だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

462.プレゼントの多様性4

 ……うん? でも、ケイリオルさんから前世の知識に関する言及をされた事がないってことは……そのチート魔眼の力すらも跳ね返しているのかしら、私達転生者の精神防犯組織(セキュリティ)は。
 本当に訳が分からないわ。どう考えても、私達が転生者だからって理由だけじゃ説明がつかないじゃないの、こんなの。

「──だからこそ、あんな常時発動型の広域魔眼を使いこなせるあいつの頭はおかしいんだよな。その効果範囲は操れるだろうが、下手すりゃとんでもない量の情報が一気に頭の中に流れ込んで来るんだ。並大抵の頭じゃ処理しきれねぇ筈なのによ」

 あいつはなんで、脳の破壊(オーバーヒート)を免れてんだ? と、アンヘルは気だるげな瞳でケイリオルさんをひと睨みして、呟いた。
 世の中には知恵熱なんてものもある。頭を使い過ぎると熱が出たりするものなのに、常に夥しい量の情報が頭に流れ込んでくるケイリオルさんが平然としているのは、かなりおかしい。
 仮に、実は人間じゃないとか言われても納得出来ないぐらいにはおかしい。
 それぐらい、アンヘルの話が確かならケイリオルさんが獲得する事になる情報量は膨大なのだ。

「ミカリアはなんか知らねぇのか? おまえも帝国とは関わりあるだろ」
「この国との関わりがあるのはここ数年だけだよ。これまでは部下に任せてたし」
「使えねー」
「本当に失礼だね君は」

 緩いやり取りを見ながら、思考を巡らせる。
 私は、あまりにもケイリオルさんの事を知らない。
 前世のゲームで得た情報はとても少なく、今世で得た情報も表面的なものだけ。最近になって、ようやく好きな食べ物や好きな本のジャンルを聞けたけど……それでも全然彼を知らない。
 皇帝の側近でありながらも私に良くしてくれた、恩人のようなものなのに。

 ……知りたい。ケイリオルさんの事が。
 どうして私に良くしてくれるのか。どうしてあんな男に絶対服従なのか。
 どんな些細な事でもいい。どうしてかは分からないけど、私は彼を知らなければならない気がするんだ。

「──ごめん、私、ちょっと用事が……っ」

 ケイリオルさんの元に向かおうと体を動かしたら、「ちょっと待ってくれ」とアンヘルに腕を掴まれた。

「これ、王女様にやるよ。プレゼントにもならないようなつまらん物だが……多分、俺より王女様が持ってる方がいいと思って」
「……絵本?」

 アンヘルから渡された絵本はなんとも古めかしい製法──時代にして五百年程前に流行していた、羊皮紙を用いた特徴的な本だった。
 その表紙には旧ディーヒ語で『おやすみ、きゅうけつき』と書かれていた。

「とある吸血鬼一族が一人を遺して滅ぶまでの過程が描かれた絵本だ。──まあ、つまり。あのお茶会の時の王女様の妄想の答え合わせが出来るやつだよ」
「えっ!?」

 この絵本が、アンヘルの出生に関する唯一にして重大な書物って事?!
 年季の入った絵本を掴む手が震える。いちアンディザファンとして、そして彼の知人の一人として、こんな重大な場面に立ち会えた事が嬉しいのだ。

「王女様に言われた通り、一回何かないかって屋敷中を探し回ったんだが……そしたら母親の部屋の寝台(ベッド)の床板に隠されてたんだよ、それが。それと一緒に手紙もあったけど、母親曰く『吸血鬼達の過ちを後世に伝えたい』から絵本を描いたらしい」

 恐る恐る、ペラペラとページを捲る。するとあるページで手が止まった。

 〈───滅びの未来を知ったひとりの母親は、どうか我が子だけは生き残って欲しいと願い、禁忌を冒しました。〉
 〈───『ごめんね。こんなおかあさんでごめんね。あなたを苦しめる酷いおかあさんでごめんね。それでも、あなたにだけは生きてほしいの。こんな汚くて狭い世界の中で死んだりせず、美しく広い世界を自由に生きてほしいの。』〉
 〈───『こんなおかあさんを恨んでね。嫌いになってね。どうか、こんな方法でしかあなたを守れないおかあさんを、許さないでね。大好きよ。何よりも愛おしい──……おかあさんだけの“天使”』〉
 〈───母親は、まだ生まれて間もない我が子に、泣きながら何度も謝りました。〉

 絵本と呼ぶにはあまりにも暗く、心にズシンとのしかかる重い話だった。だけど、それは間違いなく……たった一人の子供への母親の愛情が溢れたものであった。

「…………そっか。私の妄想、意外と合ってたんだね」
「俺もびっくりしたさ。まさか本当に、母親が俺を思って偽装工作をしてたなんてな」

 アンヘルは日傘をくるくると回しながら、なんてことないように話す。

「──お母さんの事、恨んでる?」
「ん? 別に……当時の事はほとんど覚えてないし。寧ろ感謝してるかもな」
「感謝?」
「俺、なんでこんなにスイーツが好きなのか分からなかったんだよ。魔導具作りが好きなのは、それしか存在価値の証明手段が無かったからってのは分かってたが……スイーツの方はまだ確信に至らなくてな」

 肩を竦めたかと思えば少し間を置いて、

「『あなたは小さい頃から甘いものが好きだったから、おかあさんのとっておきのレシピも書いておきます』──って、手紙に書いてあってさ。俺がスイーツ愛好家になったのは母親が頻繁に甘いものを作ってくれてたからだ、って確信出来た。今の俺があるのは、顔も名前も思い出せない母親のお陰だったんだ」

 だから感謝してる。と彼は柔らかく微笑んだ。
 アンヘルの中で納得のいく結論が出たのなら。これ以上、外野である私がとやかく言うのは野暮だろう。

「それが分かったから、俺にはもうその絵本は必要ない。だったら、母親の望み通り馬鹿な吸血鬼の事を後世に伝えるべきと思ってな。だから王女様にあげる事にしたんだ」

 つまり私にこれを正式に書籍化して出版して欲しい……って事かしら。
 まあ私に出来るのはシャンパー商会への口利きぐらいだけどね。でもこういった、過去の真実が分かる系の暴露本は需要があるだろうし、ホリミエラ氏に後で話を持ち掛けてみようかな。

「そういう事なら任せて。絵本、ありがたく貰うわね」
「あと……なんか良さげな魔導兵器(アーティファクト)を後でこっそりフォーロイトに送るか。王女様の誕生日のプレゼントって事で、なんか……役立ててくれ」
「ハミルディーヒ王室との約束とかは大丈夫なの?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。俺に文句言う資格なんて王家(あいつら)には無いから。引き止めて悪かったな、もう行っていいぞ」

 流石は旧ハミルディーヒ王国──アイデンディッヒ共和国時代から彼の国に仕える由緒正しき家門。
 その歴史だけで言えばハミルディーヒ王国よりも長く、ハミルディーヒ王国における最たる功臣と言えばデリアルドに他ならない。そう、ゲームでカイルをして言わしめただけはある。
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