だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
「──ハイラ、というのはどうですか?」

 息が、止まるかと思いました。何故その名が…何故その言葉がここで出てくるのかと、戸惑いました。
 ……それは、あの絵本の主人公の名前。大好きなあの絵本の……。
 戸惑いに溺れる私を置いて、王女殿下は続けた。

「その……あなたは、とってもやさしい人だから。あの絵本のしゅじんこうみたいに、こころやさしい人だとおもったんです」
「……っ」

 かつての記憶が、いつかの思い出が蘇る。
 夜寝付けなくて、お母さんに読み聞かせてもらった絵本。私は……その主人公に憧れていました。
 優しくて、強くて、大切な人を守れるだけの力があって。大好きなお母さんを守れない私からすれば、とても羨ましい存在でした。
 でもお母さんは絵本を読む度に『貴女は最初からハイラのように優しい素敵な女の子よ』と私に言っていました。
 それでもハイラになりたいと駄々をこねる私に、お母さんはいつも『きっとなれるわ。貴女はとっても心優しい子だから』と言って頭を撫でてくれました。
 ……ハイラのような優しくて強い人になりたい。そんな夢は、もう私の中には無い。なぜなら、もう、私が一番守りたかった人はこの世にいないのですから。

「…………っ」

 急に目頭に熱がこもり、私は母への感情を溢れさせてしまった。王女殿下の目の前で、無様にも泣いてしまったのです。
 つい先日亡くなったばかりの母を思い出して、王女殿下のお言葉に涙してしまった……必死に涙を止めようとしましたが、止まる気配はありません。
 とめどなく涙を溢れさせる私を、王女殿下はとても心配して下さりました。
 今日会ったばかりなのに、どうしてこの御方は私の事をあのように評価して下さるのか。今日会ったばかりなのに、どうしてこの御方は私の心の壁をいとも容易く壊してしまったのか。
 今すぐにでも泣き出してしまいそうな御顔の王女殿下に、私は「大丈夫です。すみません、取り乱して」と伝える。
 新品の侍女の服の袖を涙に濡らしながら、私は王女殿下に向けて、またもや質問を投げかけました。

「……本当によろしいのですか? 私が、その名を賜っても」

 王女殿下のお言葉に意を唱えるなど許される事ではありません。ですが、どうしても確認しておきたかったのです。
 私に、その名を名乗る資格があるのかを。
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