だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
455.誰が為の殺神計画2
そして早速、エンヴィーは己の目を疑う事になった。
実力を測る目的で試しに小さな木剣を持たせて、適当に振ってくれと告げた。アミレスは大人しく言う通りにしたものの、それを見た途端彼は溢れかえる違和感に襲われたのだ。
(……──なんだ、これ。有り得ない、マジでどーなってんだよこれ……っ!? 筋力も体力も体幹も何一つとして追いついてないのに────なんで、こんなにも剣筋が綺麗なんだ?)
それはまるで、長年研鑽を積んだ剣士による一薙のよう。
だが目前の少女には研鑽の跡など何一つとして残っていない。それどころか今日初めて木剣を握ったかのように、木剣を見ては目を輝かせていた程だ。
ならば、何故。
この少女は当たり前のように剣を構え、美しい剣筋を描けたのか。
エンヴィーの頭の中でそれらの疑問がぐるぐると渦巻き、潮を作る。雑念の数々がそれに飲み込まれ、かえって彼の頭の中はスッキリとしていた。
(……くそ。めんどくせーと思ってたけど、ちょっとは面白くなって来たじゃん)
肩で息をしながらも一生懸命に剣を振る少女の瞳は、確かにエンヴィーの好む戦士のそれではなかった。だけど、ここで彼はふと思ったのだ。
(一度ぐらい、俺自身の手で最っ高の剣士を作り上げてもいいかもな。かったるいが、退屈凌ぎにはなるだろーし)
気味悪さすら感じるその剣筋を信じて、少しだけ付き合ってやるかと。
もう一度だけ、人間を信じてみるかと。
「…………どう、ですか? 私の剣は……」
「ん? 色々と全ッ然駄目なんで、まずは基礎体力をつけていきましょうか。話はそれからです」
「っはい!!」
この時のエンヴィーは知らない。
ひたむきに努力するアミレスに絆され、いつしか自身もまた本気で特訓に取り組む事になるなんて。
ぶっきらぼうな師匠と、変わり者の弟子。
のちに最高の師弟となるふたりは、こうして出会ったのだ。
♢♢♢♢
「……──って感じで、姫さんの構えが変だったんでそれ矯正するのに苦労したんですよ。仮にシルフさん経由で神との繋がりが出来たのなら、姫さんに異変が起きるのがいくらなんでも早すぎるって思いまして」
「だからボクは無関係で、未知の神の力とアミィの知識や技術の由来が同じだと?」
「はい。その根源が何かはまだ分かんねーけど、あの未知の神の力を見てからそんな気がしてならなくて」
過去を振り返り、エンヴィーは掻い摘んで説明した。
可能ならあまり思い出したくない、割と最悪な出会いの日の事。しかしそれが今役に立とうとしているのだから、黒歴史だと記憶から抹消せずにいた甲斐があったと、エンヴィーは思い込むようにしたらしい。
「……未知の神の力に、居合切りか。エンヴィー、精霊界に帰ったら居合切りについてフィンに確認しておけ。もしフィンですら知らなかったなら──多分、仮説をより詰められると思うから」
「フィンさんに……分かりました、そのように。でも、仮説って?」
フィンは精霊の中で誰よりも人間界に詳しい。
何故なら彼は、誕生してから一万年近い時を生き続け、ずっと人間界を管理しているから。
時の最上位精霊ケイと共に、たった一体の精霊王の為に死の運命を拒否しては、世代交代もせずにずっと最上位精霊として在り続けている。
その為、人間界の事にも誰よりも詳しくなったのだ。
エンヴィーもそれはよく知っている。だからシルフの意図は分かったものの、彼の語る仮説という言葉はいまいちピンと来なかったらしい。
「もし、フィンが知らなかったら。居合切りとやらはアミィが考案した剣術である事は確かだろう。なのに、カイルは抜刀・居合切りを知っているようだった。──なんなら、カイルの方が先に抜刀という言葉を口にしていたからね」
「確かに……言われてみればそうだったような」
「つまりアミィが考案した訳ではなく、カイルが元々抜刀・居合切りという概念を知っていたんだ。逆も然りで、アミィもまたそれを知っていたんだろう」
その上で考えて欲しい。と、シルフは神妙な面持ちで続ける。
