だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
「……私からこのようにお願い申し上げるなど、本来許されぬ事とは重々承知の上。しかしそれでも懇願せずにはいられないのです──……どうか、今一度。貴女様に永遠の忠誠を誓う事を、お許しください」

 突然の事に目を丸くして、私は悩む。
 彼の言う誓いは……多分騎士の誓いの事だろう。我が国で行われる騎士の誓いの多くは、見習いから正規の騎士となる叙任式にて皇帝ないし皇太子に対して行われる。
 その騎士の誓いを、彼は私に対して行いたいのだという。皇帝でも皇太子でも無く、野蛮王女と呼ばれるこの私に。

「本当に構わないの? 私が主で」
「王女殿下でなければならないのです。私が忠誠を捧げる御方は、今生において王女殿下ただ御一人です」

 彼が深く頭を垂れている為、その表情は良く見えない。しかしその声から真剣そのものである事だけは分かる。
 ──『私』が初めて彼に会った時から抱いていた疑問。どうして、イリオーデはこんなにも私に尽くしてくれるのだろうと。

 違えてしまったと言いつつも、イリオーデは私に会ってからずっとその誓いを守ろうとしていた。ずっと、アミレスの騎士であろうとしてくれた。
 その気持ちに、アミレスならざる私が答えるのは少し違うと思うけれど……きっと、こればかりはアミレスも同じ答えだと思うから。

「…………分かったわ。しましょうか、二人だけの叙任式を」

 バッと上げられたイリオーデの顔は喜びに染まっていた。 こちらもニコリと微笑み、なんちゃって叙任式の準備を始める。……とは言えども、イリオーデからその剣を預かっただけである。
 その剣を見て、私は少し嬉しい気持ちになった。この長剣《ロングソード》は以前イリオーデの誕生日にプレゼントしたもの。半年程前に彼に何が欲しいかと聞きまくった結果、何とか聞き出せた答えが、『……では、剣が欲しいです。主より剣を賜る事は、騎士にとって非常に重要な事ですので』というものだった。

 その為、冬に入る前に選りすぐりの物を購入し、そして以前の誕生日に渡したのだ。ちなみに、私兵団全員の誕生日を私は祝っている。主としては当然の事よね。
 話の腰が折れてしまったが、そんな流れで私はイリオーデに剣をプレゼントし、彼はそれを愛剣として大事に使ってくれているらしい。見た感じ物凄く丁寧に手入れもされているようだ。

 こんなにも大事にして貰えるなんて、プレゼントした側としてはこれ以上ない喜びというもの。
 自然と口角だって上がってしまうというものよ。

「さて。では始めましょうか」

 気を取り直して、私はなんちゃって叙任式の開始を告げる。
 それと同時にイリオーデが私の足元にて跪く。月明かりと魔石灯《ランタン》が照らす室内で、私はいつか見た叙任式の文言を思い出しつつ口を開く。

「──イリオーデ・ドロシー・ランディグランジュ。汝はいついかなる戦場においても強くあり、いついかなる戦況においても聡明であり、いついかなる環境においても正義であると誓うか」
「はい。誓います」

 イリオーデの返答を受け、私は彼の剣を抜き、その剣の平を彼の肩に乗せる。
 そして更に、私は必要な文言を口にしてゆく。

「永遠なる忠誠を捧げ、誰にも負けぬ武勇を誇り、その身に恥じぬ礼節を弁え、深き慈愛と厚き奉仕にて我が国を支えよ」

 すぅっ、と息を吸ってラストスパートをかける。

「強くあれ。聡明であれ。正義であれ。慈悲深くあれ。冷徹であれ。謙虚であれ。強欲であれ。汝の剣、汝の誓いは我が元に。その身命が尽きるまで、汝が我が下に跪く事を許そう」

 本来ならば、ここで騎士側の誓いの言葉が入って叙任式は終わりなのだが……これはなんちゃって叙任式。私とイリオーデ二人だけの騎士の誓いだ。
 少しぐらい改変したって許されるでしょう?

「最後に。もう一度、私だけの騎士となる事を許しましょう」
「っ!!」

 イリオーデの体がビクリと反応する。しかしそれも束の間、喜びを噛み締めるような彼の誓いが聞こえて来る。

「……──我が名、イリオーデ・ドロシー・ランディグランジュ。我が身命が尽きるその日まで。我が剣、我が志が打ち砕かれるその時まで。この身総てを王女殿下に捧げる事、我が騎士道においてここに誓います」

 騎士側の誓いを受け、最後に主側が一言告げる。それにて、叙任式は終わりを迎える。

「我が騎士、イリオーデ・ドロシー・ランディグランジュよ。汝がこれより私の騎士となり、その剣を捧げる事──この誓いにおいて許します」
「はっ!! 御意のままに!」

 剣を鞘収め、イリオーデに返還する。それを受け取ったイリオーデがおもむろに立ち上がり、剣を腰に帯びてから改めて跪いた。
 そして、私の手を取り──。

「敬愛せし我が主君。永遠なる忠誠を、貴女様に」

 手の甲に柔らかな口付けを落とす。こんなの叙任式には無い! 私がアドリブしたからイリオーデまでアドリブで返して来たじゃないの!
 突然の事にかなりテンパってしまう。しかもなんとこれだけで終わりではなかった。突然長椅子(ソファ)に座らされたかと思えば、何故か私の足を持ち上げて彼は脛にまで口付ける。

 あまりの恥ずかしさと当惑からまともに声を出せない。「え、ちょっ」みたいな声しか喉から出てくれないのだ。
 脛が終われば今度は足の甲まで。イリオーデは真剣な表情で人の身体にたくさん口付けて来た。
 なんなの、本当になんなの?! 顔から火が出そうなくらい熱いし…………っ、イケメンにこんな事されて照れるなって言う方が無理あるって!

 あまりの恥ずかしさからダウンしてしまいそうな所に、イリオーデの幸せそうな微笑みという追い討ちを食らい、私は無事にダウンした。
 精神的に凄く追い詰められた気分です。……というか、本当に何なのよあの謎のキスラッシュは!!
 結局その意味は分からずじまい。目を閉じるとその光景がフラッシュバックして、誕生日の夜なのにロクに眠れないなんて珍事になってしまった。
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