だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
『はァ。なんでうちはこういうのばっかり…………』
眼帯の男の子はそれを覆い隠すように手を当てて、ため息混じりに項垂れた。
そして。顔を上げたかと思えば決意を帯びた目で僕を見据えて口火を切る。
『うちの馬鹿がここまで無理やり連れて来て悪かったな。コイツは本当に馬鹿なだけで、悪気があったわけじゃねぇんだ』
『む。馬鹿って言う方が馬鹿だってユーキが言ってたぞ』
『お前マジで一旦黙ろうな? ……あー、でだ。これも何かの縁って事で、アンタもここに住まないか? 正直、帝都で子供が一人で生きるなんて不可能だからな。集団での方が何かと便利だぜ』
一理ある。僕もそれには気づいていたから、誰かに寄生しようとしていたんだけど、向こうからの提案ならこちらの方が手っ取り早いか。
この街でなら僕のような子供も怪しまれず、闇の魔力を使う事もそうそうないだろうし……結構いい提案かもしれない。
『……うん。それじゃあ、お世話になります』
その後、彼の家族だと言う人達を紹介され、更に僕は不便だからと名前まで貰ってしまった。
彼等がつけてくれた名前は──サラ。
良くも悪くも警戒心の無い彼等は気軽に僕をサラ、と親しみを込めて呼び、色んな事を教えてくれた。お爺さんが教えてくれなかったような常識的な事から、些細な事まで。
はじめは打算で転がり込んだディオの家だったけど……彼の家で皆と過ごした日々は、空っぽだった僕の空洞を少しずつ埋めてくれた。
楽しいと感じる日々はあっという間に過ぎ去り、早くも一年が経とうとしていた。──そう、お爺さんとの約束の日が刻一刻と近づいていたのだ。
彼等と一年程度しか関わっていない僕なんかが別れを惜しむなんて、おかしな話だと分かっている。それでも、約束の日の前夜は眠れなかった。
ラークとバドールに値切り交渉のコツを教えるって約束、守れなかったな。
ブラッシングはまたしてあげるって言ったのに、ジェジ、ごめんね。
クラリスに勝ち越したままいなくなって、文句言われないかなあ。
ユーキとはあんまり仲良くなれなかったな。残念。
エリニティと、今度いたずら装置を作ろうって話してたっけ。
シャルルギルはこれからもあんな調子なのかな、心配だな。
イリオーデの夢が叶うよう、ずっと祈ってるよ。
ディオ達がつけてくれたこの名前……もう、誰にも呼んでもらえないのかな。
胸がきゅっと苦しくなり、その夜は眠れなかった。
まだ夜も明けぬ頃。闇の魔力を使ってこっそりと起き、僕はメモと借りていた服、そしてあの日にお爺さんから渡された銀貨を置いてディオの家を出た。
急に居なくなったら彼等の事だしきっと心配する。だから、僕が自分の意思でいなくなったのだと伝える為に、『またね』と書き残した。
約束の時間までのんびり街を歩き、あの時お爺さんと別れた場所で待っていると、お爺さんは片手をひらひらとさせながら現れた。
『よぉ、少年。無事に生きていたようで何よりだ。どうだった、この一年は?』
『この一年……』
お爺さんに促され、僕は思い出を振り返った。
『──とても、楽しい……ひ、び……っ』
すると、目が熱くなって視界が歪み始めた。声は震え、頬を何かが伝う。
『だ、った……!』
『そうか。ちゃんとお前さんに人間性が芽生えたんなら、この一年は無駄ではなかったって事だ』
お爺さんは満足そうに笑い、力強い手で僕の頭をぽんぽんと叩いた。そのまま手を肩まで落とし、僕の体を引き寄せて、
『好きなだけ泣け。お前さんは、もう虚ろな人形じゃない──……楽しい記憶も、別れを惜しむ心もある立派な人間だ』
『ぅ、わぁああああああああんっ』
人の往来が激しい通りで僕は思い切り泣いていた。
はじめて感じた温かさや楽しい日々を手放してしまった事への後悔が、涙となって溢れ出る。
そんな僕が落ち着くまで、お爺さんは待ってくれた。目の周りが赤く腫れた僕の手を引き、お爺さんは歩いて行く。
『お爺さん、僕、これからどこに行くの?』
『んー? お前さんが輝ける場所だぜ、少年』
『……少年じゃない。今の僕には、サラって名前があるよ』
『へぇ。いい名前貰ってんじゃねぇか。じゃあお前さんの偽名はそれでいいな』
コードネーム? と首を傾げると、お爺さんはシワシワの顔に似つかわしくない不敵な笑みを浮かべた。
『もうすぐ分かる事さな。まあ、楽しみにしておけ。帝国でも指折りのやり甲斐ってモンを感じさせてやるよ』
この時の僕は知らなかった。
皇帝陛下直属の諜報員集団──……諜報部に所属して、間者として世界中を飛び回る事になるなんて。
そして。仕事で訪れた世界中の色んな国で、僕はいつも空を見上げていた。
「……星空って、いつどこで見ても凄く綺麗だね」
誰かにこの感動を共有したいと思っていたけれど、今までそれが誰かは分からなかった。でも、今なら分かる。
