だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
「ある人ってだぁれ?」

 興味津々とばかりにシュヴァルツ君が首を傾げる。
 僕は少し間を置いてから、彼の不思議な瞳を見つめて答えた。

「──ミカリア・ディア・ラ・セイレーン。人類最強と誉高い、聖人様だよ」

 生まれてすぐの頃より追いかける事を強要され続けた遥か遠くの背中。
 その名を告げた所、シュヴァルツ君は少し目を丸くした後、「ぷっ」と笑いだして。

「ぷは、あははははっ! そうか。聖人ときたかぁ〜いやぁ、面白い事を考えるねぇリードの父親は」
「そうだろう? いい歳してまだ夢見てるんだ」

 何かが相当ツボに入ったのかシュヴァルツ君は、お腹を抱えてしばらく笑い転げていた。ひとしきり笑って満足したのか目尻に少量の涙を浮かべ、シュヴァルツ君は「ひぃー……っ」と余韻に浸っていた。
 そしてその後、僕の顔を見上げて未だ楽しそうに弾む声をもらした。

「……でも不可能でも無いと思うよ。リードなら多分……頑張れば聖人と張り合えるようになるんじゃないかなぁー?」

 頭を鈍器で殴られたような気分だ。ただ呆然と立ち尽くす僕の前に移動して、シュヴァルツ君はいつの間にか元通りになっているパイプをこちらに向けて不敵に笑った。

「超える事は無理だろうね。でも張り合うぐらいなら多分可能だ。だって君──聖人と同じぐらいの土台はあるだろ?」

 話してないのに、彼はどうやら僕の立場にも気づいてしまったらしい。
 ……まぁこの子ならそれも不思議ではないか。何者か未だに分からないし。
 それにしても……超える事は出来ずとも張り合う事は出来る、か。

「……本当に、僕があの聖人と張り合えると?」
「うん。リードは愉快な程色んなものが揃ってる。足りないのは確固たる目標や使命だけだ。それさえ揃えば……張り合うぐらいはいけるんじゃない?」

 僕の問にシュヴァルツ君は即答した。
 ──目標、使命。そんなもの確かに今まで無かった。核心を突かれたような気分だった。

「だってほら。リードは今までずっと嫌々やらされて来たんでしょ、何もかも自分の意思とは関係なしにさ。だからもう、そういうのやめちまえよ。他人の言葉や意思とか関係なく自分勝手に好きに生きてこそじゃん?」

 その少年は嗤う。今まで見て来た無邪気な笑顔が嘘のように、禍々しく邪悪に笑った。
 妖しく光る金色の瞳の中でひし形に瞳孔が開かれる。それは人間のものと思えない程鋭く、瞳もろとも悦楽に歪められた。
 ああ、やっぱりこの少年は……人ではないんだな。
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