だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
464.手が冷たい人は心が温かいらしい2
「貴女はクズなどではありませんよ。万が一クズだったとしても、貴女は星屑で僕はゴミ屑なので」
「でも屑は所詮屑ですよ。クズ仲間ですね、私達っ」
しかし彼はそれでも自分を卑下しようとする。
だからもう強硬手段に出るしかないと勢いよく突っ込んでみたところ、ケイリオルさんはクスッと笑い声を零し、
「本当に前向きだなぁ、貴女は。普通、クズだのなんだの言われたら怒るところですよ?」
なんだかいつもと違った雰囲気を纏った。
少しは心を許してくれたという事なのだろうか。彼に一歩近づけた気がして、嬉しさが込み上げてきた。
心の中でぽつぽつと湧く喜びを一旦落ち着かせて、気を取り直し話を進める。
「ケイリオル卿こそおかしいですよ。なんで私の事を怒らないんですか? 私、たくさん人を殺したんですよ」
「殺人鬼の僕にはそれを咎める権利などありませんし、元より、尊き氷の血筋である貴女に意見する臣下などこの国におりますまい。御身に流れる血とは、それ程の説得力を持つものなのですから」
この血を持つだけで殺人を咎められないのは、皇族だからという理由もあるだろうが……氷の血筋の誰しもが似たような冷酷無比な人間だったからなのだろう。
だから誰も何も言わなくなった。言ったところで、どうせ無駄だから。
人間性も感情も何もかもが凍てついた、人の形をした残虐な怪物の家系──それが、私達なのだ。
「……ケイリオル卿はどうしてそんなにも、氷の血筋を肯定するんですか?」
「うーむ、僕が生まれた時からそういうものだったからでしょうか」
「肯定否定といった論点ではなく、初めからそれが当然だと思っているんですね」
「そうなりますね」
ケイリオルさんが生まれた時……四十年程前の時点で既に、氷の血筋に関するイメージが出来上がっていたと。
聞けば聞く程やばい血筋だなぁ。
「……話は変わるんですが。ケイリオル卿はお父様と長い付き合いとお聞きました」
「そうですね。陛下とはかなり長い付き合いになります」
「ならば、もしかして──お父様の弟君とも顔見知りだったりしますか?」
そう尋ねた途端、彼の体は強ばった。
歴代皇族の名前や没年を覚えていた時に、あの皇帝に年子の弟と記録されている弟がいた事を知った。その弟は皇位争いの際に皇帝に殺されて死んだらしいのだが……その王子は謎が多かった。
まず、どれが本名なのか分からない。記録によってその第六王子の名前が異なるのだ。
第六王子として記録されていた名前は全部で八つもあり、記録だけではどれが本名か分からないなんて異常事態が発生した。
それに没年は記録されているのに誕生日は記録されていない。かの王子が何を成したのかも不明。
まるで誰かに秘匿されたかのように、第六王子にまつわる記録だけ異様に少ないのだ。
「……そうですね、彼の事はよく知っています。愚かな程に純粋で、何一つとして大事なものを守れない間抜けな獣心野郎でした」
「故人だからってそこまで言いますか……」
「これが全てですからね。ああ、でも……彼はとても、毎日が楽しそうでした。大好きな人達と常に一緒に、なんの屈託もなく笑って日々を過ごせて──本当に幸せそうだった」
昔を懐かしむように、ケイリオルさんは湿っぽく語った。顔にかかった布の所為で彼の顔が見えないが、その立ち姿からは哀愁が、その声からは朝露に濡れた葉のような儚さが漂ってくる。
「……なのに、お父様に殺されてしまったんですね」
皇位継承争いが起こり、兄の第五王子エリドルに真っ先に殺されたという第六王子。年子の兄に殺されたとあれば、無念も多かろう。
「彼の事ですから、兄の役に立てると喜んで死んだことでしょう」
「え、そういう人なんですか?」
