だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

449.バースデーパーティー

 今日は私の誕生日前日。

 分かってはいたものの、案の定皇帝は私の十五歳の誕生パーティーを行わないと言った。
 それに対する批判の声も各所で上がったそうだが、亡き皇后陛下の弔いの為と言われてしまえば、押し黙るしかなかったらしい。

 元より期待などしてなかった。私が嫌いで、パーティーも嫌いなあの皇帝が私のパーティーを開いてくれる筈がない。
 寧ろのんびり過ごせていいじゃない。フリードルの誕生パーティーの時なんて、本当に目が回る程忙しかったみたいだし……そう考えれば、時間に追われずに誕生日を迎えられるのはとてもラッキーな事だ。

 ──と、国際交流舞踏会関連の後処理(おしごと)をしつつ日々を優雅に過ごしていたのだが……誕生日前日の朝。つまり今、私はシルフによって視界を奪われていた。
 正確にはシルフに付けられた目隠しで視界が暗転しているのだが、正直状況が掴めない。
 イリオーデとかが何も言わない辺り、多分これは私以外の全員が把握している事なのだろう。

 それにしても本当に何も見えない。
 移動するとか、先行しろとか、馬車がどうのとか、皆の声が聞こえるものの、それがなんの事なのかは分からない。
 よく分からないけど、どうやら私はどこかに移送されるらしい。
 誰かに抱えられ、何かに乗る。音と振動からして馬車に乗っているのだろう。そのまま馬車は何度か角を曲がり、橋を渡り、なだらかな坂を下った。
 うーむ。目的地は西部地区かしら。でもなんで急に、こんな拉致みたいな手段で私を西部地区に?

「ねぇ。多分私の事抱えてるのってシルフだと思うんだけど、何で西部地区に向かってるの?」

 シルフの声が近くに聞こえたのと、心安らぐこの香り。これはシルフで間違いないだろう。

「えっ、なんで目的地が分かったの? 目隠しはちゃんと機能してる筈なのに……」
「だってこの道、馬車で西部地区に行く時いつも通ってるもん。御者台にいるのはルティでしょう? 彼、角を曲がる時にちょっと大回りするし」
「……アミィの記憶力の事舐めてたな。まさかそんな事まで覚えてるなんて」

 シルフの焦るような声に気を取られていると、今度は感心するような声が聞こえてきて。

「おぉ、流石はアミレスじゃな。視界を奪われていてもなお気づくとは」
「……いや普通におかしいでしょ。だってその布、精霊と穀潰しが色々小細工したんだろ、なんで音と記憶だけで分かるんだ……?」

 ナトラとクロノもどうやら馬車に乗ってるらしい。とりあえずクロノの引き気味な言葉には遺憾の意を表明したい。

「バレちゃったならしょうがないね。そうだよ、ボク達は今西部地区に向かってる。流石のアミィでも、その理由までは分かんないでしょ?」
「うーん……最近皆がこぞって私を仲間外れにして、コソコソとやってた何かじゃないの?」
「えッ」

 ふふんと鼻を鳴らしているのにたいへん申し訳ないが……何かしらを皆が企んでいて、今日がその実行日なんだろうな。ぐらいは誰だってすぐに予想がつく。
 まあ、流石に事の仔細までは分からないけどね。

「本当に何から何までバレてるじゃん……くそぅ……驚かせたかったのに……」

 暗闇の向こうから、シルフの情けない呟きが聞こえてくる。

「使えん奴等じゃのう。アミレスに筒抜けではないか」
「そもそもどうして僕がこんな面倒な事を……」
「兄上とて一度は賛成したのじゃから、責任持って最後まで役目を全うすべきじゃ」
「ナトラ……いつの間にこんなにオトナになって……お兄ちゃんは嬉しいような、寂しいような」
「むふふ! 我は立派なオトナじゃからの!」

 竜の兄妹による実に微笑ましいやり取りが繰り広げられているようで、それを直視したらしいシルフの「なんなのこの竜種達」という呟きが私の元まで落ちてきた。
 その言葉には怒りとかではなく、呆れや困惑といったものが込められているように感じる。

