だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
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 静かな部屋にペラリ、ペラリと紙を捲る音が鳴る。
 檸檬色の瞳は様々な文字列を映しては、それを記憶に焼き付けた。

(……──帝国の王女、アミレス・ヘル・フォーロイト。兄は皇太子フリードル・ヘル・フォーロイト、父は皇帝エリドル・ヘル・フォーロイト、母は……アーシャ・ヘル・フォーロイト。既に死んでしまっている。幼い頃よりただの一度も社交界に現れず、王女でありながら剣を握ると言う噂から『野蛮王女』などと揶揄されている。そして、皇帝と皇太子より疎まれている? そんな事が……)

 真夜中。大聖堂が一室、聖人専用の執務室にて。
 ミカリアは数時間かけて部下に調べさせたアミレス・ヘル・フォーロイトに関する調査結果の資料に目を通していた。
 そしてその情報の少なさに驚いた。普通、一国の王侯貴族ともなれば本人が幼くとも相当量の調査結果があがる筈なのだが……アミレスのそれは本当に少なかった。
 まぁ、事実これまでの人生で記録に残るような事は何もしていないのだから当然と言えば当然である。
 だがそれこそがミカリアの興味を惹くに十分な理由となった。
 国教会の力を以てしても全然出てこなかった情報。そして出てきた数少ない情報から分かるアミレスと言う人間の不憫な境遇。
 それらがミカリアの目に留まってしまったのだ。

(……このような境遇にあったからこそ、精霊と上手くやっていけるのかな。環境の影響で心が荒んだりせず、精霊に気にいられるような綺麗な心を持っているんだろう)

 上位精霊を召喚し契約した訳ではなく、ただただ仲良くしている。形ある精霊に頼み事を聞いて貰える程に、上手くやっている。
 それがどれ程凄く困難な事かミカリアは理解していた。だからこそ、見た事も話した事も無いアミレスを尊敬したのだ。

(オセロマイト王国で病が流行っていると言う話は少し前に聞いた気がするけれど……おかしいな、うちの大司教達が行ったんじゃなかったのか? まさか断ったとか……後で彼等に話を聞きに行かないといけないね、これは。大司教達の派遣がない為、聖人の僕が大司教達を動かせと…………)

 その文面を見て、ミカリアは少しムッとした。気に食わない事があったのである。

「……それなら僕に来いと言えばいいのに。ただ大司教達を動かすだけなら普通に書信を送れば一発だよ。なのに……わざわざ精霊を使ってまで僕に届けたい内容がこれって、信用されてないのかなぁ、僕……これでも何十年と聖人やってるのに……」

 はぁ。とため息をつき美しい顔に陰を落として項垂れる。
 寧ろ、その聖人と言うネームバリューのせいでアミレスがその方法を思いつかなかったと言う事に、ミカリアは気づく気配が無かった。
 アミレスは、ミカリアと言う人間《キャラクター》を知るからこそ、その手段を取れなかったのだ。
 アミレス以上に表舞台に顔を出さない聖人に、わざわざ遠方まで行って大勢の病人の治癒をしろなどと言える筈が無い。その事に常識知らずの男は気づかないのであった。
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