だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

456.誰が為の殺神計画3

「もしかしたら、アマテラスって言葉は姫さん達しか知らない世界の神に関係があるんじゃないですか? 元々唾をつけていた姫さんが名付けた事により、姫さんを媒介にして神性が宿った説を推しますよ、俺は」
「……もう大前提として、アミィにはボク達の知らない世界の知識があると思った方が良さそうだな。次から次へと疑惑が増えていくし、あれこれ全部考えていたらキリがなさそうだ」
「それもそうですね。その前提で話を進めましょう」

 アミレスに贈られた刀剣(トーケン)、打刀・アマテラスを鑑定して把握した情報を踏まえ、エンヴィーは自身の意見を口にした。
 それにはシルフも考えさせられたらしい。
 指の背を下唇に当て、シルフもその可能性を考慮し、大袈裟にため息を零した。

「ボク達の知らない世界、か……無いとも言いきれないのが辛いところだな」
「人間界、精霊界、魔界、妖精界、天界──これ以外にまだ世界があるんですかねぇ……」
「一例を挙げるとすれば、妖精界では妖精女王が神格化されていて、魔界では魔王が魔神と呼ばれる事もあるらしい。だから、ボク達の知らない別の世界があって、そこにボク達の知らない神や概念が存在していてもなんらおかしくはない。寧ろ不在証明の方が難しいさ、こんなの」

 自虐的に嘲笑い、肩をすくめる。
 その後、シルフは一冊の本を取り出してパラパラと捲りはじめた。エンヴィーは横からそれを覗き込み、ギョッとなり息を呑んだ。

「えっ、これって……!?」
「見覚えがあるだろ? アミィがカイルとやり取りしてた手紙──それに書かれてた、ボク達の誰も知らない謎の文字。ボクが見たものは全て書き写しておいたんだ」

 白紙のページばかりの本に、突如として現れた日本語(・・・)
 彼等はそれの意味も読み方も理解(わか)らないのだが、念の為にと片っ端から書き写しておいたらしい。

「まあ、ボク等には何が何だか分からないけどね。フィンやウィダンにも見せたけど、アミィ関連の不可解な言葉や文字は全て、結果は同じだったよ」
「うわー……これも例の未知の言葉ってやつなんでしょうね。知らない世界の言葉なんて分かる訳がねぇんだよな……」

 もう一度、ページが捲られる。
 そこにはこれまでアミレスが口にしてきた謎の言葉がいくつも書かれていた。精霊語で書かれていても理解不能なそれに、精霊達ですらお手上げ状態。
 それを察したエンヴィーは考えるのを諦めようと、ため息を零した。

(アミィとカイルは稀に、特定の条件下で世界からの介入が発生する。その条件は、ボク達には認識出来ない概念(ことば)をアミィ達が口にした時だと推測される)

 ガシガシと後頭部を掻くエンヴィーの横で、シルフは一体(ひとり)、脳漿を絞る。

(これらから考察するに、アミィとカイルがボク達の知らない何か(・・)を────世界が恐れる程の何かを知っている事は確実だ。居合切りや謎の言葉がそれに該当するだろう)

 アミレスと出会って、はや数年。
 それは、彼等にとっては瞬きの間程度のほんの僅かな時間だった。
 だからこそシルフは、アミレスと出会ってからの日々の全てを見返した。──どんな些細な事でも構わない。アミレスの傍で見聞きした全てを思い出そう、と。

 精霊王として生と死を繰り返し、同一存在として永劫の時を生きる事を強要される彼にとって、記録とは何よりも大事なもの。
 星が死してなおその輝きを放つように──……彼の記録は、何度死を繰り返そうが決して褪せる事を知らない。
 既に消えたものを幾光年先の未来まで強制的に存続させる力。
 それが、彼が持つ星の権能の真骨頂。
 その権能で自動的に保存され続けてきた過去の記録を見返しながら、シルフは顎に手を当てて黙々と思考を続けていた。

(あの時のカイルの言葉──『ごめんな、俺もアイツも……これ以上はお前等に何も言えない。言いたくても言えないだけで、わざと隠してる訳じゃないんだ。だから許してくれ』…………これではまるで、二人が余計な事を口走らないように世界が口を塞いでいるみたいだな)

 だがそうする理由が分からない。
 何故そこまでして、世界は──……神々はアミレス達に干渉するのか。

「……で、結局シルフさんの仮説ってどんな感じなんですか? 頭の悪い俺にはもうこれ以上考えられないんですが」

 頭がパンクしたのか疲れを携えるエンヴィーに促され、シルフは重々しく唇を動かした。

「──アミィ達は、ボク達の知らない世界を知っている。それも世界が介入する程のものとなると、世界自ら防衛措置を取らなければならないような……圧倒的脅威と認定せざるを得ない、文明なんだろう」
「俺達にとって、脅威の……文明……」
「だからあの二人は、ボク達の知らない言葉や文化や技術を知っていた。だけどそれをボク達に話す事は出来なかった。何故なら世界がそれを良しとしなかったから」
「っ! まさかそれ、前に言ってた耳鳴りってやつの事ですか?」
「あぁ──……」

 シルフはそれに頷き答えようとした。
 しかしその時、彼等の会話に割って入る白い影が。

「少し、気になる話が耳に入ったのだけれど。お嬢さんの言葉が耳鳴りに聞こえると、そう言いましたの?」
「お前は……白の竜か。なんか心当たりでもあんのかよ」

 訝しむようにベールを睨み、エンヴィーは赤い瞳を鋭く細める。

「えぇ。以前舞踏会でもそのような事がありましたわ。お嬢さんとあちらの赤髪の少年は私達が認識してはならない言葉を使えるようで……その言葉は、どうやらこの世界のそれとは全く別の(ことわり)(もと)に作り上げられたものみたいでしてよ」
「全く別の理……」

 真珠を撫でるような、穏やかでありつつ厳かな声音。
 その声に乗せられて語られる彼女の見解に、エンヴィーは口を丸く開いて固まった。
 ベールが持つ権能は回帰(しろ)の権能。
 この世界そのものとも深く関わりがあり、そして彼女自身が【世界樹】より産み落とされた存在。その為か、彼女はシルフ達よりも更に一歩、空へと踏み込むように推測を進めていた。

「そうね……便宜上──異世界(・・・)とでも称しましょうか。その世界はこの世界よりもずっと高度に、遥かに発展した高次の世界なのでしょう。だから私達は知識(それ)を認識してはならない。それを認識しては、私達の常識だとか理だとかが崩れ去ってしまうでしょうから」
(──私達では到底理解しきれないであろう文明。そのようなもの、私達からすれば劇毒以外の何物でもない。それは、さしもの【世界樹】からしても脅威であった……という事なのかしら)

 なのにどうして、【世界樹】はあの二人の子供達を拒まないの?
 ここでベールの中に更なる謎が迷い込む。
 世界が脅威と認定し、口止めの為に干渉し続けている存在。しかしその生存を【世界樹】は黙認している様子。
 それがどうにも、ベールは頭にひっかかったらしい。

(竜種(わたしたち)や精霊でさえも影響を受けているとなると、世界による妨害は確実。でもそのような人間が生まれる事を、そもそも【世界樹】が本当に許容するのかしら……だって、私達のお母さま(・・・・)は──)

 誰よりも、何よりも、この世界を愛しているから。

「……そういう、事なの? もう、それしか考えられない」

 思考の果てに、彼女は答えを見つけてしまった。その時、鈴の鳴るような声は震え、黄金の瞳はこぼれ落ちそうなぐらい開かれていた。
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