「はい。周りが引く程、兄が大好きな男でしたよ。彼は」
「……意外ですね。この氷の血筋でそんな人が生まれるなんて」
血縁者でも容赦なく殺す血も涙もない家系で、まさかそんなブラコンが存在していたなんて。
私の叔父にあたる人がブラコンだったと知り驚いた反面、よくよく考えればアミレスも結構なブラコンだったと気づき、そういう血筋なのかも? とある意味納得してしまった。
「対象はなんだってよいのです。生まれながらに氷のように凍てついた心が、誰かを愛する事で溶けて人間らしくなる……そういう血筋なんですよ、氷の血筋は。その為、近頃のフリードル殿下は人間らしくなりつつあるのですから」
わざとらしく顔をこちらに向け、話をまぜ返すように彼は言い放つ。
ナンデ私ノ方ヲ見ルンダロウナー。
「フリードル殿下は方向性がちょっと捻じ曲がってますが、貴女への愛情を自覚して変化しました」
ちょっとどころじゃないけどね。あの男、実の妹に僕の子を孕めとか言ってくる気狂いっぷりよ。
「最近のフリードル殿下は……好きな子に振り向いてもらおうと頑張る健気な少年のようで可愛らしいですよねぇ」
あれを可愛いと思えるなんて流石はケイリオルさんだわ。
痺れもしないし憧れもしないけど。
「受け入れろとまでは言いませんが、もし良かったら、少しだけでもフリードル殿下の想いに向き合ってやっていただけませんか?」
「いやあ、あれはちょっと……難しいですよ?」
常識と倫理観をかなぐり捨てない限り不可能だと思う。
「フリードル殿下はとっても不器用ですから、多少は大目に見ていただければ……」
「大目に見るにも限度というものがありまして」
「──ちょっと待って下さい。貴女にそこまで言わせるって、フリードル殿下は何をやらかしたんですか?」
あまりにも私が受け入れ難い姿勢を貫くものだから、流石のケイリオルさんも異変を感じ取ったらしい。
彼は口が固いし大丈夫だろうと信じ、「ケイリオル卿、お耳をお借りしても?」と少し屈んでもらい、私は国際交流舞踏会最終日に起きた事件を掻い摘んで説明した。
するとどうだろう。ケイリオルさんは顔を押さえて屈み、「ッア〜〜〜〜〜〜〜〜…………」と聞いた事がないような大きなため息を漏らしたのだ。
「マジですか……あの時のあれってそういう事だったんですか。というか筋肉増強ってまさか……はぁ……マジかぁ」
ヤンキーのようなガラの悪い座り方のまま、ケイリオルさんは頭を抱える。
この人、マジか。とか言うんだ。意外と庶民派なのかな……いやでもどこぞの魔王も割とよく言ってるよな、マジかって。実は一般的なのかもしれない、マジか。
襲いかかるマジかのゲシュタルト崩壊と戦いつつ、ゆらゆらと揺れるチャーミングなアホ毛を見つめる。
綿あめみたいにふわふわな彼の金髪。ふと、触ってみたい衝動に駆られて手を伸ばしてしまった。
冬だからだろうか。彼の髪の毛は、とてもひんやりとしていた。
「ふわふわだ……すごくふわふわ……」
そしてサラサラだ。これはシャンプーのCM狙える。
「──僕の頭など触ったところで、なんの面白みもないと思いますが……」
「いやっ、そんな事は! 私こういうもふもふ好きなので楽しいです……って、失礼ですよねすいません!!」
慌てて飛び退き、謝罪する。
するとケイリオルさんは花を撫でるように優雅に笑った。
「ふふふっ、大丈夫ですよ。幼い頃は貴女の母君──皇后陛下も、『あなたのふわふわの髪の毛ってついつい触りたくなるんだ』と言っては僕の頭を撫でていましたから」
「……お母様とも、お知り合いなんですか?」
「はい。皇后陛下がご存命の際、陛下ご夫妻の茶会に招かれる程度には親しかったかと」
ケイリオルさんは今は亡き私の母親──アーシャ・ヘル・フォーロイトとも知り合いらしい。
ケイリオルさんが皇帝と長い付き合いである事を考えれば、当然の事だ。
