だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
「それでは御機嫌よう、兄様。また会う時まで」

 妹は社交界の淑女のようにスカートを摘み、微笑みと共に別れを切り出した。その明らかな違和感に呆気にとられて、僕はしばらくその場で立ち尽くし動く事が出来なくなっていた。
 完璧な微笑みの後……妹が横を通り過ぎる際に見えた瞳は僕への明確な敵意に溢れていた。
 ……分からない。一体何があったんだ。熱とは人間の人格にまで影響を及ぼすものなのか?
 いや、これからはあの面倒な妹に関わらなくてもいいと思うと気が楽になるのだが……どうして、こんなにも気になってしまうんだ。
 これまであれに、毛程も興味を抱いた事はなかったのに。

「………いつもなら、もっと……」

 小さく呟きながら振り返り、妹の進んでいった道を見る。しかしそこには既に妹の姿は無かった。
 ……どうして僕はあれの姿を追ったんだ。おかしくなった妹を見て、僕までおかしくなったのか?
 分からない。妹もそうだが、何よりも自分の事がよく分からない。このまま考えていても堂々巡りだ。
 ──これはきっと、建国祭の疲れから来たものだろう。そうだ、そうに違いない。
 自分にそう言い聞かせて、僕は自室へと戻る。疲れているのだろうから、体を休めるべく横になる。そして僕は、瞼をゆっくりと閉じた──……。


♢♢♢♢


 夜。いつも通り父上と二人で食事をとる。……この場に妹はいない。父上の命令で、妹はいつも皇宮の自室で食べている。
 カチャカチャと皇家の家紋が入った銀のカトラリーを動かし、静かに食事をする。
 なんの会話も無い静かな食事……それがいつもの事なんだが、今日は違った。

「……父上。実は今日、式典の後に散歩中の妹と会いました」

 寝て起きてもまだあの事がどうにも頭に引っかかっていて、僕は無意識のうちに父上に報告してしまった。しまった、と僕はハッと息を飲んだ。
 父上は妹を嫌っている。こんな話を食事中にするなんて……!

「ケイリオル、あれは確か今日は病欠では無かったか」
「はい、確かに今朝方見た彼女は熱に侵されていました。あの様子ですと後一日程は回復しなさそうだと予想していたのですが」

 父上は肉を切り分ける手を止める事もなく、業務連絡のように側に控えていたケイリオル卿に確認をした。
 ケイリオル卿は父上の側近かつこの国の宰相かつ皇帝直属近衛騎士団団長という肩書きを持つ、非常に優秀な人。
 ……何故か常に顔に布を付けていて、その素顔は誰も見た事が無いとか。
 僕も偶にだが彼から様々な事を教わっている。彼が何者なのかは全く知らないし、知る必要の無い事だと思っている。
 彼が父上の忠臣である以上、僕達の障害になる事だけはまず有り得ないからだ。
 ケイリオル卿に確認をとった父上は、非常に興味なさげに言い捨てる。

「そうか。あれの事など放っておけ、フリードル。所詮あれは道具に過ぎない」
「……分かりました。食事の邪魔をしてしまい申し訳ございません、父上」

 父上からの返事は無い。
 そして、僕よりも一足先に父上は食事を終え、執務室に戻って行った。しかしケイリオル卿は父上に付いていく事なく、この場に残っていて。

「フリードル殿下、少し、お伺いしても宜しいですか?」

 食事をある程度終え口元を拭こうとナプキンを探した時に、ケイリオル卿がそれを差し出してきた。
 誰よりもこの国の事情に通じているとさえ言われているケイリオル卿が、一体僕に何を……?
 そう思いつつも僕はナプキンを受け取り、口元を拭ってから、

「構いませんよ」

 と答える。すると、ケイリオル卿は「先程の話ですが……」と口を切った。
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