「アミィはあの刀剣なんて珍妙な剣を見て、それが何か疑うというよりも、それがここにある事に驚いていたようだった。その反応から鑑みるに、アミィは最初からあの剣が何かを理解していたと思われる」
「はじめから、あの剣の事を知ってた──……俺達ですらいまいち使い方が分からなかったのに、図面の製作者のカイルはともかく、姫さんはなんの説明もなく平然と使いこなしてましたし……元から知ってたのなら、辻褄は合いますね」
エンヴィーは顎に手を当て、記憶を振り返る。
それを横目にシルフは続けた。
「思い返せば、こんな事がこれまで何度もあった。ボク達は知らないけど、アミィとカイルだけは知っている言葉がいくつもあった。知っていて当然とでも言いたげに説明無しで色んな道具を使い、わざわざ話さずとも不可思議な言葉の意味を理解し合っている……そんな事が、アミィとカイルの間では度々あった」
数え切れないぐらい、アミレスとカイルは彼等の知らない言葉を口にしていた。
共通語で。日本語で。
彼等にも認識出来る言語で、彼等には理解出来ない言葉を何度も口にしていたのだ。稀に世界から弾かれる事もあったが、大抵の言葉は問題無く口に出来てしまった。
──アミレス達は、この世界に無いものを喋り過ぎたのだ。
それが今こうして、シルフ達の推理を手助けする事になるとは、彼女等とて予想だに出来なかっただろう。
「世界からの干渉を受け、二人共違った形で神との繋がりを持つ。これがどういう事を示すのか、あの日──……アミィ達が世界に干渉されてる事を知った日から、色々と調べてボクなりに考察していたんだ」
「……俺等に仕事押し付けて何してんだとは思ってましたけど、そんな事してたんですか」
「話の腰を折るなよ」
いつもいつも仕事を押し付けられていたが、まさかそんな理由だとは。と、エンヴィーは苦笑する。
「カイルの持つ管轄外の異常な魔力炉は神々の仕業だろうけど……それを過不足なく使いこなし、最適化するあの魔導具はどう考えてもこの世界の異物だ。何かとボク達の知らない言葉やら術式が使われているようだしね」
「そう考えると姫さんの作った魔法とかも大概関係ありそうですよね。俺達の知らない理論で作られてましたし」
全反射とか、変な形式の結界とか。
エンヴィーは記憶を探りながら呟いた。
「アミィは水中での光の反射だとか屈折がどうとか言ってたけれど……そんなの今まで一度も聞いた事ないんだよな、ボク達は」
「ですよねぇ。何で今まで疑問に思わなかったのやら……改めて思い返せばおかしな所なんていくらでもあんのによ」
「──無意識のうちに、目を逸らしていたんだろう。その違和感に目を向けてしまえば、こうしてあの子を異物と認めざるを得なくなってしまうから」
長い睫毛が、シルフの玉の肌に影を落とす。
そよ風に揺れたオーロラを彷彿とさせる髪が、更にその影を濃くしていた。まるで、シルフ自身の心情を表すかのように……。
「…………はぁ。姫さん達に何かしら神との繋がりがあって、それが俺達には理解出来ない未知の神の力だとすると……」
星が空を泳ぐように考えを巡らせ、二体は奇しくも同じ答えに行き着いた。
「──ボク達の知らない世界が在る」
「──俺達の知らない世界が在る」
不安を帯びた声が重なる。
彼等の視線の先には、シュヴァルツによる謎の石像の解説を苦笑いで聞くアミレスの姿があった。
「……としか思えませんよね。そんで、その世界の神が姫さんに唾つけてたって事か? だから姫さんが聖剣に知らない言葉を名付けた瞬間、その世界の神がこちらに介入してきた……とか」
「今まで考えもしなかったけど、その線が濃厚だろうな」
浮上したのは突拍子のない一説。
だが、これがシルフ達が導き出した仮説なのだ。
実力を測る目的で試しに小さな木剣を持たせて、適当に振ってくれと告げた。アミレスは大人しく言う通りにしたものの、それを見た途端彼は溢れかえる違和感に襲われたのだ。
(……──なんだ、これ。有り得ない、マジでどーなってんだよこれ……っ!? 筋力も体力も体幹も何一つとして追いついてないのに────なんで、こんなにも剣筋が綺麗なんだ?)
