だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
(……誰にも、見られてないよな?)

 キョロキョロと辺りを見渡して、深夜故の人影の無さにアルベルトはホッとため息をこぼす。
 そして彼は、己の首にある効力を失った隷従の首輪を隠すようにマフラーを口元まで上げて歩き出した。
 ザク、ザク、と雪を踏みしめて歩く。この雪ならば朝にはこの足跡も消えている事だろう。それだけ、この日は雪がよく降っていた。
 暫く歩くと男爵の邸に辿り着いた。いつも通り闇の魔力で姿を隠し、裏口から中に入る。肩や頭についた雪を手で払い落とし、アルベルトは男爵の元へと向かった。

(…………どうせ男爵は、彼女と違って俺の言葉を信じない。だからどれだけ適当にやっても問題は無いだろうけど……もし、俺がいい加減にやって彼女の計画が狂ってはいけない。報告する時の声、口調、表情、全てを今までと同じようにしなければ)

 闇の魔力を持つ者は、それのコントロールと共に自身の感情をもコントロールしうる才能を持ち合わせる事が多い。感情に留まらず、ありとあらゆる自身の全てを客観視し制御する事が出来る。
 今まではずっと精神面において限界ギリギリの所で耐えていた為かその余裕が無かったものの、この国の唯一の王女がその名にかけてただ一人の平民に誓った事が……その事実が、アルベルトの心に僅かな余裕と安寧を齎した。
 故に今のアルベルトであればある程度自身を御し思い通りに偽る事も可能であった。そう、例えば……隷従の首輪で言いなりにされる自分を完璧に演じる事とて可能だろう。
 皇族がその名にかけて何かを誓うと言う事は、即ち──それは絶対に違える事のない最上級の宣言である事を示す。
 齢十二歳の世間知らずな王女は、ただ一人の平民……それも連続殺人事件の犯人である人間相手に名をかけた誓いを行った。
 ただ、その事実が。暗い沼の底で溺れ後は壊れるのを待つだけであった彼に一筋の光を灯したのだ。

「男爵、戻り……ました」

 コンコンコン、とノックしてアルベルトが部屋に入ると、

「あぁん? 遅いぞ、何処で油売ってやがった……今日もちゃんと殺れたんだな?」

 異様に酒臭い小太りの男は、ワインを片手にぐりんっと首を動かしてアルベルトを睨んだ。

「……っ、はい。ちゃんと……言われた……通りに」
「ハンッ……どうせ貴様にはそれしか出来ぬのだから、最初からきちんとやっておけ」
「…………はい」

 しっしっ、と手で追い払うようにされたアルベルトは大人しく部屋を出て小さくふぅ、と息を吐く。

(まるで気付く様子が無い。このまま男爵を騙し続けていれば、いずれ彼女が男爵を罰してくれるから……俺は、その時を待てばいい。罰を受け、罪を償い、死に際に『こんな馬鹿な事をするなんて』とエルに嗤ってもらえたら……俺はそれで満足だ)

 ゆっくりと、いつも通り(・・・・・)に与えられた部屋まで戻る。その纏う空気も息遣いも何もかもがいつもと同じ。己の変異を悟られぬよう、アルベルトは完璧に外面を偽った。
 寝台《ベッド》の上に寝転がる。希望が見えた事を改めて実感し、熱くなった目元に腕を押し当ててアルベルトは呟いた。

「……エル」

 ──記憶喪失でもなんでもいい。元気でいてくれ。
 そんなアルベルトの切実な願いは、夜闇に溶けて消えていった。
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