だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
「……そうか。気が向いたら使おう」

 何とか口を動かして、適当な返事をする。

「はい、気が向いたら使って下さいな。では後がつかえております故、私《わたくし》はこれで」

 鮮やかに一礼し、あいつは笑顔で去って行った。待て。という言葉が口から飛び出そうになって、それを必死に止めてみせた。
 どうして。何故……今僕は──あいつを引き止めようとした?
 その不可解な行動が理由か? それともその真意を探る為か。あるいは───。

 考えても考えても、僕は先程の自分の行動に納得がいかなかった。何故なら合理性に欠けていたから。どうして、存在すらも忌まわしいあの女を引き止めようなどとしたのか…………答えが見つからなかったのだ。

 その後も暫く、僕の頭はその疑問に囚われていた。腹立たしい事に、あいつに関する問題はことごとく解決せぬまま僕の頭に居座る。まるでそれそのものに執念が宿っているかのように、その汚泥は足に絡みつく。

 それによりどこか上の空のまま、僕は客人達の対応をする事になった。おべっかを使う貴族達から祝われ、相も変わらず色目を使って来る令嬢達に耳障りな声で話し掛けられ、同世代の無能な男達は何とか僕の側近になろうと必死に己を売り込んで来る。

 ああ、なんと煩わしい事か。何もかもが面倒臭い。何故このような非生産的かつ無意味な事をしなければならないのか。こんな者達に時間を割いてやるぐらいなら、仕事をしていた方が幾倍もマシというもの。
 父上からのお言葉ももう戴いたのだから、叶うなら今すぐにでもこの会場から抜け出したい。そう思っていた時だった。

「帝国の新しき太陽、皇太子フリードル・ヘル・フォーロイト殿下にレオナード・サー・テンディジェルがご挨拶申し上げます」

 ようやくひと波片付いたかと思えば、テンディジェルの秀才が現れた。彼と会うのはこれで二度目。一度目は以前大公領へ視察に行った時……歳が近いという理由と、彼が僕の側近の最有力候補と周りに言われていた為か、当時大公領の案内を彼は任されていたな。

 あの領地から離れる気配の無かったこの男が、まさか僕の誕生日なぞを祝う為に帝都まで来るとは。恐らく現大公に強制的に向かわされたとかだろうが。
 あの大公ならやりかねない。と推測し、僕はレオナードの瞳を僅かに見上げて口を開く。

「よく帝都まで来たな、レオナード」
「は、フリードル殿下のお誕生日なのですから当然でございます。我が父、我が伯父と共に用意した誕生日の贈り物もありますので後でご確認下さいませ」
「そうか。楽しみにしておこう」

 お辞儀をした後、顔を上げたレオナードは暫しの間僕の顔を不躾にじろじろと見ていた。それ自体には慣れているが、こうも真正面からされると不快で仕方ない。

「僕の顔に何か付いているか?」

 眉を釣り上げて威圧的に問うと、

「あっ、いえ……すみません。ご兄妹だというのに、お二人があまり似ていなくて気になってしまったんです」

 レオナードはハッとしたように焦りで頬に汗を浮かべ、謝罪して来た。
 ……あの女の話か。レオナードとてこの会場にいたのだからあいつを目にしていてもおかしくはない。それに、その言葉自体は昨日から──いや、昔から言われていた事だ。僕は父上に似てあいつは母上に似た。ただそれだけの事。

 だがこうも話題に挙げられては、忘れようにもあの疑問を忘れられない。もういっその事、レオナードに聞くか? 確か、彼もいくつか歳下の妹がいた筈だ。
 あの女の不可解さについて、何か有益な助言を得られるやもしれない。

「その事については不問とする。その代わりに、少し付き合え」
「は、はい……分かりました」

 あまり貴族達に聞かれたくない話だ。なので少し人気のない所へ、とレオナードを伴って一度テラスに出る。彼は困惑しつつも着いてきて、周りに人気が無い事を確認して僕は口を切った。

「──世の妹というものは、心底憎んでいる兄に毎年わざわざ贈り物をするものなのか? 同じく妹を持つお前に、忌憚なき意見を述べて欲しい」

 するとレオナードは「え」と目を丸くして、困ったように目を逸らす。

「普通はしないと思いますよ。肉親でないにしても、嫌いな人に贈り物なんてしないでしょう」
「ならば何故……僕の妹は毎年欠かさず、わざわざ、匿名で僕を気遣うような贈り物を寄越して来たのだ?」
「えぇぇぇ…………あー、えっと……それはー、その。実は嫌いじゃないとかでは?」

 俺に聞かれても。と言わんばかりの困惑っぷりを隠す事無く、レオナードは意見を述べた。しかしそれは期待外れのものであった。
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