だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

442.ある王子の休日

 国際交流舞踏会の最終日。アミレスが、見た事のないダンスと聞いた事のない歌で素晴らしいパフォーマンスをしていた。
 ドロップ・アウト・スター……だったか。その際のアミレスの輝かしい姿は脳裏に焼き付いている。
 とにかく可愛くて、可愛くて。
 あの時はずっと心臓が早鐘を打ち続けていたな。

「あー……はぁ……」

 寝台(ベッド)の上で虚空を見つめて息を吐く。
 特になんの意味もない無駄な行動だが、やめられない。気がついたらこうなってるんだから仕方無いだろう。
 なんだかもう、寝返りをうつ事すらも面倒になってきた。

 約二週間に及ぶ国際交流舞踏会の期間は、父もこの国に来ていた事から特に気を張っていた。こんな精神状態だと知られては国に強制送還される恐れすらあるからな。
 その反動か……父が帰国してからというものの、毎日体が重くなっていく。何もかもが面倒で、やる気など微塵も起きないのだ。
 着替えすら適当になってしまい、シャツを着てはいるが前は見事に全開になっている。外に出ないからと髪もぐちゃぐちゃなままだし、部屋なんて散らかり放題。
 事実上の人質とはいえ、一応親善大使としてこの国に滞在している身分でこれはどうなのかと思うが……仕事がある日はちゃんとしてるから、そうでない日ぐらいは見逃して欲しい。

「腹減った……気がする……けど面倒だな」

 叶うなら眠ってただ時が過ぎるのを待ちたい。でも、眠るとあの悪夢を見なければならない。
 ほんの数分の仮眠なら悪夢を回避出来るが、ちゃんとした睡眠では悪夢がぴったりと背中に張り付いてくる。
 何度見ても決して見慣れる事などない、オレにとっての絶望そのものと言える悪夢たち。

「……はは。オレは呪われてるんだろうな、きっと」

 アミレスに怖い思いをさせてしまったから。
 悪夢(これ)は、きっとその罰なのだろう。
 ならば受け入れるほかあるまい。そう、小さく息をもらした時。コンコン、と扉を叩く音が聞こえて来た。
 城の侍女か? ……また食事の件だろうか。暫くは自分で用意するから要らないと伝えた筈なんだが。
 もしや、ここ数日ロクに食事を取っていない事がバレた? でも仕方無いだろう、食事をするのも億劫なんだ。
 寝ている体でこのままやり過ごそうか……とため息と共に目を閉じた瞬間、

「マクベスタ王子ー、いらっしゃいますかー?」

 予想外の声が、扉の向こうから聞こえて来た。
 あッ、あああ、アミレス!? なんでッ、ここにっ?!
 倦怠感など無視して飛び起き、オレは慌てて鏡の前に向かった。鏡に映るオレは見事に不健康な顔だった。
 今から化粧をする暇なんてない。とりあえずこの目元だけでも隠せるよう眼鏡をかけよう。本を読む時に使っている丸眼鏡があるからそれをかけて……部屋が散らかり放題だが片付けてる暇もない。
 とりあえずシャツのボタンをある程度掛けて、急いで扉まで向かう。扉の前で深呼吸をして、オレはオレという役柄を演じる。

「……──急に来たから驚いたよ、アミレス。一休みしていて、こんな格好ですまないな」

 扉を開けると、そこにはアミレスが珍しく一人で立っていた。セツを連れているので正確には一人きりという訳ではないのだが。

「中から凄いドタバタ聞こえたけど……ごめんなさい、急かしちゃったかしら? 新年会の時ちょっと顔色が悪かったし、その後暫く東宮にも来ないから心配で。体調不良なのかな、ってお見舞いに来たの」
「お見舞い……気にかけてくれてありがとう、アミレス。心配をかけて悪かった。この通り、一応無事ではあるよ」
「そう? ならいいんだけど…………」

 アミレスの大きな瞳が、じっとオレの顔を捉えている。
 もしかしてこの死人のような隈に気づかれた? どうやって誤魔化そうか……。

「マクベスタ、なんだかいつもと雰囲気違うね」

 ぎくっ。

「髪がいつもよりふわふわしてて、眼鏡もかけてるからかな? 服装もかなりラフだし……いつもと違ったかっこよさがある!」

 隈に気づかれずホッと胸を撫で下ろすと同時に、吊り上がりそうな口角を必死に抑えていた。
 かっこいいって……! アミレスが、オレをかっこいいって……!!

「ふ、ありがとう。お前のお眼鏡にかなったようで光栄だ」
「何その言い方。私、貴方の事はいつだってかっこいいって思ってるんだけど?」
「……そうか。これは嬉しい事を聞いたものだな」

 好きな女性に面と向かってかっこいいなどと何度も言われ、喜ばない男などこの世に存在しないだろう。
 現にオレは今とても嬉しい。口元がゆらゆらと歪んでしまいそうなぐらいだ。

「話は戻るんだけど、お見舞い用に──こちら! 栄養バランスがちゃんとしてるお弁当を作ってきました!」

 可愛い……と口をついて出そうになった言葉を必死に喉元に押し戻す。
 自信満々にバスケットを胸元まで掲げる姿は、投げたおもちゃを取ってきた犬のようでとても愛らしいものだった。
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