もしかしたら、彼ならば教えてくれるかもしれない。どうしてか誰も教えてくれない……私の、お母様の事を。
「でも屑は所詮屑ですよ。クズ仲間ですね、私達っ」
しかし彼はそれでも自分を卑下しようとする。
だからもう強硬手段に出るしかないと勢いよく突っ込んでみたところ、ケイリオルさんはクスッと笑い声を零し、
「本当に前向きだなぁ、貴女は。普通、クズだのなんだの言われたら怒るところですよ?」
なんだかいつもと違った雰囲気を纏った。
少しは心を許してくれたという事なのだろうか。彼に一歩近づけた気がして、嬉しさが込み上げてきた。
心の中でぽつぽつと湧く喜びを一旦落ち着かせて、気を取り直し話を進める。
「ケイリオル卿こそおかしいですよ。なんで私の事を怒らないんですか? 私、たくさん人を殺したんですよ」
「殺人鬼の僕にはそれを咎める権利などありませんし、元より、尊き氷の血筋である貴女に意見する臣下などこの国におりますまい。御身に流れる血とは、それ程の説得力を持つものなのですから」
この血を持つだけで殺人を咎められないのは、皇族だからという理由もあるだろうが……氷の血筋の誰しもが似たような冷酷無比な人間だったからなのだろう。
だから誰も何も言わなくなった。言ったところで、どうせ無駄だから。
人間性も感情も何もかもが凍てついた、人の形をした残虐な怪物の家系──それが、私達なのだ。
「……ケイリオル卿はどうしてそんなにも、氷の血筋を肯定するんですか?」
「うーむ、僕が生まれた時からそういうものだったからでしょうか」
「肯定否定といった論点ではなく、初めからそれが当然だと思っているんですね」
「そうなりますね」
ケイリオルさんが生まれた時……四十年程前の時点で既に、氷の血筋に関するイメージが出来上がっていたと。
聞けば聞く程やばい血筋だなぁ。
「……話は変わるんですが。ケイリオル卿はお父様と長い付き合いとお聞きました」
「そうですね。陛下とはかなり長い付き合いになります」
「ならば、もしかして──お父様の弟君とも顔見知りだったりしますか?」
そう尋ねた途端、彼の体は強ばった。
歴代皇族の名前や没年を覚えていた時に、あの皇帝に年子の弟と記録されている弟がいた事を知った。その弟は皇位争いの際に皇帝に殺されて死んだらしいのだが……その王子は謎が多かった。
まず、どれが本名なのか分からない。記録によってその第六王子の名前が異なるのだ。
第六王子として記録されていた名前は全部で八つもあり、記録だけではどれが本名か分からないなんて異常事態が発生した。
それに没年は記録されているのに誕生日は記録されていない。かの王子が何を成したのかも不明。
まるで誰かに秘匿されたかのように、第六王子にまつわる記録だけ異様に少ないのだ。
「……そうですね、彼の事はよく知っています。愚かな程に純粋で、何一つとして大事なものを守れない間抜けな獣心野郎でした」
「故人だからってそこまで言いますか……」
「これが全てですからね。ああ、でも……彼はとても、毎日が楽しそうでした。大好きな人達と常に一緒に、なんの屈託もなく笑って日々を過ごせて──本当に幸せそうだった」
昔を懐かしむように、ケイリオルさんは湿っぽく語った。顔にかかった布の所為で彼の顔が見えないが、その立ち姿からは哀愁が、その声からは朝露に濡れた葉のような儚さが漂ってくる。
「……なのに、お父様に殺されてしまったんですね」
皇位継承争いが起こり、兄の第五王子エリドルに真っ先に殺されたという第六王子。年子の兄に殺されたとあれば、無念も多かろう。
「彼の事ですから、兄の役に立てると喜んで死んだことでしょう」
「え、そういう人なんですか?」
「はい。周りが引く程、兄が大好きな男でしたよ。彼は」
「……意外ですね。この氷の血筋でそんな人が生まれるなんて」
