だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

447.天を睨む

「想像以上に難しそうだな、“ぬい”制作とは」
「デザイン、型紙、布、綿、糸……必要な物が多い上に相当な技術を求められる。あと一ヶ月もないのに、主君の誕生日までに“ぬい”を作れるかなぁ」

 はぁ。と二人してため息を吐き出す。
 久々の大雨で月明かりが妨げられいっそう暗く染まった夜。ぬい作りの為に勉強会をしていたイリオーデとアルベルトは、並んで廊下を歩いていた。
 その手にはぬいぐるみ制作に関する書籍と、自分自身のぬいのデザインが。
 イリオーデはまさに可もなく不可もなく、ごく一般的な画力であった。だがしかし、ここで問題が発生した。──そう。アルベルトの絵が少々独創的であったのだ。

 二人が試しにぬいのデザインをしてみたところ、そのなんとも言えない独創的なタッチにイリオーデが言葉を詰まらせた程。
 芸術的な観点で見れば上手い事には上手いのだが、いかんせん世界観が独特なのである。
 これにはさしものイリオーデもどう反応したものかと迷い、熟考の末スルーする事に決めた。どう反応すればいいか最後まで答えを見つけ出せなかったようだ。

 暗い廊下を歩きながら、ぬい作り勉強会の続きを明日の夜にでもしようと話し合う二人の前に、見知らぬ影が現れた。
 ほの暗い闇の中でもはっきり見える白いシルエット。ゆらゆらと揺れるその輪郭は、まるで動物のようであった。

「なんだろう、あれ。セツ……ではないよね」
「セツにしては些か背が高いからな」

 それを視認した二人は警戒態勢を取りながら立ち止まる。
 この東宮(・・・・)に見知らぬ何者かが侵入した。
 それは、東宮に住まう者達にとっては想像し難い緊急事態。以前東宮に侵入者が現れたと聞いて、アミレスの安全の為にとシルフが我先に結界を張り、それに続くようにシュヴァルツやナトラもこぞって結界を張ったものだから、この宮殿のセキュリティは帝国屈指のもの。

 特に、シルフの展開した結界の効果は凄まじかった。この宮殿の主──すなわちアミレスにとって害となる存在が許可無く出入りする事は不可能。それがシルフの結界であり、東宮内外の警備が薄くても問題が無い一番の理由である。
 他にも、シュヴァルツが展開した許可無き者による魔法攻撃・魔導具での干渉を無効化する結界(※カイルはハッキング済)や、ナトラが展開した全ての攻撃を術者・使用者に倍返しにする結界など。

 東宮はこれでもかと言う程に安全が保証されている。
 アミレスが心から休める場所を一つだけでも用意してあげたい──……彼等のそんな思いから、世界一安全な場所は誕生した。

《──■■─■!》

 なのに。そこには、未知の存在がいた。

「っ、なんだあいつ……」
「何にせよ、侵入者である事に変わりはない。一体どうやって東宮に侵入したのか、きちんと吐かせないとならんな」

 警戒しつつ武器に手をかけた二人に気付いたのか、白いシルエットがくるりと動く。
 その瞬間、機を見計らったかのように雷が落ちた。

「「──っ!?」」

 二人は見てしまった。
 見慣れた異国の装束とも違う何か(・・)を身に纏う、獣の耳と尾を持つ紅顔の美少年を。

《■■、─────》

 少年は梅の花のような目を丸くして、藤色に彩られた唇を小さく動かした。
 イリオーデとアルベルトが驚いたほんの瞬きの間の事。少年はコロン、と特徴的な足音を響かせて間合いを詰めた。
 その手には古びた短剣が握られており、それは今にもアルベルトの腹を貫こうとしている。

「ッさせるか!!」
《■■!?》

 しかし、すんでのところでナトラが割って入り、古びた短剣を殴って破壊する。
 一連の流れは、およそ人間では追いつけない領域の戦いであった。あまりにも動きが早すぎて、戦闘に慣れているアルベルトとイリオーデですら反応出来なかったのだ。
 この場にナトラが駆けつけなければ、今頃アルベルトは攻撃を受けていた事だろう。

「妙な気配を感じたから飛んできてみれば……なんじゃ、お前。これ程の呪詛を一体どうやって剣に宿した」

 先程剣を殴ったナトラの拳が、壊死したかのように黒く変色していく。それは、少年の持つ剣に込められていた力そのものによる、汚染(・・)だった。

《……大丈夫だよ。後でそれは治してあげるから、一旦私の自由にさせておくれ》
「何故、我がお前のような侵入者の話を聞いてやらねばならんのじゃ」
《話を聞いてくれないと私の力で死ぬよ、君達》
「──チッ」

 苦虫を噛み潰したような表情で舌打ちをするナトラに、イリオーデ達の怪訝な視線が集まる。
 それもその筈。彼等には少年の言葉が全く聞こえないのだ。何か喋っている事は分かるものの、それは粗末な耳鳴りにしか聞こえない。

(ナトラちゃん……まるで、この侵入者と会話しているみたいだ)
(この現象は、確か──……カイル王子の時と、同じだ)

