だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

173.絢爛豪華なパーティー3

「あれ。どうかしたの、イリオーデ。そんなに周囲を見渡して」

 いつの間にか飲み物を取りに行っていたらしいイリオーデが、かなりキョロキョロしていたのだ。何かあったのでは、と私は勘繰ったのである。

「社交界に出たのは十数年振りですが……相変わらず、不躾な輩が多いと思いまして。どうにかして王女殿下とお近づきになりたい──……そのような魂胆が見え透いている者が多く群がってきていますので…………」

 軽く頭を左右に振ってから、イリオーデはまた周囲に睨みをきかせる。
 確かに、スイーツを食べているうちに少し離れた所に随分と人集りが出来ている。それは半円状に私を囲むように出来ていて。
 シャンパージュ伯爵家とララルス侯爵家とランディグランジュ侯爵家に支持される私を、虎視眈々と狙っているようだ。

 ……シャンパージュ伯爵家はともかく、他二つの家門は本当によく分からないけどね。何だか身に覚えの無い噂も流れているみたいだし。
 ランディグランジュ侯爵家はイリオーデの実家だから、まぁまだ分かるけど……ララルス侯爵家は何なのかしら。未だによく分からないわ。

「流石に社交界のルールを犯す程の者はいないようね。助かったわ」
「そのような者が現れた時にはこの手で地に這いつくばらせます」
「……マナーを間違えただけでそこまでしなくてもいいわよ。その時は厳重注意で済ませてあげて」
「王女殿下がそう仰るのであれば」

 この社交界のルール──……マナー、それは『位の低い者は己より高い位にある者に声を掛けてはならない』というもの。ただしこれは、『相手が下の位の者に声を掛けた後、無効となる』マナーであり、周りの人達が私に声を掛ける為には、まず最初に私が誰かに声を掛ける必要があるのだ。
 とても厄介だろう。ややこしいだろう。だがこれがフォーロイト帝国が社交界のマナーなのだ。

 だからだろうか。誰も話し掛けて来なくてとても楽ではあるものの、同時に『誰でもいいから早く誰かに声を掛けろ』と言った圧をひしひしと感じる。
 いやいや皆さん、貴方方は今まで私の事を野蛮王女だなんだと悪し様に言っていたのでしょう。何で私に関わろうとするのよ、やめてよ。

 恐らくだが、ここにイリオーデがいなかったならばマナーとか関係無しに、常識の無い人に声を掛けられていただろう。イリオーデ──ランディグランジュ侯爵家の存在が抑止力としてかなり作用しているようだ。
 図らずともランディグランジュ侯爵家の権威を利用する事になってしまって、何だか申し訳ないわね。

「メイシアと伯爵夫妻とマクベスタ以外に会う予定の人がいないから、特に話し掛ける相手もいないのよ」

 陰で人を馬鹿にするような人達とあんまり関わりたくない。というのが本音である。
 こんな自分勝手な本音さえも、イリオーデは肯定するのだ。

「無理に声を掛ける必要も無いかと。下々の者に対して、王女殿下がそのように気を使われる必要などございません」

 言い方に少し棘があるが、こんな風に全肯定されてしまうと……私のような心の弱い人間はすぐに自分を甘やかしてしまいそうになる。

「そう言って貰えて気が楽になったわ。ありが……」

 イリオーデに感謝を伝えようとしたその時。立食用テーブルの前で騒ぎが起きた。

「おいおい……これ、どうしてくれるんだ? この日の為にあつらえた特注の衣装なんだが」
「ち、ちがっ…………わたしは、そんな事……っ!」
「人様の服汚しておいて言い逃れが出来るとでも?」
「俺達、あんたがこいつの服にジュースをかけた瞬間をしっかり見てたんだよなぁ?」
「わた、わたしは……っ」

 一人の気弱そうな令嬢が、三名の男達に囲まれている。
 令嬢の手には僅かな量だけが残るグラス。そして一人の男の服にはシミが出来ている。話によると、令嬢が男にジュースをかけてしまったようだが……それにしても様子がおかしい。
 令嬢の怯えっぷりからして、わざとではないのは明白。それなのに彼女は「やってない」と主張しようとしている。

 うーん、きな臭いなぁこれ。
 とにかくこんなの見過ごせない。わざとでも、わざとでなかったとしても、あんな風に男三人で令嬢を囲んで詰め寄るのは違うと思う。それは脅迫に他ならないだろうから。
 はぁ。とため息をついてから近くのテーブルに皿を置き、「行くわよイリオーデ」と言って騒ぎに首を突っ込みに行く。
 イリオーデは「お供致します」と大人しく後ろを着いて来た。

「どうやって弁償してくれるんだ? これ結構高かったんだがなァ」
「こいつが風邪でも引いちまったらどう責任取ってくれるんだよ、おい」
「罪はさっさと認めた方がいいだろ。帝国法に則って、な?」

 恐怖からか涙目で震える令嬢を見下ろして、ニヤニヤと汚い笑みを浮かべる男達。それに向けて、私は傲岸不遜モードで対応する事にした。

「──あら、おかしいわね。私《わたくし》はそのような帝国法を耳にした覚えは無いのだけど……教えてちょうだいな、一体何条何項の法なのかを。この私《わたくし》に」

 笑顔なんて必要無い。今の私は氷の血筋(フォーロイト)なのだから。

「あん? 誰だ──って、王女……殿下?!」
「何で野蛮王女がっ!?」
「っ、アハハァ……いやぁ。まさか王女殿下にお声掛けいただけるなんてこうえ……」

 突然の野蛮王女の介入に分かりやすく戸惑う男達。
 その中の一人が失礼にも握手を求めて来たので、私は小さく「イリオーデ」と呟いた。その瞬間、イリオーデによってその男の手が捻りあげられて。

「ぃいだぁああああああッ!?」
「不敬な輩が……王女殿下の玉体に触れようなど、万死に値する」

 叫ぶ男に侮蔑の視線を送り、イリオーデは更に手に力を込めた。
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