だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
167.十三歳になりました。4
その日の夜、夕食も入浴も終えた私は自室でゴロゴロとしながら、ディオ達やリードさんやハイラからの手紙を読んでいた。
皆が今日だけは仕事しちゃ駄目、と言うものだから後はもう寝るだけとなったのである。
……そう言えば、毎年誕生日の夜に差出人不明の薄紅色の花が私の部屋の窓際に決まって一輪置かれていたのだが、今年は無いようだ。
皆からの手紙を見てニヤニヤしてしまう我が口元が憎い。どれだけ表情筋ゆるっゆるなのよ、まったく。こんな姿、誰にも見せられないわよ。
リードさんからの手紙もかなり嬉しかった。何せお別れすら言えなかったのだ……こうしてリードさんの近況を知れるのは嬉しいというもの。
近頃は祖国で修行に励んでいるらしい。『また必ず会おうね。今度は僕から会いに行くから』と言う一文を見つけてとても嬉しかった。ただ文句をつけるのなら、これに返事が出来ない事だろうか。
リードさんの出身がジスガランドだという事は知っているが、それ以上の踏み込んだ事は知らない。だから手紙を送ろうにも送れないのだ。……リードさんからは一方的に送れるのにね。ちょっと不公平じゃないかしら?
次に読んだハイラからの手紙はとにかく私を心配する内容だった。『睡眠はきちんと出来ていますか?』『食事はきちんととれていますか?』『着替えは一人で出来ていますか?』『仕事のし過ぎは控えてください』と、私を赤ちゃんか何かかと思っている言葉が多い。
そして仕事のし過ぎと言う言葉はそっくりそのまま貴女に返すわよ、ハイラ。過労常連の貴女にだけは言われたくないわ。
「王女殿下、少しお時間をいただいても宜しいでしょうか」
扉をノックする音と共に、イリオーデの声が聞こえて来た。適当な上着を羽織り、扉を開く。
そこには真剣な面持ちのイリオーデが立っていて。立ち話もあれだし、中に入ってちょうだいと招き入れる。長椅子《ソファ》に座るよう促すと、躊躇いつつもイリオーデは腰を下ろした。
そして、改まった面持ちで彼は口を切る。
「以前お話致しました通り……私は王女殿下が二歳の誕生日を迎えられる少し前まで、東宮にて王女殿下に仕えておりました」
そうらしいね、前にもその話は聞いたし。と私は頷いて相槌を打つ。
「当時の私には力が無く、実家の事件に巻き込まれた結果、王女殿下のお傍を離れるしかありませんでした」
「事件って?」
「俗に、侯爵家爵位簒奪事件と呼ばれているものです。兄が両親を……殺害し、その爵位を簒奪した事件。その際に私は兄に殺されると勘違いし、実家を飛び出して貧民街へと逃げ込んだ為、突然王女殿下のお傍を離れる事になったのです」
「そうだったの……」
初めて聞いた時はぼけーっとしてたから気づかなかったが、イリオーデはあの帝国の剣たるランディグランジュ侯爵家の出身なのだと言う。
訳あって家を出て、貧民街に暮らしていたそう。その訳というのが、彼の語る侯爵家爵位簒奪事件らしい。
その事件については、私も以前ハイラの授業の雑談で聞いた事がある。当時十四歳という若さで前当主を殺害し、その座についた歴代最年少の侯爵──アランバルト・ドロシー・ランディグランジュ侯爵。
しかしその概要しか聞いてなった為、イリオーデが行方不明になっていたランディグランジュ家の次男という事も、騎士界隈では有名なランディグランジュの神童という存在な事も、全く知らなかったのだ。
