だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

60.眠れる炎の美女5

 伯爵邸から皇宮へと帰る途中、私はぴたりと足を止め振り返った。そして、不機嫌そうな顔で静かに付いてくる彼を見上げる。

「……リバースさん、今日はありがとうございました。わざわざ人間界までお呼びしてしまってすみません」
「ぶふぉっ」
「はぁ?」

 一礼し、もう帰っていただいても構いませんよと告げる。
 すると師匠が吹き出すように笑い、リバースさんはその横で眉根を寄せた。

「不本意な召喚だったのでしょう? 金輪際、このように意にそぐわない貴方をお呼び立てしないようにしますので……」

 あんなにも不機嫌な様子で召喚され、今や不機嫌を超えて爆発寸前のヒトをこれ以上私の都合に付き合わせる訳にはいかなかった。
 だからこそ、もう帰っていいんだよと言ったのだが……。

「……っ、エンヴィー、この人間は……あの御方から僕達の事を何も聞かされていない(言われていない)のか?」
「く、くく……そりゃあ、あのヒトがお気に入りの人間に精霊の事なんて話す訳ねぇだろ? だから姫さんはマジで何も知らねぇの」
「チッ……どうしてこんなにも面倒(かんたん)なんだ……!」

 リバースさんが唸るような低い声を発しながら師匠を睨んだ。それを師匠は気にする様子も無く、笑い過ぎたせいか目尻に浮かんだものを拭い腹を押さえている。
 ……通訳すると……何も聞いてないのか、こんなにも厄介or面倒なんだ。って感じかしら。これ一々大変ね、本当に。
 ひとしきり大笑いして満足したのか、師匠は落ち着きを取り戻してから、リバースさんの不機嫌の原因を教えてくれた。

「あー……笑った笑った。で、姫さん。リバースの事なんですがァ……実は精霊召喚ってのは、実際に精霊と契約を結ばずとも召喚を成功させた時点でその精霊との間に仮契約が発生するもんなんです」

 獰猛にも可愛らしいようにも見える犬歯を大胆に見せ、師匠がニコニコと笑う。
 その笑顔と言葉に嫌な予感を覚えた私は、わざとらしく笑顔を作り、首を傾げて師匠の言葉をオウム返しする。

「…………仮契約とは?」
「本契約前のお試し期間っすね。実は本契約よりも仮契約の方が精霊への契約の束縛が強いんで、リバースは逃げ出したくても逃げ出せない状況なんすよ〜」

 うーむ、つまりバイト前の研修期間みたいなものね。
 ほうほうなるほどぉ……リバースさんは半ば強制的に人間界に繋ぎ止められているのね。その仮契約とやらのせいで。
 貼り付けたような笑顔の仮面に、それを溶かす毒のような冷や汗が滴る。
 頬がぴくりと動き、ついに外向の笑顔が崩れてしまった。
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