だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
第二節・狩猟大会編

470.春はテロと誘拐の季節

 四月某日。私は、帝都より少しばかり離れた場所にあるクイントラ森林地帯にいた。

「おい! 時間はまだか?」
「いやまだだ。計画実行には早すぎる」
「それにしても──やけに大人しくないか、この王女。フォーロイトの女だからか?」
「いくら氷の血筋(フォーロイト)と言えども、これだけ拘束すりゃ大人しくせざるを得ないんだろーよ」

 アミレス・ヘル・フォーロイト十五歳。
 絶賛、拉致監禁されております。

 場所は森のどこかにある謎の地下室。
 そこで武器を全て奪われ、魔力を吸う魔導具の鎖と身体能力低下のデバフ効果を持つ鎖、そしてやたらと重い鎖で三重に拘束され、地面に横たわる形で放置されている。
 そもそもどうしてこんな事になったのか。話はまず一週間前に遡る……。


 ♢♢♢♢


「狩猟大会ってさぁ、森でやんの?」

 ある日の昼下がり。私のクッキーを奪わんとする男が何事も無さげにそう呟いた。
 ケイリオルさんに頼んで作ってもらったこのクッキーを貴様なぞに渡してなるものかと、私はクッキーの皿をサッと回収してから返事する。

「そうね。帝都から少し離れた場所で行われる予定だわ。うちの貴族達は勿論、貴方みたいに何故か未だに帝国に滞在している賓客達も参加するからかなりの規模になりそうだって話よ」
「ほぇー、こういうのって令嬢はベースキャンプみたいな所で待ちがちだけど、お前は参加するのか?」
「えぇ。兄様が『お前に一番の獲物をくれてやる』って煽り散らかしてきたから、兄様より私の方が大きな獲物を捕らえたって煽り返す為に参加するわ」
「心狭っ、負けず嫌いかよ」

 ケイリオルさんのクッキーを頬張りながらカイルを睨む。すると彼は、「俺も食いたいんだけどぉー」とクッキーを羨ましそうに見つめてきた。
 もぐもぐ。ごめんなさいね。他のクッキーならまだしも、このクッキーだけは譲れないわ。むしゃむしゃ。

「そういう貴方こそ、まさか狩猟大会に参加するの? こう言っては失礼だけど……見るからにひ弱そうなお兄さんの事、放っておいて大丈夫?」

 話題を変えようとすると、カイルは膝で頬杖をつき不貞腐れた様子でため息を一つ。

「だいじょーぶ。宮廷魔導師数名と王室騎士団(ロイヤルナイツ)数名、あとうちのコーラルも兄貴についてるからな。こわ〜〜い氷の血筋(フォーロイト)様の逆鱗に触れない限りは問題無いさ」

 国際交流舞踏会が終わるなり、なんとキールステン・ディ・ハミル王はフォーロイト帝国との休戦協定を破棄し、正式に終戦を申し入れてきた。
 それに、戦闘狂の我等が皇帝陛下は『あ゛?』とド低音キレ気味ボイスをお見舞いしたとか。ケイリオルさんが『あの時は本当に肝が冷えましたよ〜〜』と、紅茶片手に会談の際の事を教えてくれたので、その場に不在だった私も知る事となったのである。

 しかし流石はカイルの兄と言うべきか……キールステン王は皇帝の威圧にも負けず必死に交渉し、二ヶ月に及ぶ交渉の果てになんと終戦をもぎ取ったのだ。
 寧ろ二ヶ月間も終戦を渋った皇帝はなんなんだ。戦闘狂にも程がある。

 だがそれだけでは終わらず。今後の両国の付き合い方に関する話し合いの為、キールステン王とカイルはもう四月になるが未だにフォーロイト帝国に滞在している。
 公式的に終戦が発表されてから早一ヶ月が経とうとしているが、まだまだ何かと話し合う事が多いらしい。