ランディグランジュ侯爵家という家名やその功績は知っていたが、その中の個人名までは知らなかった。もしそれを知っていたならば、もっと早くイリオーデが行方不明の神童だと気づけたかもしれないのに。
とことん興味のない事には無知で恥ずかしいな。
「王女殿下がお生まれになってから一年と少し……とても短い期間ではありましたが、私は確かにその期間を王女殿下の騎士として過ごしておりました。あの日々は、未だ我が輝かしき記憶としてこの心に残り続けているのです」
その時はまだちゃんとアミレスだったから、私はそれを知らないのだけど……でも、どこか胸の奥が温かくなってくる。もしかしたらアミレスはこの事に心当たりがあるのかも。
それに、イリオーデの話し方や表情からその感情が伝わってくるようで。本当に、イリオーデにとってもアミレスにとってもその一年と少しは思い出に残る期間だったのだろう。
「私は騎士として貴女様をお守りすると誓いました。その誓いが為に生きると決めていたにも関わらず、私は貴女様のお傍を離れてしまいました。騎士でありながら、誓いを違えてしまったのです」
「でもそれは貴方の意思じゃないんでしょう?」
「私の意思で無いにしろ、私が王女殿下へと捧げた誓いを違えた事に変わりはないのです」
「……生真面目なのね、貴方は。そんなに思い詰める必要は無いと思うけれど」
私が慰めの言葉をかけても、イリオーデの表情は曇る一方。彼は実直な人だ。騎士の中の騎士と言うべき、芯のある人。
だから深く考え過ぎてしまうのかも。
「それでも、今こうして私の騎士として傍にいてくれているのだから、そんなに気にしないでちょうだい」
だからこそ伝えるべきだと思った。気にしないでいいのだと。
真面目過ぎるイリオーデの事だから、きっとその誓いを違えた事をずっと後悔し、それが重荷となっていたのだろう。だからその重荷を少しでも降ろせるよう、私なりの言葉を尽くそう。
きっと、アミレスもこれを望んでいるだろうから。
「今も昔も私の騎士は貴方だけよ、イリオーデ。私の元に戻って来てくれてありがとう」
「……っ!」
見開かれるイリオーデの瞳。いつかの朝のように、その瞳は涙を溢れさせた。そして、感動に濡れる目元を手の甲で必死に拭っている。
前からずっと思っていたけれど、本当にイリオーデの涙は綺麗だな。本人がとても綺麗な事もあって、絵画のよう。
それはともかくだ。引き出しからハンカチーフを一つとって来て、それをイリオーデに「これ使って」と手渡す。
弱った表情で、イリオーデは恐る恐るハンカチーフを使った。そうやってひとしきり涙を拭った後、少し赤みがかった目元で彼は立ち上がり、深く腰を曲げて懇願して来た。
皆が今日だけは仕事しちゃ駄目、と言うものだから後はもう寝るだけとなったのである。
……そう言えば、毎年誕生日の夜に差出人不明の薄紅色の花が私の部屋の窓際に決まって一輪置かれていたのだが、今年は無いようだ。
皆からの手紙を見てニヤニヤしてしまう我が口元が憎い。どれだけ表情筋ゆるっゆるなのよ、まったく。こんな姿、誰にも見せられないわよ。
リードさんからの手紙もかなり嬉しかった。何せお別れすら言えなかったのだ……こうしてリードさんの近況を知れるのは嬉しいというもの。
近頃は祖国で修行に励んでいるらしい。『また必ず会おうね。今度は僕から会いに行くから』と言う一文を見つけてとても嬉しかった。ただ文句をつけるのなら、これに返事が出来ない事だろうか。
リードさんの出身がジスガランドだという事は知っているが、それ以上の踏み込んだ事は知らない。だから手紙を送ろうにも送れないのだ。……リードさんからは一方的に送れるのにね。ちょっと不公平じゃないかしら?