それはまるで、長年研鑽を積んだ剣士による一薙のよう。
だが目前の少女には研鑽の跡など何一つとして残っていない。それどころか今日初めて木剣を握ったかのように、木剣を見ては目を輝かせていた程だ。
ならば、何故。
この少女は当たり前のように剣を構え、美しい剣筋を描けたのか。
エンヴィーの頭の中でそれらの疑問がぐるぐると渦巻き、潮を作る。雑念の数々がそれに飲み込まれ、かえって彼の頭の中はスッキリとしていた。
(……くそ。めんどくせーと思ってたけど、ちょっとは面白くなって来たじゃん)
肩で息をしながらも一生懸命に剣を振る少女の瞳は、確かにエンヴィーの好む戦士のそれではなかった。だけど、ここで彼はふと思ったのだ。
(一度ぐらい、俺自身の手で最っ高の剣士を作り上げてもいいかもな。かったるいが、退屈凌ぎにはなるだろーし)
気味悪さすら感じるその剣筋を信じて、少しだけ付き合ってやるかと。
もう一度だけ、人間を信じてみるかと。
「…………どう、ですか? 私の剣は……」
「ん? 色々と全ッ然駄目なんで、まずは基礎体力をつけていきましょうか。話はそれからです」
「っはい!!」
この時のエンヴィーは知らない。
ひたむきに努力するアミレスに絆され、いつしか自身もまた本気で特訓に取り組む事になるなんて。
ぶっきらぼうな師匠と、変わり者の弟子。
のちに最高の師弟となるふたりは、こうして出会ったのだ。
♢♢♢♢
「……──って感じで、姫さんの構えが変だったんでそれ矯正するのに苦労したんですよ。仮にシルフさん経由で神との繋がりが出来たのなら、姫さんに異変が起きるのがいくらなんでも早すぎるって思いまして」
「だからボクは無関係で、未知の神の力とアミィの知識や技術の由来が同じだと?」
「はい。その根源が何かはまだ分かんねーけど、あの未知の神の力を見てからそんな気がしてならなくて」
過去を振り返り、エンヴィーは掻い摘んで説明した。
可能ならあまり思い出したくない、割と最悪な出会いの日の事。しかしそれが今役に立とうとしているのだから、黒歴史だと記憶から抹消せずにいた甲斐があったと、エンヴィーは思い込むようにしたらしい。
「……未知の神の力に、居合切りか。エンヴィー、精霊界に帰ったら居合切りについてフィンに確認しておけ。もしフィンですら知らなかったなら──多分、仮説をより詰められると思うから」
「フィンさんに……分かりました、そのように。でも、仮説って?」
フィンは精霊の中で誰よりも人間界に詳しい。
何故なら彼は、誕生してから一万年近い時を生き続け、ずっと人間界を管理しているから。
時の最上位精霊ケイと共に、たった一体の精霊王の為に死の運命を拒否しては、世代交代もせずにずっと最上位精霊として在り続けている。
その為、人間界の事にも誰よりも詳しくなったのだ。
エンヴィーもそれはよく知っている。だからシルフの意図は分かったものの、彼の語る仮説という言葉はいまいちピンと来なかったらしい。
「もし、フィンが知らなかったら。居合切りとやらはアミィが考案した剣術である事は確かだろう。なのに、カイルは抜刀・居合切りを知っているようだった。──なんなら、カイルの方が先に抜刀という言葉を口にしていたからね」
「確かに……言われてみればそうだったような」
「つまりアミィが考案した訳ではなく、カイルが元々抜刀・居合切りという概念を知っていたんだ。逆も然りで、アミィもまたそれを知っていたんだろう」
その上で考えて欲しい。と、シルフは神妙な面持ちで続ける。