 そこでふと、馬車は止まった。
 それと同時に私の視界は解放される。シルフが目隠しを取ると、そこはまだ馬車の中。しかし、馬車はこれでもかと言う程に外が見えないようになっていて、かなり暗い。
 だからか、目が慣れるのに時間はかからなかった。
 何が起きようとしているのかと不安になってきた頃。ノックの音と共に馬車の扉が開かれる。

「お待たせ致しました、王女殿下。お手をどうぞ」

 開かれた扉からイリオーデが手を差し伸べてくる。何が何だか分からないままに、とりあえずエスコートを受けつつ馬車を出た──その時。
 そこには、思いもよらぬ景色が広がっていた。

「おっ、やっとこさ本日の主役様のご登場か」
「待ちくたびれましたよー、姫さぁーん」

 カイルと師匠がこちらに気づき、ひらひらと手を振る。
 それと同時に目に入ったものに私は言葉を失った。

「王女殿下ー!」
「お誕生日おめでとうございます! 一日早いけど!!」
「おめでとーっ、おうじょさまー!」
「お姫様ももう十五歳か……」

 西部地区の中心。住人達の希望からそこに作った噴水もある大きい公園に、西部地区じゅうの人達がいた。それだけじゃない。いつもは広々としているこの公園で──……立食パーティーかのような料理の数々が、美しく配置されたテーブルの上に並べられている。
 これは、一体何事なんだろうか。

「びっくりした? アミィの誕生日を祝いたくて、皆で一緒に準備したんだよ」
「……うん。びっくりした……けど、私は、こんな風に祝ってもらっていい、存在じゃ……」

 私は祝う側だ。祝福し、安全と幸福を祈る側。それが私の役割であり、人々に幸福を届けるべく私は粛々と誕生日を終えなくてはならない。
 子供のように喜んだり、喜楽を享受してはならない。こんな人間の成り損ないで最低最悪な私が、皆に祝ってもらってはいけない。
 そう、分かっているのに。
 どうしようもなく嬉しい。私も一人前の人間になれたようで……凄くすごく嬉しいのだ。

「そんな事ないよ、だって君はボクの愛した子供だ。そんな君は、この世の誰よりも祝福され、愛されなければならない。それがこのボクに愛されるって事だからね」
「……ふふっ、なにそれ。シルフったら何者なの?」
「ボクは──とっても優しくて綺麗な、アミィの一番の友達だよ」

 私の顔を覗き込み、シルフは星空の瞳を綻ばせた。
 ちょっぴり我儘で過保護だけど、本当に優しくて綺麗な……ずっと、私達の傍にいてくれた一番の友達。もしも、シルフが言うように『私』が誰かに愛されてもいいのなら。
 いつかの日にプレイして、知らなかった感情(もの)を教えてくれたあのゲームのように──『私』も、誰かを愛する事が出来るのかな。
 人並みの幸福や愛情を享受しても、許されるのかな。

「……──ありがとう、シルフ。本当に、すっごく嬉しい!」

 そう精一杯の笑顔で伝えると、シルフは慈愛に満ちた眼差しで微笑み、頭を撫でてくれた。いつもは私が皆の頭を撫でてる側だからか、こうして撫でられるのは少し照れ臭い。

「お誕生日おめでとうございます、アミレス様! 今日はこの街全体がアミレス様の為のパーティー会場ですよ!」
「この街全体……って、どういう事?」

 メイシアは相も変わらず可愛いらしく笑う。
 しかし私には、彼女の言葉の意味がいまいち分からなかった。

「本当は城で開かれるべきなんだろうが……まあ難しそうだから、代わりに西部地区(この街)で殿下の誕生パーティーを開くって話になったんだよ」
「ディオ! それ、本当なの?」
「おうよ。思いもよらぬ出資者がいたもんで、潤沢な予算を贅沢に使い街全体をパーティー会場にしてやったぜ。勿論、西部地区の人間総掛かりでな」
「……なんかごめんね、迷惑かけたみたいで」

 街の人達が集まってる理由を知り、なんだか申し訳ない気持ちになる。
 私の誕生日なんかの為に皆の大事な一日を奪う事になってしまった。それについて謝罪したところ、音も無く近寄ってきたユーキが軽く肩を叩いて、

「謝るぐらいなら……わざわざこの会場を用意してやった僕達に感謝して、ちゃんと楽しんでいってよ。僕達の努力を無駄にしないで」

 辛辣ではあるものの、そんなの気にするなと言ってくれた。
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