だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

471.春はテロと誘拐の季節2

「そーいや、狩猟大会にはイリオーデ達も参加すんの? したらいよいよ早い者勝ちになりそうだけど」
「一応、狩猟大会は帝国貴族が主な参加者でね。家門の事もあってイリオーデはランディグランジュ侯爵と一緒に参加するんだけど、ルティには幕舎でシルフとシュヴァルツを抑え込んでもらう予定なの」
「ああ……アイツ等、ほっといたら勝手に参加しそうだもんな……」

 全てを察したのか、カイルは遠い目でボソリと呟いた。
 自由奔放な精霊さんと魔王さまが人間のお祭りで暴れないよう、アルベルトには重大な任務を与えた。それが、あの二体(ふたり)を幕舎に抑え込むストッパーである。

「シルフ様とシュヴァルツ君に裁縫バトルを挑み、俺に勝つまで幕舎からは出さないと言えばおそらくは抑え込めるかと」
「裁縫バトル??」
「主君が手作りの“ぬい”を喜んでくださった事を知った彼等は、非常に面白くないと顔に書いてましたから。その件を持ち出して、彼等に裁縫バトルをふっかけます」
「そんなラップバトルのノリで裁縫を──っていうかマジで裁縫バトルって何?!」

 今度は目を丸くして唾を飛ばす。カイルは今日も元気なようだ。
 そして、当日の予定を話すアルベルトの姿はなんとも頼りになるものであった。流石はうちの執事。ところで裁縫バトルって何?


 ♢♢♢♢


 そんな事もあって迎えた皇室主催の狩猟大会当日。
 イリオーデはランディグランジュ侯爵の元に行ったので別行動。アルベルトは宣言通り、狩猟大会に参加すると駄々をこねるシルフ達に裁縫バトルを仕掛けて幕舎に抑え込んだ。
 なのでこの狩猟大会の間は、珍しく単独行動となったのだ。

 メイシアやテンディジェル兄妹も幕舎で待機。
 メイシアは当初参加しようとしていたらしいのだが、会場は森の中という事で火の魔法を乱用されてはもしもの事が……と運営に諭され泣く泣く不参加になったとか。
 テンディジェル兄妹に関しては、二人揃って戦うのは苦手との事で不参加の予定だったらしい。だが私の応援の為にとわざわざ会場まで来てくれたのだ。

 その結果。メイシアとローズからそれぞれ刺繍入りのハンカチーフを受け取りメイシアのものを白夜に、ローズのものをアマテラスに、決して解けぬようキツく結んで狩猟大会に挑む事となった。
 これには周りの貴族令息達から嫉妬の視線を送られたとも。
 何せ社交界でも大注目のシャンパージュ伯爵令嬢とテンディジェル公女の刺繍入りハンカチーフなど、悩めるお年頃の男性諸君からすれば喉から手が出る程欲しいに違いない。
 それを私が両方とも貰ったのだから、彼等から恨まれたって仕方無いだろう。
 まあ、いくら恨まれようとも絶対に渡さんが。

 かく言う私は、誕生日には少し早いものの、事前に約束通りマクベスタにハンカチーフを二枚渡しておいた。
 一枚はご要望に従った刺繍入りのもの。もう一枚は無地のただ触り心地が良いだけのもの。
 好きな方を当日は使ってちょうだいと伝えたところ、どうやら無地の方を剣の柄に結んだらしい。本当に使ってくれてるんだー、とちょっぴり嬉しい気持ちになった。
 刺繍入りの方も喜んで貰えたので、苦手なりに頑張った甲斐があった。

 あと一応……参加すると聞いたので、フリードルとカイルにもマクベスタとお揃いの無地のハンカチーフを渡しておいた。
 フリードルは刺繍が入ってない事に不機嫌になり、『なんでもいいから刺繍しろ』とハンカチーフを突き返してきやがったので仕方無く“あほおにーさま”と刺繍して渡したところ、奴はおもしれー女とでも言いたげな表情でハンカチーフを受け取った。

 ちなみにカイルは、推し(マクベスタ)とお揃いというだけで大喜びでした。『Foooooooo!!』と飛び跳ねて喜ぶものだから、温度差で軽く引いてしまったのは内緒だ。
 イリオーデには、本人の強い要望から二本目となるリボンをおさがりで一つ渡した。この狩猟大会には、それで髪を結って挑むと意気込んでいたのだが……黒いリボンだからだろうか、彼の青い長髪によく映える。

 出発前には、帝国でのリンデア教布教活動に精を出しているリードさんから『出来れば怪我しないように気をつけて欲しいところだが……まあ、無理だろうから。少しでも怪我したら私の所においで』と頼りになるような、耳が痛いような言葉で背中を押されたりもした。

 久々にシャンパー商会製戦闘服に身を包み。
 特注のソードベルトで白夜とアマテラスを装備。
 重心が左に寄るが、それはこの一ヶ月で既に調整済。
 万全の状態で挑んだ皇室主催の狩猟大会。私は、なんのトラブルもなくフリードルをぎゃふんと言わせて終わるものだと思っていた。
 ──しかし。ここで予想外の事態が起きた。

「──ぅっ、ひくっ」

 何かいい獲物はおらぬかと森を散策していた時。どこからともなく啜り泣くような声が聞こえてきた。
 泣き声? とそれに引かれるように進むと、草を掻き分けた先に小さい女の子が蹲っていたのだ。

 事前にこの辺り一帯は立ち入り禁止にされていた筈なんだけど……もしかしたら迷い込んでしまったのかもしれない。
 魔獣ときどき魔物が出没する森で一人だなんてさぞや怖かった事だろう。
 狩猟大会が終わるまでまだかなり時間もあるし、この子を幕舎まで一度送り届けよう。と懐中時計を懐に入れつつ声を掛けた。

「ねぇ、こんな所でどうしたの? 一人ならお姉さんが一緒に安全な場所まで行ってあげるよ」
「ふぇ……いいの?」
「勿論。お姉さんこれでも結構強いから、怖い魔物が出てもへっちゃらよ」

 だから安心して。と、涙を零しながら振り向いた少女に手を差し伸べたら、

「──ありがとう、お姉さん」
「あれっ?」

 手を取ろうとした少女に、変な物を着けられた。
 ガチャン! と歪な音を立て、手枷のような物は固定される。その直後、手枷から鎖が飛び出し瞬く間に私の体を絡めとった。
 それにより体勢を崩され、尻もちをついたところでようやく理解が追いついたので、咄嗟に少女を問い詰めてしまう。

「これ、何か知ってる……よね? 教えてもらってもいいかな?」

 出来る限り威圧的にならないようにはしたが、それでも溢れ出るフォーロイトの風格的なアレが少女を縮こまらせてしまったらしい。
 少女は肩を跳ねさせ、慌てて顔を逸らしてしまった。
 これでは何も聞けまい。別にこの程度の鎖、魔法で切れなくもないと思うのだが、なんとなく嫌な予感がする。こういう時の私の勘は不本意ながらよく当たるから、この鎖の正体と少女の目的は明らかにしておきたいのだ。

「それなら今から嫌という程分かるぜ、氷結の聖女様ァ」

 ガサガサと草を蹴り、複数人の男達が現れる。
 中でもリーダー格と思しき中肉中背の男の手には、先程着けられた手枷と似た物が握られていた。
 どうやらこれは、組織的犯罪だったらしい。そして──私は、この人達に嵌められたようだ。
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