「コーラルって確か……」
「そ、俺の部下。アイツあれでしっかり強くてさー、なろうと思えばそれこそ王室騎士団(ロイヤルナイツ)にだってなれる実力者だから、途中から兄貴に合流させといたんだよ」
「凄いわね……王室騎士団(ロイヤルナイツ)になれる実力って」
「それな? 常に胃薬を携帯するぐらい胃が弱い事だけがちょっと難点だが」

 会話の中で度々出てきた王室騎士団(ロイヤルナイツ)の実力は、ゲームでカイルのルートをプレイすると出てくる。
 魔導国家のハミルディーヒ王国における二刀流(・・・)──剣と魔法をどちらも使いこなすいわゆる魔法騎士の集団が、件の騎士団である。
 相応しい功を立て、厳正なる審査を経て、国王直々に叙任されてはじめて王室騎士団(ロイヤルナイツ)となれるそう。

 私も剣と魔法の二刀流で戦う身として、一度本職の王室騎士団(ロイヤルナイツ)の方々には手合わせ願いたいのだが……元敵国の王女には全く機会がない。
 カイルに頼めばなんとかなるかもだけど、そんな自己満足に他国の凄い騎士達を巻き込む訳にはいかないものね。我慢我慢。

 話は戻るが、どうやらカイルの腹心の部下であるコーラルはそんな王室騎士団(ロイヤルナイツ)になれる程の実力者らしい。
 よくよく思い返せば、ゲームのカイルはコーラルから剣を学んだとか言っていた気がする。あのチートキャラの師匠だったと考えれば、納得の実力だ。
 まあ、私の師匠の方が凄いけどね!

「……王女殿下。少々、よろしいでしょうか」
「いいけど、急にどうしたの?」

 背後に控えるイリオーデがすぐ傍にまで移動して、おもむろに跪く。彼の突拍子もない奇行には慣れているが、はたして今回は何を申し出るつもりなのか。
 別にこんな風に仰々しく言わなくていいのに。何か思うところがあるなら、普通に言っていいよって常日頃から伝えてるんだけどな。

「──私は、王室騎士団(ロイヤルナイツ)とやらよりも強いです」

 凛とした顔で彼はきっぱりと言い切った。

「戦った事があるの?」
「いえ、戦った事はないのですが……私が他国の騎士に遅れを取る筈がありません」

 凄い自信ね。

「何故なら私は王女殿下の騎士ですので」

 あまりにもイリオーデが真剣なものだから、一瞬反応が遅れてしまう。
 ……それにしても。跪きこちらを真っ直ぐ見上げてくる感じがまさにシェパードのよう。気がついたら彼の頭目掛けて手が伸びており、わしゃわしゃと整えられた髪を崩してしまっていた。

「っ! お、王女殿下……お戯れを……」

 そうは言いつつも、イリオーデの表情は綻んでいる。

「そんな風に強がっちゃって。体はこんなに素直なのに」
「台詞が突然襲ってきたモブおじのそれなんだが」
「誰が当て馬三下ゴミカス野郎よ」
「一言もそんな事言ってねぇわ。さてはモブレ地雷だなオメー?」

 カイルに突っ込まれつつ、「急にごめんねイリオーデ」と謝りながら手を離すと彼はほんのり耳を赤くして、

「いえ……私は王女殿下の騎士であり、忠実な従僕(いぬ)めにございますれば……これもまた格別の褒美と賜ります」

 一度髪を解き、再度結わえた。
 その仕草がなんとも色気に溢れていて思わず、この騎士……えっちすぎる……! と生唾を呑み込んだ。
 それと同時に背後から並々ならぬ黒い気配を感じる。多分、アルベルト辺りがイリオーデに嫉妬してるんだろうな。彼も褒められたり、頭撫でられたりしたら素直に喜ぶ性質(たち)だし。
 んもう〜〜、うちの子達は本当に可愛いんだからっ!
< 1,383 / 1,399 >

この作品をシェア

pagetop