だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
「──卿。……ル卿。ケイリオル卿、聞こえてますか?」
「っ!! あぁ、貴女でしたか……申し訳ございません。少々考え事をしていて」

 勢い良く顔を上げた先には、彼女の専属侍女たるハイラが訝しげに眉を顰めて立っていた。いくら考え事をしていたとはいえ、私に気取られずにここまで侵入出来るのは中々……やはり侮れない……。
 そんな彼女の手には幾枚もの紙が握られていて、それを私の前に置いて彼女は言った。

「こちらの申請書を受理しては頂けませんか」
「これは……爵位の簒奪許可? 何故このようなものを?」

 渡された申請書に目を通し、私は自身の目を疑った。
 名のある名家に産まれながらもその名を名乗る事を酷く嫌った彼女より、爵位を簒奪するなどと言う言葉が出てくる事に驚いた。
 私にそう問われたハイラは少し間を空けて答えた。

「…………庶子である私が当主になるには簒奪するしか方法が無いので」
「何故、当主になろうと? 貴女はあの家を嫌っていたのでは」
「……私は姫様の為に生き、姫様の為に死ぬつもりです。姫様がこの先醜悪な権謀術数に巻き込まれ苦痛を感じる可能性が生じた以上、何もしない訳にはいかなくなったからですわ」

 ……あぁ。何と羨ましい事か。何と眩い事か。
 彼女の為に全てを賭す覚悟があり、それを実現する行動力がある。
 陛下の側近と彼女の味方……その狭間でどっちつかずに宙ぶらりんな私には無い、覚悟だ。
 ただそれが羨ましくて、妬ましくて……気がつけば私は少し意地の悪い事を口にしていた。

「歴史ある家門と一族全てを犠牲にしてでも、王女殿下をお守りしたいと?」

 しかし彼女は、間髪入れずにそれに答えた。

「勿論。歴史も血縁もどうでもいい……姫様の幸せをお守り出来るのであれば、そのようなもの、いつ捨ててしまっても構いません」

 そもそも私には、もう要らないものなので。と彼女は凛々しい顔付きで語った。
 不覚にも、格好いい。と思ってしまった。それと同時に自分の愚かさと女々しさに嘲笑が漏れてしまった。

「ははっ。ランディグランジュ家の爵位簒奪でも当時は大騒ぎだったと言うのに、また騒ぎが起きてしまうのですね」
「……では、簒奪しても宜しいのですね?」
「くふっ……」

 大真面目な顔で爵位を簒奪しても良いかと聞いてくる侍女に、誰が笑わずにいられるだろうか。少なくとも私は無理だった。
 突然笑った為かハイラはこちらをキッと睨んで来た。それを受けてごほん、とわざとらしく咳払いをし、私は彼女に告げた。

「えぇ、構いませんよ。そしてどうか……王女殿下を守って下さい。権謀術数だけでなく、外敵からも権力からも。どうか、どうか──我等が皇帝陛下より、守り抜いて下さいませ」

 ゆっくりと、深く、深く、祈るように頭を下げる。
 私には不可能ですが……きっと貴女達ならば可能でしょう。何故なら私には陛下の気を逸らす事しか出来ないから。
 陛下を変える事も、止める事も、彼女を守る事も、救う事も、私には絶対に不可能だ。
 だからどうか貴女達が。私よりもずっと自由の効く立場にある貴女達が、私達の可愛らしいお姫様を守って下さい。
 無責任で自分勝手だとは分かっております。重々承知の上です。
 ですがどうか……この願いを叶えて下さい。
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