だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
「シュヴァルツ君とナトラちゃん……だったよね?」

 覆面の端から濁った灰色の瞳を月明かりに晒して、男は言葉を発する。

「あー……ある、なんとか!」
「ベルベルトとかではなかったかの」
「合体したら丁度いい感じかも? アルベルト……とかだった気がする。どーでもいいけどぉ」

 諜報部支給の制服に身を包むアルベルトが、不思議そうな目で木の上のシュヴァルツとナトラを見上げている。
 この二人はアルベルトと一度しか会っていないので、当然のように名前を忘れていた。更には大した興味も抱いてなかった。

(あんな所で何やってるんだろう…………)

 アルベルトはただただ困惑していた。
 実の所、彼とてシュヴァルツ達とやろうとしていた事は変わらず、諜報部での訓練の隙間時間に『ついに社交界デビューをしたと噂の王女殿下』の様子を見に来ただけなのだ。
 パーティー会場がよく見える場所はこの辺りか、とアタリをつけて来てみた所……予想外にも先客がいたのである。

「もし良かったら、俺もそこに登っていいかな」
「えー、まぁいいけどー」
「我は今超重要任務中なのじゃ、邪魔だけはするでないぞ」

 アルベルトは内心で少しホッとしつつ、トンッと軽く地面を蹴り、あっという間にシュヴァルツ達の座る太い枝へと登った。
 流石に子供二人と大人一人が乗れば、いくら太い枝と言えども多少は揺れる。しかしこの三人はそのような些事は全く気にとめず、熱心に会場を見つめていた。

「ところでお前、今どこで何してるの? ぶっちゃけた話……アルベルトの件に関しては、ぼくなーんにも知らないんだよね」
「我もじゃ。アミレスがやけに張り切っておったのは知っとるがの」

 ちらりと横目でアルベルトを見上げ、シュヴァルツは問うた。

「……詳しくは言えないが、普通に働いている。王女殿下のお陰で弟にも会えて、俺は今とても幸せだ」

 アルベルトの口元が柔らかく弧を描く。顔にあった青痣もほとんど消えていて、今では傷の無い端正な顔が彼の魅力を底上げしている。
 弟《エルハルト》──……サラに会えた事により、ストレスなども久しく感じなくなった。今の彼は、彼のそれまでの人生でトップクラスの健康っぷりだった。

(本当に、こんなにも心に余裕が出来るなんて思わなかった。お陰様で訓練にも集中出来て、後半年もあれば実務に移れる……ああ、早くあの御方の為に働きたいな)

 アルベルトはささやかな未来を妄想し、幸せな気持ちとなっていた。数ヶ月経とうとも、彼が己を救った王女の為に生きたいと願う事は変わらず、寧ろその願いを肥大させていくだけであった。

「うげっ!?」

 そんな時だった。カエルが潰されたような声を発しながら、シュヴァルツは慌てて身体を後ろに倒し、膝のみで枝にぶら下がった。
 突然の事にナトラとアルベルトは困惑する。「あっぶねー……」と言いながらゆらゆらぶら下がっているシュヴァルツに向け、怪訝な視線を送っていた。
 その頃、アミレスの元には一人の純白の男が現れていて。シュヴァルツはその男を目視した為、すぐさまそれを止めて姿を隠そうとしたのだ。

(なんであんな奴までいるのかな〜! リードですらぼくが魔族だって気づいてたんだぜ、国教会の聖人とやらなら下手したら悪魔って事までバレるかもしれねぇし!!)

 まさかあんな男の登場で、監視任務を妨げられるとは思いもしなかったシュヴァルツ。相も変わらず美しく着飾り、パーティーを楽しむ彼女の姿を見て、溜飲を下げようとしていたのに。
 気をよくするどころか、寧ろ更なる不快感を覚えていた。

「む、なんじゃあれ。人ではないのぅ……」
「赤い、目だ」
「え? 何々、まってよ面白そう」

 更に現れた深紅の目の男に、ナトラとアルベルトが誰だアレ。と首を傾げる。その声だけを聞いて、シュヴァルツは好奇心をそそられた。

(凄い気になる。人じゃない赤い目って気になる。どうせ亜人とかなんだろうけど。そんな奴がおねぇちゃんに近づいてる事は不愉快だけど、それはそれとして気になるなァ!)

 しかし少しでもミカリアを見ては、化け物のごときミカリアに色々と勘づかれる恐れがある。これは一か八かの賭けであった。

(一瞬だけ……一瞬だけ……っ!)

 そう、覚悟を決めたシュヴァルツは一瞬だけ身体を起こし、会場を見た。そして瞬く間に元の体勢に戻る。
 その際、彼は叫んだ。

「吸血鬼じゃねぇか!!」

 絶滅危惧種と言っても差し支えない種族。魔族と亜人の狭間を彷徨う、形不確かな存在──……それが吸血鬼である。
 一説によれば吸血鬼は悪魔から派生して生まれたもので、魔族に数えられる事もある。また一説によれば何かの病に侵された者が他者の血を求める怪物に変わり果てた為、亜人に数えられる事もある。
 だからこそ、シュヴァルツも吸血鬼という種族の知識はあるのだ。それこそ、一目見て分かるぐらいには。

「あれは吸血鬼なのか。我の花畑を荒らしおったゆえ、五百年程前に呪ってやった気がするのじゃが…………まだ生きておったとはな」

 長命種的主観でナトラが物騒な事を呟くと、

(五百年……? 呪う……??)

 アルベルトはその隣で疑問符を生み出し続けた。彼もまた、意外にも興味の無い事にはとことん頭が働かないようで、以前聞いた筈のナトラの正体を完全に忘れていた。
 何せアルベルトからしてもナトラやシュヴァルツとはたった一度しか出会っていない相手なのだ。名前をきちんと覚えていただけでも十分である。

(……やっぱり、王女殿下に仕えている人達は凄いな。こんな子供達でさえもこうとは──)

 ついに彼は考える事を諦めた。懸命な選択だ。
 その後も度々、アルベルトはナトラやシュヴァルツの発言に困惑しつつも、案外二人と仲良くアミレスの観察を続けるのであった。
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