だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
「ハミルディーヒの方はどうだ」
「つい先日まで辺境でコソコソと戦力拡大をしていましたが、今は王都で少々揉めているようです。何でも王太子が事故で昏睡状態となり、後継者問題が発生したとか。その事もあって加護属性《ギフト》の件は出遅れていたようです」

 予想以上につまらない問題に足を取られているハミルディーヒ王国に、エリドルは思わず苦虫を噛み潰したような表情となった。

「相変わらずと杜撰だな、あの愚王は。後何年……ハミルディーヒが仕掛けて来おるまで待たねばならぬのか」
「……戦争を起こすにしても後継者問題が落ち着いてからでしょうから、後継者教育等も含め短くても二年程はかかりそうですね」
「二年か……長いな。本当に何から何まで愚鈍な奴だ」

 口の端を苛立ちに歪ませ、氷の怪物……無情の皇帝は吐き捨てるように言った。
 彼の発言はまるで、戦争をしたがっているような……聞いた者の肝を凍てつかせるようなものだった。

「…………では、私めはここで失礼致します。御用の際はお呼び下さいまし」

 一通りの報告を終えたヌルは音も無く姿を消した。
 執務室に一人となったエリドルは報告書を粉々に破り捨てた。もう既に全て目を通し記憶した為、彼にとって紙に情報を残す必要は無いのである。
 そしてエリドルは喉が乾いたのかティーカップを手に取り、何も注がれていない事に気づく。

「……侍女を呼ぶのも面倒だ」

 そう呟くとエリドルは、執務机の一番下の引き出しから手のひら程の大きさの瓶を取り出した。その中には淡く光を纏う綺麗な液体が並々と入っている。
 それをティーカップに注ぎ、更には氷の魔力で作り出した小さな氷をカップに入れた。普段ならまずしないような非常識な飲み方である。

(──加護属性《ギフト》、か……)

 冷気が漏れ出るほど冷やされた液体で喉を潤す。その液体は瞬く間にエリドルの体中へと行き渡り、彼の疲労が溜まった全身をたちどころに癒してせしめた。
 何を隠そうこの液体、万能薬と同等の効能がある聖水と呼ばれるものなのだ。
 エリドルは皇帝と言う立場上、常にあらゆる危険を警戒する必要がある。
 その為、いざと言う時の備えとして聖水を常備している──……と言う訳ではなく、ただ、これを飲めば徹夜も過剰労働も全く問題無いと言う理由で、一本で帝都に一軒家を建てられる程の私財を使い聖水を購入している。
 現在、この聖水の劣化版を大量生産し労働者達に与えれば無限に働けて良いではないか。と言う非人道的計画を推し進めようとして、人の心がわかるケイリオルが必死に止めている所なのである。

「…………いつ飲んでも不味くも美味くもないな、聖水は」

 揺らぐ水面を見つめながらエリドルはティーカップを小さく動かしていた。カラン、カラン、と氷が動きぶつかり合う音が耳に届く。
 大変貴重な聖水を飲み慣れているからこそ出来るその発言を、誰も聞いていなくて本当に良かったと思う。
 その発言がどれ程反感を買うかエリドルは全く考えていないのだから。……もっとも、反感を抱いた所でそれをエリドルにぶつけられる猛者がいるのならば、逆に見てみたい気もするが。
 こうして夜は更けてゆく。様々な場所、様々な人々の思惑が複雑に……見えないどこかで絡まり始める。
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