だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

181.ある皇太子の錯綜

 誕生日に特別な思い入れなどなかった。歳を重ねるだけの日。ただそれだけだった。

 毎年、一度も会った事の無い令嬢や貴族達から賄賂のように送り付けられる贈り物。それは山を成し、始末がとても面倒だった。
 城に仕掛けられている魔法により危険物は除外されていたので、そのプレゼントの山を毎年僕自ら処理する必要があった。にわかに信じ難い話だが、ケイリオル卿曰く『歴代皇族はみなそうしてましたよ』との事なので……仕方なく、嫌々時間を割いてプレゼントの山を崩して来た。

 要らない物、要らない物、要らない物。そうやって、百近くある贈り物をわざわざ一つずつ見ては不要なもの入れに投げ入れる。
 稀に有用な物もあって、それとかは一応必要なもの入れに入れた。例えば絶版となった歴史書だったり、貴重な素材を用いたペンだったり。後は…………匿名で毎年メッセージカードが附属している小さめの贈り物だろうか。

 誰も彼もが恩着せがましく名乗る中、その贈り物の贈り主は何故か名乗らず、妙に気が利く物を贈ってくるな。と僕の記憶にも留められている。
 その文面はいつも同じ。メッセージカードが着いていようとも大抵のものは皇太子への媚び売りにも関わらず、その匿名のメッセージカードだけは、何様のつもりなのか毎年僕の体を気遣う内容だった。

『これからも皇太子殿下が末永く健康でありますように』『少しでも、日々お忙しい皇太子殿下の安らぎとなりますように』と書かれたそのメッセージカードを、どういう訳か僕は毎年捨てずに引き出しの中に入れていた。
 こんな風に誰かに心配されたり気遣われたのは初めてだったからだろうか。

 僕は皇太子だ。現皇帝たる父上の元に生まれた長男であり、生まれた時からいずれ皇太子となり、皇帝になる未来を約束されていた。
 故に僕は常に完璧であらねばならなかった。人に心配や迷惑などかけず、いずれ玉座に腰を降ろした時に公正かつ厳格な皇帝となる為に、弱みを見せるような事だけはあってはならなかった。

 それが父上の元に生まれた唯一の男児たる僕の役目。与えられた責務。
 それを知る城や皇宮の者達は、当然そのような生温い言葉などかけて来なかった。別にそれで良かった。それが普通だと思っていた。
 僕の母は僕が二歳になる少し前に亡くなった。理由は妹を産んだから。一体どういう訳か、母は妹を産んですぐに原因不明の死を果たしたらしい。

 当時の記憶はあまり残っていないが、母はとても優しい人だったと思う。母がいない事もあって、僕はそういった温かい言葉というものに馴染みの無いまま育っていた。
 別にそれを悲しいだとか虚しいだとか思わないし、正直に言うと割とどうでもいい。

 だが、それでも……いざ実際にそういった言葉をかけられると、何故だか少し胸が温かくなった気がした。
 だから僕は、柄にもなく贈り物のメッセージカードをまとめて保存したりしていた。勿論、贈り物の方はきちんと使用していた。

 ある年は疲労回復にいい茶葉。ある年は肌触りのいい香り立つハンカチーフ。ある年は速乾性の上質なインク。ある年は目元を温める事の出来る布の仮面(マスク)。ある年は栄養価の高い菓子。ある年はリラックス効果のあるお香。

 どういう訳か、比較的僕が好む系統の味や香りの物ばかりで…………贈り主は西宮の召使か侍女なのでは、と予測を立てていたのだが。ここに来て、その予測は外れていた事を知った。

「お誕生日おめでとうございます、お兄様。お兄様の健康とご成長を心よりお祈り申し上げますわ」

 幾度となく見た文言。確かにそれはよくある定型文ではあるが、何故、お前がそれを? ……いや、ただの偶然か。先程言った通りこれはよくある文言。この女がそれを口にしようともおかしい事ではない。

 昨日よりかは大人しく、場を弁えた格好のあいつがわざとらしい笑みを浮かべて贈り物を手渡して来た。
 それは手のひらに乗っかるぐらいの大きさの箱。まさか、この女に誕生日に贈り物をするなんて気の利いた事が出来るなんて。
 そう、驚いていた時だった。

「……それは安眠効果のあるアロマキャンドルですわ。お忙しいお兄様に少しでも安らぎを、と思い私《わたくし》自ら選び抜きましたの」

 ここまで来て、偶然と言い張る事が僕には出来なかった。僕の体を気遣うような贈り物といい、その言葉といい。

 ……まさか。今までのあの贈り物は、全部お前が贈って来たものだったのか?
 何故、どうして。お前は僕を憎悪に満ちた目で睨む程に嫌いで、僕もお前のことは殺せるなら今すぐにでも殺したい程に嫌いだ。
 ならばどうして、お前は、憎たらしい程に嫌う相手に匿名でメッセージカードまでつけて贈り物をしていたんだ。馬鹿なのか? 阿呆なのか?

 どうして嫌いな相手の体を気遣うような真似をした。いやそもそも、どうしてお前が僕の好みを知っているんだ。
 分からない。理解不能な事態に直面し、脳が硬直する。
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