だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
 ケイリオルは、目と鼻の先にあったシルヴァスタ男爵の耳元に顔を寄せて囁いた。

「────」

 誰にも見えぬ布の下。ケイリオルの唇が動くと同時に、シルヴァスタ男爵の顔から徐々に生気が抜けてゆく。
 高速で顎をガタガタと震えさせ、まるで異界より降臨した怪物を目にしてしまったかのように……男は正気を失った様子となった。
 それを異常と感じながらも、実働隊はケイリオルの指示で家宅捜査に乗り出した。
 騎士の中でも腕の立つ者二人が拘束したシルヴァスタ男爵の見張りとして残り、残りの者達で邸全体を見て回る事に。それにはケイリオルも参加し、彼は殺人鬼──アルベルトの捜索に身を投じていた。
 隷従の首輪が本物か、先に見ておきたかったのである。
 そして邸内ですれ違ったシルヴァスタ男爵の手下達から、"穏便な方法"でアルベルトの居場所を聞き出し、彼の元に向かう。
 やがて辿り着いたのはごく普通の狭い個室。その扉を二度、コンコン、と叩くと。

「……どちら様、ですか」
「貴方がアルベルトですね? 私はケイリオル、各部統括責任者を務めている城の者です」

 中から、どこかで見た覚えのある痣だらけの顔の青年が出て来た。その首元にはぐるぐるとマフラーが巻かれていて。
 ケイリオルはそれをじっと見つめた後、決心したのかアルベルトに向け言い放った。

「単刀直入に言いましょう。貴方はご自身が他者の醜悪な犯罪に利用されている事はご存知でしょう、その上で申し上げます──罪人に法の裁きを受けさせる為にも、ご同行いただけますね?」

 これは賭けであった。もし万が一、シルヴァスタ男爵よりこう言った場合には抵抗するように、等の命令を受けていたならば──……アルベルトはこの申し出を断り、文字通り抵抗するだろうから。
 そうなってはとても面倒だと。負ける気はしないが、面倒なものは面倒だと思うケイリオルは、アルベルトの何処か余裕のある表情からその手の命令は受けていないと推測し、勝負に出たのだ。

「……はい。元より、そのつもり……でしたので」

 こくりとアルベルトは小さく頷いた。そしてマフラーを外し、隷従の首輪を晒す。
 ケイリオルは、かつて自分がこの手で幾つも廃棄した最悪の魔導具をまた眼にする事になり、苦い思いのままアルベルトの頭に手を置いた。
 きょとんとするアルベルトをよそに、ケイリオルは冷えた手でアルベルトの頭を何度か撫でた。

「よく、頑張りましたね。決して貴方の犯した罪が雪がれる訳ではありませんが、大半の罪はシルヴァスタ男爵が背負う事になるでしょうから……貴方に与えられる裁きは、比較的軽いモノになるでしょう」

 他ならぬあのケイリオルの口から放たれたその言葉を聞き、アルベルトは目を丸くした。

(本当に、この首輪にはそれだけの酷い価値が……)

 昨夜アミレスが言っていた通り、中々に減刑がまかり通るようで……その事にアルベルトは驚いていた。それと同時に、そこまで酷い魔導具を自分は嵌められていたのか、と悔しさを覚えた。
 そして家宅捜査を終えた実働隊が邸の玄関付近に戻ると、そこには最早笑ってしまう程の物証や証人の数々が集められていた。

 ついでにと証人達も強制連行し、実働隊はおよそ一時間程度でシルヴァスタ男爵邸から帰城した。その間もずっとシルヴァスタ男爵は正気を失った様子で、青白い顔でガタガタと歯を鳴らして震えていた。
 その後彼等罪人と証人に待ち受けるは、司法部と治安部による尋問。とは言え、今回はケイリオルが関わっていた為か全ての尋問があっさりと終わった。
 誰も彼も、ケイリオル相手に隠し事など基本不可能なのだ。
 そして司法部が徹夜で物証や証言の裏取りを始め、着実に裁判の準備を進めてゆく。
 ケイリオルの指示のもと、帝国の誇る優秀な人材達が一つの事件の解決の為、動き出したのだ。
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