だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

481.バイオレンスクイーン4

「アミィの顔を……蹴る? 人間如きが、アミィに手を出したって事……?」
「く、く……っはは! ああ、実に不愉快だ。クソ人間共が──女の顔傷つけるとか悪魔より外道だな」

 彼等の顔から色が抜け落ちる。いや、正確には──真っ黒に染まっていく。
 過保護なこのヒト達は、私が危害を加えられたと知って相当お怒りのようだ。

「っ地震……?!」

 タイミング悪く僅かに大地が揺れ始め、更に空気が重く息苦しくなってきた、その時だった。

「──ぁああああああああああっ!! ちょっと何してんのさマスター!?」
「──落ち着きなよヴァイス! 人間界侵略はしないんじゃなかったの?!」

 二つの人影がどこからともなく現れ、シルフとシュヴァルツに詰め寄った。そのうち一人の見た目には、見覚えがあって。
 ……大公領で見た、知り合いに変身したシルフとそっくりそのままだ。あの綺麗なプラチナブロンドの髪と、可愛らしい面持ちはそう見間違えない。
 ならばあのヒトは精霊さんで……シュヴァルツの真名(ほんみょう)を口にした美人なお兄さんは、恐らく魔族だろう。
 しかし何故、突然精霊さんと魔族が増えたんだ?

「ケイ……人間がアミィの顔を……ボクのアミィの顔を……ッ」
「え、顔? 姫ちゃんの顔に何かされて、それで怒ってこの辺りの魔力原子消そうとしちゃってんの?! そんな事したらありとあらゆる生命ジ・エンドだよ?! マスターの大好きな姫ちゃんも即死だよ?!」
「〜〜ッ、それはそう、だけど……! じゃあこの怒りはどこに向ければいいんだよ……ッ!!」
「とりあえず深呼吸しよ! マスターももう赤ちゃんじゃないんだからっ、感情の制御(アンガーマネジメント)も出来るよねっ!?」

 ケイと呼ばれた可愛らしい女の子は必死にシルフを宥めようとする。シルフは言われた通りに震えるような力強い深呼吸を繰り返し、その怒りを鎮めようと努力していた。
 この世界にもアンガーマネジメントの概念ってあるのね。

「君がこんなに取り乱すなんて本当にどうしたの? 俺達にあれだけ人間界に手を出すなって言っておいて、君は人間界を破壊するつもり?」
「……ブランシュ、一発ぶん殴ってくれ。頭を冷やしたい」
「おや、珍しい事もあるものだね。お兄ちゃんを頼ってくれて嬉しいから別にいいけど──そらっ!」

 美人なお兄さん(ブランシュ)は蕩けるような微笑をたたえながら、握り締めた拳をシュヴァルツの顔面に叩きつけた。その重さたるや、魔王であるシュヴァルツが吹っ飛ばされて地面にめり込む程。
 というか今、お兄ちゃんって言った? あの美人なお兄さんってシュヴァルツのお兄さんなの?? という事はこのヒトも悪魔って事?
 精霊といい悪魔といい竜種といい、人外さん達は皆揃って容姿が整ってるなぁ。

「落ち着いた? マスターもうだいじょぶそ?」
「……うん。止めてくれてありがとう、ケイ」
「どーいたしまして! お礼なら僕の有休増やして!!」
「考えておくよ」
「やった〜〜!」

 なんともブラックな感じの会話を繰り広げつつ、ケイは飛び跳ねて全身で喜びを表現している。その最中ふとこちらに気づいてぱあっと笑顔を咲かせ、

「君が姫ちゃんだよね? ヴィーちゃんやマスターから話は聞いてるよ〜〜っ! わあ、会えて嬉しいな! あっ、僕の事はぁ……ケイちんって呼んでね!!」
「えっ、よ、よろしくお願いします……ケイちん。アミレス・ヘル・フォーロイトです、いつもシルフにはたいへんお世話になっております」
「そんな畏まらなくていいよぅ! こちらこそ、マスター……ええとなんだったかな、シルフがお世話になってます。──本当に、彼と仲良くなってくれてありがとね」

 一気に距離を詰められ手を握られる。目と鼻の先にあるケイの顔は、心の底から喜びを噛み締めているかのような……人情味に溢れた笑顔に彩られていた。

「マスターももうだいじょぶそーだし、僕はそろそろ帰るよ。マスターに押し付けられた仕事もたまってるし。姫ちゃんまったね〜〜!」
「ま、またね〜……」

 犬のしっぽのようにぶんぶんと手を振られたので、手を振り返す。
 底抜けに明るい精霊さんだったなぁ……と思いつつ、宇宙を内包するかのような空間の歪みへと消えていったケイを見送っていると、

「ごめんね、アミィ。ボク、怒りのあまりちょっとだけ力が暴走しかけて……体調が悪くなってたりしてない?」

 シルフが後ろ向きな様子で眉尻を下げ、謝ってきた。

「大丈夫だよ。確かにちょっと息苦しいなって思ったけど、もう平気だし」
「ぅ……ごめん。まさか自分がここまで直情的だとは思ってなくて……もう少し感情を上手く制御出来るように努力するね」

 しょんぼりとするシルフが、かつての猫シルフの姿を彷彿とさせる。庇護欲を刺激されて頭を撫でようと手を伸ばした時、

「ああクソッ、こんの変態野郎……思いっ切り殴りやがって……」
「ふふ。だって君が頭を冷やしたいって言ったんじゃないか。うふふ、ほら手を貸してあげるよ」
「チッ、あー鼻が痛てェ」

 土をはらいながら、シュヴァルツが体を起こした。お兄さんの手を掴んで立ち上がったシュヴァルツは、少し前の私のように鼻血を拭いつつ、こちらに歩を向けた。

「あー……なァ、アミレス。例のクソ野郎共はどこだ?」
「どこって……もう死んでるから探しても意味無いと思うよ?」
「何言ってんだ、オレサマは悪魔だぞ。死の冒涜(・・・・)なんてそれこそ得意分野だぜ?」

 シュヴァルツの発言にシルフが分かりやすくドン引きするなか、彼の後方に立つブランシュはニコニコしながら頷いている。

「……まさか、死者の魂に何かするの?」
「魂ってのは使い道がたくさんある。たとえばそれを喰らって悪魔(オレサマ)達はその魂に宿る魔力属性を得る事も出来るし、ついでに腹も満たせる。たとえば魂を動力として兵器を作る事だって出来る。たとえば魂を辺獄へと堕とし、果ての無い絶望を味合わせる事も出来る。お前達人間が思うより、魂には価値があるんだぜ?」

 死してなお弄ばれ、苦しみを味わう──。
 そんな事があってもいいのだろうか。

「……だめよ、そんなの。死者はきちんと弔われるべきだわ。黄泉に落ち、輪廻を許されぬ事こそが死者に与えられる最後の罰だもの。死の冒涜なんて、流石に見過ごせない」

 殺したのは私だけど、あいつ等の魂が弄ばれる事を望んでいる訳ではない。私の自分勝手な都合で殺してしまったのだから、せめて無事に生まれ変わって来世では普通の人間になって欲しい。
 ただ普通に成仏して、輪廻の輪に乗って、生まれ変わってくれたらそれでいいのだ。
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