「兄ちゃんも帝都で見てるといいなあ」
白亜の町で星空を見上げ、僕は遠い昔の記憶を反芻していた。
眼帯の男の子はそれを覆い隠すように手を当てて、ため息混じりに項垂れた。
そして。顔を上げたかと思えば決意を帯びた目で僕を見据えて口火を切る。
『うちの馬鹿がここまで無理やり連れて来て悪かったな。コイツは本当に馬鹿なだけで、悪気があったわけじゃねぇんだ』
『む。馬鹿って言う方が馬鹿だってユーキが言ってたぞ』
『お前マジで一旦黙ろうな? ……あー、でだ。これも何かの縁って事で、アンタもここに住まないか? 正直、帝都で子供が一人で生きるなんて不可能だからな。集団での方が何かと便利だぜ』
一理ある。僕もそれには気づいていたから、誰かに寄生しようとしていたんだけど、向こうからの提案ならこちらの方が手っ取り早いか。
この街でなら僕のような子供も怪しまれず、闇の魔力を使う事もそうそうないだろうし……結構いい提案かもしれない。
『……うん。それじゃあ、お世話になります』
その後、彼の家族だと言う人達を紹介され、更に僕は不便だからと名前まで貰ってしまった。
彼等がつけてくれた名前は──サラ。
良くも悪くも警戒心の無い彼等は気軽に僕をサラ、と親しみを込めて呼び、色んな事を教えてくれた。お爺さんが教えてくれなかったような常識的な事から、些細な事まで。
はじめは打算で転がり込んだディオの家だったけど……彼の家で皆と過ごした日々は、空っぽだった僕の空洞を少しずつ埋めてくれた。
楽しいと感じる日々はあっという間に過ぎ去り、早くも一年が経とうとしていた。──そう、お爺さんとの約束の日が刻一刻と近づいていたのだ。
彼等と一年程度しか関わっていない僕なんかが別れを惜しむなんて、おかしな話だと分かっている。それでも、約束の日の前夜は眠れなかった。
ラークとバドールに値切り交渉のコツを教えるって約束、守れなかったな。
ブラッシングはまたしてあげるって言ったのに、ジェジ、ごめんね。
クラリスに勝ち越したままいなくなって、文句言われないかなあ。
ユーキとはあんまり仲良くなれなかったな。残念。
エリニティと、今度いたずら装置を作ろうって話してたっけ。
シャルルギルはこれからもあんな調子なのかな、心配だな。
イリオーデの夢が叶うよう、ずっと祈ってるよ。
ディオ達がつけてくれたこの名前……もう、誰にも呼んでもらえないのかな。
胸がきゅっと苦しくなり、その夜は眠れなかった。
まだ夜も明けぬ頃。闇の魔力を使ってこっそりと起き、僕はメモと借りていた服、そしてあの日にお爺さんから渡された銀貨を置いてディオの家を出た。
急に居なくなったら彼等の事だしきっと心配する。だから、僕が自分の意思でいなくなったのだと伝える為に、『またね』と書き残した。
約束の時間までのんびり街を歩き、あの時お爺さんと別れた場所で待っていると、お爺さんは片手をひらひらとさせながら現れた。
『よぉ、少年。無事に生きていたようで何よりだ。どうだった、この一年は?』
『この一年……』
お爺さんに促され、僕は思い出を振り返った。
『──とても、楽しい……ひ、び……っ』
すると、目が熱くなって視界が歪み始めた。声は震え、頬を何かが伝う。
『だ、った……!』
『そうか。ちゃんとお前さんに人間性が芽生えたんなら、この一年は無駄ではなかったって事だ』
お爺さんは満足そうに笑い、力強い手で僕の頭をぽんぽんと叩いた。そのまま手を肩まで落とし、僕の体を引き寄せて、
『好きなだけ泣け。お前さんは、もう虚ろな人形じゃない──……楽しい記憶も、別れを惜しむ心もある立派な人間だ』
『ぅ、わぁああああああああんっ』
人の往来が激しい通りで僕は思い切り泣いていた。
はじめて感じた温かさや楽しい日々を手放してしまった事への後悔が、涙となって溢れ出る。
そんな僕が落ち着くまで、お爺さんは待ってくれた。目の周りが赤く腫れた僕の手を引き、お爺さんは歩いて行く。
『お爺さん、僕、これからどこに行くの?』
『んー? お前さんが輝ける場所だぜ、少年』
『……少年じゃない。今の僕には、サラって名前があるよ』
『へぇ。いい名前貰ってんじゃねぇか。じゃあお前さんの偽名はそれでいいな』
コードネーム? と首を傾げると、お爺さんはシワシワの顔に似つかわしくない不敵な笑みを浮かべた。
『もうすぐ分かる事さな。まあ、楽しみにしておけ。帝国でも指折りのやり甲斐ってモンを感じさせてやるよ』
この時の僕は知らなかった。
皇帝陛下直属の諜報員集団──……諜報部に所属して、間者として世界中を飛び回る事になるなんて。
そして。仕事で訪れた世界中の色んな国で、僕はいつも空を見上げていた。
「……星空って、いつどこで見ても凄く綺麗だね」
誰かにこの感動を共有したいと思っていたけれど、今までそれが誰かは分からなかった。でも、今なら分かる。
「兄ちゃんも帝都で見てるといいなあ」
白亜の町で星空を見上げ、僕は遠い昔の記憶を反芻していた。