「アミィはあの刀剣なんて珍妙な剣を見て、それが何か疑うというよりも、それがここにある事に驚いていたようだった。その反応から鑑みるに、アミィは最初からあの剣が何かを理解していたと思われる」
「はじめから、あの剣の事を知ってた──……俺達ですらいまいち使い方が分からなかったのに、図面の製作者のカイルはともかく、姫さんはなんの説明もなく平然と使いこなしてましたし……元から知ってたのなら、辻褄は合いますね」
エンヴィーは顎に手を当て、記憶を振り返る。
それを横目にシルフは続けた。
「思い返せば、こんな事がこれまで何度もあった。ボク達は知らないけど、アミィとカイルだけは知っている言葉がいくつもあった。知っていて当然とでも言いたげに説明無しで色んな道具を使い、わざわざ話さずとも不可思議な言葉の意味を理解し合っている……そんな事が、アミィとカイルの間では度々あった」
数え切れないぐらい、アミレスとカイルは彼等の知らない言葉を口にしていた。
共通語で。日本語で。
彼等にも認識出来る言語で、彼等には理解出来ない言葉を何度も口にしていたのだ。稀に世界から弾かれる事もあったが、大抵の言葉は問題無く口に出来てしまった。
──アミレス達は、この世界に無いものを喋り過ぎたのだ。
それが今こうして、シルフ達の推理を手助けする事になるとは、彼女等とて予想だに出来なかっただろう。
「世界からの干渉を受け、二人共違った形で神との繋がりを持つ。これがどういう事を示すのか、あの日──……アミィ達が世界に干渉されてる事を知った日から、色々と調べてボクなりに考察していたんだ」
「……俺等に仕事押し付けて何してんだとは思ってましたけど、そんな事してたんですか」
「話の腰を折るなよ」
いつもいつも仕事を押し付けられていたが、まさかそんな理由だとは。と、エンヴィーは苦笑する。
「カイルの持つ管轄外の異常な魔力炉は神々の仕業だろうけど……それを過不足なく使いこなし、最適化するあの魔導具はどう考えてもこの世界の異物だ。何かとボク達の知らない言葉やら術式が使われているようだしね」
「そう考えると姫さんの作った魔法とかも大概関係ありそうですよね。俺達の知らない理論で作られてましたし」
全反射とか、変な形式の結界とか。
エンヴィーは記憶を探りながら呟いた。
「アミィは水中での光の反射だとか屈折がどうとか言ってたけれど……そんなの今まで一度も聞いた事ないんだよな、ボク達は」
「ですよねぇ。何で今まで疑問に思わなかったのやら……改めて思い返せばおかしな所なんていくらでもあんのによ」
「──無意識のうちに、目を逸らしていたんだろう。その違和感に目を向けてしまえば、こうしてあの子を異物と認めざるを得なくなってしまうから」
長い睫毛が、シルフの玉の肌に影を落とす。
そよ風に揺れたオーロラを彷彿とさせる髪が、更にその影を濃くしていた。まるで、シルフ自身の心情を表すかのように……。
「…………はぁ。姫さん達に何かしら神との繋がりがあって、それが俺達には理解出来ない未知の神の力だとすると……」
星が空を泳ぐように考えを巡らせ、二体は奇しくも同じ答えに行き着いた。
「──ボク達の知らない世界が在る」
「──俺達の知らない世界が在る」
不安を帯びた声が重なる。
彼等の視線の先には、シュヴァルツによる謎の石像の解説を苦笑いで聞くアミレスの姿があった。
「……としか思えませんよね。そんで、その世界の神が姫さんに唾つけてたって事か? だから姫さんが聖剣に知らない言葉を名付けた瞬間、その世界の神がこちらに介入してきた……とか」
「今まで考えもしなかったけど、その線が濃厚だろうな」
浮上したのは突拍子のない一説。
だが、これがシルフ達が導き出した仮説なのだ。