血縁者でも容赦なく殺す血も涙もない家系で、まさかそんなブラコンが存在していたなんて。
私の叔父にあたる人がブラコンだったと知り驚いた反面、よくよく考えればアミレスも結構なブラコンだったと気づき、そういう血筋なのかも? とある意味納得してしまった。
「対象はなんだってよいのです。生まれながらに氷のように凍てついた心が、誰かを愛する事で溶けて人間らしくなる……そういう血筋なんですよ、氷の血筋は。その為、近頃のフリードル殿下は人間らしくなりつつあるのですから」
わざとらしく顔をこちらに向け、話をまぜ返すように彼は言い放つ。
ナンデ私ノ方ヲ見ルンダロウナー。
「フリードル殿下は方向性がちょっと捻じ曲がってますが、貴女への愛情を自覚して変化しました」
ちょっとどころじゃないけどね。あの男、実の妹に僕の子を孕めとか言ってくる気狂いっぷりよ。
「最近のフリードル殿下は……好きな子に振り向いてもらおうと頑張る健気な少年のようで可愛らしいですよねぇ」
あれを可愛いと思えるなんて流石はケイリオルさんだわ。
痺れもしないし憧れもしないけど。
「受け入れろとまでは言いませんが、もし良かったら、少しだけでもフリードル殿下の想いに向き合ってやっていただけませんか?」
「いやあ、あれはちょっと……難しいですよ?」
常識と倫理観をかなぐり捨てない限り不可能だと思う。
「フリードル殿下はとっても不器用ですから、多少は大目に見ていただければ……」
「大目に見るにも限度というものがありまして」
「──ちょっと待って下さい。貴女にそこまで言わせるって、フリードル殿下は何をやらかしたんですか?」
あまりにも私が受け入れ難い姿勢を貫くものだから、流石のケイリオルさんも異変を感じ取ったらしい。
彼は口が固いし大丈夫だろうと信じ、「ケイリオル卿、お耳をお借りしても?」と少し屈んでもらい、私は国際交流舞踏会最終日に起きた事件を掻い摘んで説明した。
するとどうだろう。ケイリオルさんは顔を押さえて屈み、「ッア〜〜〜〜〜〜〜〜…………」と聞いた事がないような大きなため息を漏らしたのだ。
「マジですか……あの時のあれってそういう事だったんですか。というか筋肉増強ってまさか……はぁ……マジかぁ」
ヤンキーのようなガラの悪い座り方のまま、ケイリオルさんは頭を抱える。
この人、マジか。とか言うんだ。意外と庶民派なのかな……いやでもどこぞの魔王も割とよく言ってるよな、マジかって。実は一般的なのかもしれない、マジか。
襲いかかるマジかのゲシュタルト崩壊と戦いつつ、ゆらゆらと揺れるチャーミングなアホ毛を見つめる。
綿あめみたいにふわふわな彼の金髪。ふと、触ってみたい衝動に駆られて手を伸ばしてしまった。
冬だからだろうか。彼の髪の毛は、とてもひんやりとしていた。
「ふわふわだ……すごくふわふわ……」
そしてサラサラだ。これはシャンプーのCM狙える。
「──僕の頭など触ったところで、なんの面白みもないと思いますが……」
「いやっ、そんな事は! 私こういうもふもふ好きなので楽しいです……って、失礼ですよねすいません!!」
慌てて飛び退き、謝罪する。
するとケイリオルさんは花を撫でるように優雅に笑った。
「ふふふっ、大丈夫ですよ。幼い頃は貴女の母君──皇后陛下も、『あなたのふわふわの髪の毛ってついつい触りたくなるんだ』と言っては僕の頭を撫でていましたから」
「……お母様とも、お知り合いなんですか?」
「はい。皇后陛下がご存命の際、陛下ご夫妻の茶会に招かれる程度には親しかったかと」
ケイリオルさんは今は亡き私の母親──アーシャ・ヘル・フォーロイトとも知り合いらしい。
ケイリオルさんが皇帝と長い付き合いである事を考えれば、当然の事だ。
もしかしたら、彼ならば教えてくれるかもしれない。どうしてか誰も教えてくれない……私の、お母様の事を。