次に読んだハイラからの手紙はとにかく私を心配する内容だった。『睡眠はきちんと出来ていますか?』『食事はきちんととれていますか?』『着替えは一人で出来ていますか?』『仕事のし過ぎは控えてください』と、私を赤ちゃんか何かかと思っている言葉が多い。
そして仕事のし過ぎと言う言葉はそっくりそのまま貴女に返すわよ、ハイラ。過労常連の貴女にだけは言われたくないわ。
「王女殿下、少しお時間をいただいても宜しいでしょうか」
扉をノックする音と共に、イリオーデの声が聞こえて来た。適当な上着を羽織り、扉を開く。
そこには真剣な面持ちのイリオーデが立っていて。立ち話もあれだし、中に入ってちょうだいと招き入れる。長椅子《ソファ》に座るよう促すと、躊躇いつつもイリオーデは腰を下ろした。
そして、改まった面持ちで彼は口を切る。
「以前お話致しました通り……私は王女殿下が二歳の誕生日を迎えられる少し前まで、東宮にて王女殿下に仕えておりました」
そうらしいね、前にもその話は聞いたし。と私は頷いて相槌を打つ。
「当時の私には力が無く、実家の事件に巻き込まれた結果、王女殿下のお傍を離れるしかありませんでした」
「事件って?」
「俗に、侯爵家爵位簒奪事件と呼ばれているものです。兄が両親を……殺害し、その爵位を簒奪した事件。その際に私は兄に殺されると勘違いし、実家を飛び出して貧民街へと逃げ込んだ為、突然王女殿下のお傍を離れる事になったのです」
「そうだったの……」
初めて聞いた時はぼけーっとしてたから気づかなかったが、イリオーデはあの帝国の剣たるランディグランジュ侯爵家の出身なのだと言う。
訳あって家を出て、貧民街に暮らしていたそう。その訳というのが、彼の語る侯爵家爵位簒奪事件らしい。
その事件については、私も以前ハイラの授業の雑談で聞いた事がある。当時十四歳という若さで前当主を殺害し、その座についた歴代最年少の侯爵──アランバルト・ドロシー・ランディグランジュ侯爵。
しかしその概要しか聞いてなった為、イリオーデが行方不明になっていたランディグランジュ家の次男という事も、騎士界隈では有名なランディグランジュの神童という存在な事も、全く知らなかったのだ。
ランディグランジュ侯爵家という家名やその功績は知っていたが、その中の個人名までは知らなかった。もしそれを知っていたならば、もっと早くイリオーデが行方不明の神童だと気づけたかもしれないのに。
とことん興味のない事には無知で恥ずかしいな。
「王女殿下がお生まれになってから一年と少し……とても短い期間ではありましたが、私は確かにその期間を王女殿下の騎士として過ごしておりました。あの日々は、未だ我が輝かしき記憶としてこの心に残り続けているのです」
その時はまだちゃんとアミレスだったから、私はそれを知らないのだけど……でも、どこか胸の奥が温かくなってくる。もしかしたらアミレスはこの事に心当たりがあるのかも。
それに、イリオーデの話し方や表情からその感情が伝わってくるようで。本当に、イリオーデにとってもアミレスにとってもその一年と少しは思い出に残る期間だったのだろう。
「私は騎士として貴女様をお守りすると誓いました。その誓いが為に生きると決めていたにも関わらず、私は貴女様のお傍を離れてしまいました。騎士でありながら、誓いを違えてしまったのです」
「でもそれは貴方の意思じゃないんでしょう?」
「私の意思で無いにしろ、私が王女殿下へと捧げた誓いを違えた事に変わりはないのです」
「……生真面目なのね、貴方は。そんなに思い詰める必要は無いと思うけれど」
私が慰めの言葉をかけても、イリオーデの表情は曇る一方。彼は実直な人だ。騎士の中の騎士と言うべき、芯のある人。
だから深く考え過ぎてしまうのかも。
「それでも、今こうして私の騎士として傍にいてくれているのだから、そんなに気にしないでちょうだい」
だからこそ伝えるべきだと思った。気にしないでいいのだと。
真面目過ぎるイリオーデの事だから、きっとその誓いを違えた事をずっと後悔し、それが重荷となっていたのだろう。だからその重荷を少しでも降ろせるよう、私なりの言葉を尽くそう。
きっと、アミレスもこれを望んでいるだろうから。
「今も昔も私の騎士は貴方だけよ、イリオーデ。私の元に戻って来てくれてありがとう」
「……っ!」
見開かれるイリオーデの瞳。いつかの朝のように、その瞳は涙を溢れさせた。そして、感動に濡れる目元を手の甲で必死に拭っている。
前からずっと思っていたけれど、本当にイリオーデの涙は綺麗だな。本人がとても綺麗な事もあって、絵画のよう。
それはともかくだ。引き出しからハンカチーフを一つとって来て、それをイリオーデに「これ使って」と手渡す。
弱った表情で、イリオーデは恐る恐るハンカチーフを使った。そうやってひとしきり涙を拭った後、少し赤みがかった目元で彼は立ち上がり、深く腰を曲げて懇願して来た。