だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
「お母さんっ、お母さん!」

 僅かに涙を浮かべながらメイシアは懸命に伯爵夫人を呼んでいた。
 その手をぎゅっと握り、祈るように額に当てている。

「……エンヴィー、何故あの人間は泣かない」
「そりゃああの女はお嬢さんの母親だからな」
「僕には人間の事など、全く分かるんだが」
「分からなくて当然だっつの。俺達が人間を理解出来た事なんて一度も無かっただろーが」

 師匠とリバースさんが会話をする横で、私とマクベスタも少しだけ会話をした。

「ちゃんと目覚めてくれるかな、伯爵夫人」
「…………メイシア嬢があそこまで呼んでいるんだ。きっとシャンパージュ伯爵夫人も目を覚ますだろう」

 私も胸の前で両手を握り締め、祈っていた。伯爵夫人が目を覚ますその瞬間を、ずっと待っていた。
 そして、その時は程なくして訪れたのだ。

「……っ! お母さん!!」
「……ぁ……れ……?」
「お母さん……わたし、メイシアだよ。お母さんが産んでくれた、メイシアだよ」
「………ぇ、ぃ……っ……ぁ」

 ついに重たい瞼をゆっくりと開いた伯爵夫人に、メイシアが抱きついた。大粒の涙を浮かべながら、伯爵夫人に何度も自分の名前を伝えた。
 長年眠り続けていた影響か、張り付いた声すらも出ない伯爵夫人だったが……メイシアと言う名前を聞いた途端、僅かに笑みを作り、瞳に少量の涙を浮かべた。
 きっと、言葉になっていなかったけれど……伯爵夫人は先程、メイシアの名前を呼んだのだろう。
 その母娘の感動の光景に、私も少し、胸がじんわりと熱くなった。

「ぅ……っ、おかあ、さん……! よかった、ほんとっ、うに……っ!」

 メイシアの頬を大粒の涙が伝う。しかしそれを拭う事もなく、メイシアは伯爵夫人の胸元を涙で濡らしていた。
 この屋敷の人達はメイシアの事も、伯爵夫人の事もとても大切にしているようだった。
 だからこそ、屋敷の人達にも伝えて上げないと……そう思い、私は足音を立てずに扉の方まで行き、そしてゆっくりと扉を開く。
 部屋の外で待機していた伯爵夫人付きの侍女達に伯爵夫人が目を覚ました事を告げると、彼女達は涙を浮かべ喜びつつも半信半疑で部屋へと入り、確かに目を覚まし意識を取り戻した伯爵夫人の姿を見て号泣していた。
 鼻をすすりながら、屋敷の者達に伝えて参ります! と飛び出して行った彼女の背中は歓喜に満ちていて、それが屋敷中に広がるのに、そう時間はかからなかった。

 少しして、報せを受けた伯爵が慌ただしく帰って来た。彼は行方不明になっていたメイシアが屋敷に戻った時と同じかそれ以上に感涙に咽び泣いていた。
 伯爵は侍女に支えられ上体を起こす伯爵夫人を抱き締め、噛み締めるようにその名前を繰り返し口にしている。
 ……色々と確認したい事があって来たのだけど、今日はやめておいた方がいいかもしれない。
 そう思った私は伯爵夫人の方へと背を向けて、静かに部屋を出ようとした。
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