 何かに気付いたイリオーデがハッと息を呑んだ瞬間。彼等二人の腹部にも短剣が突き刺さった。
 だが不思議と痛みは感じない。ナトラの拳と同じように、短剣に触れた部分が汚染されていくだけだった。

(しまった……!?)
(いつの、間に──)

 目にも止まらぬ早さで痛みもなく突き刺された短剣。それに彼等は吃驚仰天した。
 二人が不気味な少年への警戒を強めるなか、当の少年は平然と語り出す。

《ルティ、イリオーデ、ナトラ、頼みがあるんだ》
「……どうして侵入者が我等の名を知っておるんじゃ?」
《そんなの今はどうでもいい。私だって悠長に喋る暇があるものならもっと有意義な事に時間を割いていたさ。だけど今は、そんな余裕が無い。だから君達を探していたんだ》
「何が目的じゃ。そもそもお前は何者だ」
《正体は答えられない。口にした瞬間に、この世界から弾き出されるだろうからな。目的は……今から伝える事がそれに該当する》

 そして、その顔には似つかわしくないドスの効いた低い声で、少年は言い放った。

《頼む。この世界の神々を────殺してくれ》

 鳴り響く天の鉄槌と地面を穿つ水の弾丸は、彼等の驚愕を表す調べのようで。
 目を剥き出しにして固まり、思考を追いつかせようと努力する。誰よりも早くその言葉の意味を理解したのは、ナトラであった。

「……あの若造共を殺せと、お前は本気でそのような事を宣っておるのか」
《ああそうだ。神々の悪ふざけで何十億もの命が弄ばれている。そんな状況を私は見過ごせなくてね》
「だから我等に神を殺せと? 神は【世界樹】に生み出された存在。そう簡単には殺せぬ事、まさか分かっておらぬとは言うまいな」
《簡単には殺せずとも、死ぬまで殺し続ければどんな存在だって殺せる。信じる事が神の存在そのものとなるのなら、否定すれば神をも殺せる筈だ。とにかくどんな手段を使ってくれても構わない……神々さえ殺してくれれば、それでいいんだ》

 少年はとにかく殺せとだけ繰り返すものだから、ナトラは不信感を募らせていく。

「なら聞くが、お前がそこまで神を殺したがる理由はなんじゃ。我等に神殺しを強要しておるのじゃぞ、命懸けの蛮勇に見合った理由だろうな」
(──このようなふざけた話、一笑に付すべきとは分かっておる。じゃが、我もイリオーデ達もこの者の呪詛を受けた以上、下手に逆らうのは得策とは言えまい。とにかく従順なフリをして呪詛を解かせ、その後こやつの話を信じるか否かについて話し合うべきか)

 かつてない緊張感に、ナトラは真剣な面持ちで頬に冷や汗を浮かべていた。殺気渦巻く鋭い瞳は、常に少年を睨んでいる。

《……神々を殺せば、あの子を────アミレス・ヘル・フォーロイトを悲劇から解放出来るんだ。狂わされた運命と定められた運命を破壊する方法は、元凶の神々を殺すしかない。どうか、理解してくれ》

 少年は迷いに瞳を揺らし、意を決したように口を開いた。その時に口にした言葉は、当然彼等の琴線に触れてしまう。

(王女殿下の悲劇…………)
(運命の破壊……それで主君が救われる──?)

 まるで、こうすればこの三名を突き動かせると分かっていたかのように。

「ッそれは! それは、本当なのか!? 神を殺せば……アミレスは、もう辛い思いをせんで済むのか……!?」

 ナトラに胸ぐらを掴まれても、少年は顔色一つ変えない。淡々と、いっそ切実さすら感じる声音で彼は更に続けた。

《少なくとも、神々による様々な妨害はなくなるだろうから。あの子にとっての良い兆しになるだろうね》
「そう、なのか……ならば、我は…………」

 殺気と狂気を孕み、その黄金の瞳は爛々と輝く。
 アミレスの為に何かしたい──。そんな、純血の竜種が抱く一万年分の純粋な愛情が、ナトラの理性を侵食していった。

(我は、ずっとずっとアミレスと一緒にいたい。毎日おはようと言って、毎日おやすみと言いたい。そして何より、あやつの願いを叶えてやりたい。この望みの為であれば──我はなんだって出来る)

 本来、竜種は理性を放棄したその瞬間に死の運命が決定する。
 しかしナトラは、失われた理性を得体の知れない欲望(・・)で補った。これまでの生では滅多に感じた事の無い高揚と、強い使命感。それらはまさしくナトラの中に芽生えた欲望であった。

「分かった。我等が必ず神を殺す。そして……アミレスを、運命から救うのじゃ」

 ナトラがそう言い放つと、少年は安心したのか胸を撫で下ろして、

《それじゃあ私はこれで。あの子の事、よろしくね》

 小さく微笑んだ。その後、少年は瞬く間に姿を消してしまった。
 すると不思議な事に少年の力による汚染は消え去っており、イリオーデとアルベルトの腹部に刺さっていた短剣も始めから無かったかのように消えている。
 まるで夢でも見ていたのかと錯覚するような事態。
 彼等はこれについて暫く話し合い、翌日にシルフやシュヴァルツも混じえてもう一度話し合う事に決めて、この夜は別れた。
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