く。

『ふッぐぁ……!?』
『ミシェルを大人数で囲んでいじめたぶん』

 いつも泣き喚いていた女の顔面に拳を叩き入れる。

『〜〜ッ!!』
『二年前の泥棒事件でミシェルに責任転嫁したぶん』

 ミシェルが見逃してあげていたから今までずっと見逃してきたミシェルへの攻撃。それらの償いを、今ここでさせてあげよう。
 おれは優しいミシェルの真似をして、優しいロイになったから……常日頃から人に優しくしておかないと、いざと言う時ちゃんと優しい人(・・・・)を演じられなくなってしまう。
 元々優しいミシェルとは違って、おれの優しさ(それ)は所詮付け焼き刃にしかすぎない。故に、常日頃から意識しおかないと駄目なんだ。

『なっ……んで、あんた、そんな……!』
『ずっと見下してた金魚の糞にやられて悔しいの? まあ、どうでもいいけど』
『……ッ!!』

 他の三人が気絶した事もあり、その女は青白い顔でお腹を押さえ涙目で睨んできた。

『おれね、ミシェルに嫌われたくないんだ。ミシェルにとっての、“頼りないぶん世話を焼いてあげなきゃいけない弱虫”であり続けたい。でもいざという時はミシェルの役に立ちたいから、ミシェルに隠れてこっそりと鍛えてるんだ』

 魔法も体術も、全部本を読んで独学で身につけた。幸いにもおれにはそれに関する才能があったらしく、無知な子供の独学の割には上手くいった。
 ミシェルがお肉を食べたいと言った時に、こっそり森に行って火の弓矢で狩猟をし、適当に解体してみた。これまた才能があったのか、適当にやった割には結構いい感じに──綺麗に解体出来たのだ。
 手に入れた肉を持って帰り、焼いてミシェルにプレゼントしたらミシェルは喜んでくれた。おれがやったって知られたら駄目だから、その時は『村のおじさんからもらったんだ』と伝えたけど。

 ミシェルに喜んでもらえたのが本当に嬉しかった。
 それから、いつでもミシェルの要望を叶えられるようにおれはずっと……こっそり鍛え続けていた。それがこうして役に立って、努力は無駄ではなかったのだとしみじみ思う。

『それじゃあ、ミシェルが帰ってくる前におまえ達を処分しないとね。害虫は駆除駆除♪』
『ひぃっ……!!』

 ミシェルに好評なおれの笑顔を貼り付けてみる。すると女は、尻もちをついて後ずさりした。
 そんな女をもう一度殴って気絶させてから、おれは女達を抱えて森の奥にある崖までの道を何度も往復した。
 そして、女達の髪の毛や血などをいい感じにその辺に散らして、二人崖から落とした。これで喧嘩の果ての滑落事故として村の大人達も処理する事だろう。
 残る二人は魔獣の住処になってる洞窟の前に置いておいた。女達の血の匂いに惹かれて既に魔獣が寄って来ていたから、多分あの二人にも明日は無い。

 こうしておれの害虫駆除はあっさりと終了した。
 その後も引き続きミシェルの害になりそうな人間を事故死に見せかけて暗殺してまわり、整合性の為にミシェルに好かれるロイ(おれ)を演じていたある時。
 なんとおれはミシェルに呼ばれて神殿都市に行く事になったのだ!
 あの時は素で飛び跳ねて喜んでしまった。
 でも仕方無いよね。だって、ミシェルと一緒にいられるんだから!!

「……──ロイ。オマエ……こんな時間に路地裏で何をしているんだ?」
「ん? あぁ、セインか。最近ミシェルの事を見てる変質者がいるみたいだから、捜してた」
「変質者……そんな者がいるのか。よく気づいたな」
「まあね。気配を察知して何本か火矢を放ったんだけど、当たらなかったみたい」

 セインは目をぱちくりとさせ、訝しげな表情を作った。

「…………弓が、扱えるのか?」
「言ってなかったっけ」
「聞いてないな。というか、かなり鈍臭かったろう、オマエは」
「あーそうだった。じゃあ忘れてよ、セイン。おれやっぱり弓なんて使えないや」
「はあ? 何がしたいんだ一体……」

 ため息をついて項垂れるセインの横を通り、「おやすみー」と言いながらおれは家に戻った。変質者の姿も気配も感じられないし、ここに居る必要はない。
 余計な事とか言いそうだし、セインの事なんて今すぐここで殺したいんだけど……ミシェルがどう思うか分かんないし殺せないな。
 その事に少しばかり肩を落としつつ、おれの部屋の隣にあるミシェルの部屋に入り、ミシェルの寝顔をじっと眺める。
 これが、ここ暫くの日課なのだ。

「……ふふ。やっぱりミシェルは可愛いなあ」

 世界で一番可愛くて、世界で一番綺麗なおれのミシェル。
 おれの全てはミシェルのもの。だからもっと、きみの為に色んな事がしたいな。ミシェルが喜んでくれると、おれもすっごく幸せな気持ちになれるから。
 ミシェルが喜んでくれるなら、おれ──……いくらでも、きみの周りに男が増えてもいいよ。きみがそれで幸せになれるのなら、いくらでも我慢するから。
 まあ、でも。ミシェルにとっての一番はおれだから、おれ以外の男が一番になるのなら……その男は殺すけど。

「好きだよ、ミシェル。これからもずっとずっと一緒にいさせてね」

 いい夢を。そう心の中で呟きながら、おれはミシェルの部屋を後にした。
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