だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
「ご苦労だった。相当仕事詰めだった事だろう、暫しゆるりと休め」
『お気遣いありがとうございます、陛下。しかしここで私が休めばこの国は傾きますので、休もうにも休めないのですよ』
「一体、何がお前をそこまで追い込んでおるのか」
『ははは。陛下ですよ』
これは冗談《ジョーク》というものだ。そう目くじらを立てるでない。
『とにかく。可能な限り早く予定を済ませて帰って来て下さいね、陛下。私とて人間ですから、いつまでもこの調子という訳にはいきませんので』
ケイリオルがため息混じりに吐いたその言葉に、私は強く反応した。
「ケイリオル……まさか、お前まで私の前から失せるつもりではなかろうな」
手に持った浅めの器に亀裂が走る。彼奴の発言に、怒りを抱いているからだろう。手に力が入り、皮膚には血管が浮かぶ。
『──まさか。私が死ぬ時は、陛下と同じ墓に入る時ですよ』
「…………左様か、ならば良い。しかし二度と私の耳が届く場にてそのような発言をするな。次は無い」
『は、畏まりました。軽率な発言をしてしまい申し訳ございません』
ケイリオルからの返答に満足した私は、ケイリオルとの連絡を終えてから、酒を器に注がずに直に喉へ流し込んだ。
改めて彼奴の考えを知れて、安心したのだ。ケイリオルは私の前から消え失せない。私を置いていかない──そう分かっただけで。私はまるで子供のように安堵していたのだ。
「……なぁ、見ているか。お前の見たがっていた景色は、存外普通のものだったぞ」
窓の外に見える満月を見上げ、私は呟いた。
こんな事なら我が国の方がもっと美しい。いくつもの国を巡ろうとも私の感想は変わらぬ。
何度、お前の望んだ景色を見ようとも。私の目にはただの景色にしか見えない。お前が語っていたような、思い出に残る光景とやらには見えんのだ。
「お前の目には、一体この世界がどう映っておったのだ──……アーシャ」
♢♢
「はぁぁぁぁ…………何を口走ってるんですか、私は」
陛下との連絡用魔水晶から光が消えたのを確認し、私は膝から崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。
全身から力が抜けるよう。つい、疲労からか余計な事を口走り、陛下の機嫌を損ねてしまった。
汗という汗が滝のように流れ、心臓は速く鼓動する。よかった、早々に誤解を解けて本当によかった。私は決して陛下の元を去らないと、そう伝えられてよかった。
「……安心して下さい。私は、私だけは……何があっても貴方より先に死なないから」
それは、いつの日か彼と交わした誓い。
『───何があろうとも。俺とお前はこれから先もずっと一緒だ。俺達二人で、あいつが安心して暮らせる国にするんだ』
今よりもずっと幼い姿の彼は、唯一の仲間であった僕に握手を求めながら、そう言い切った。
『───お前、は……お前だけは……絶対に、私の前からいなくならない、だろうな』
初めて見るような恐慌状態で、彼は救いを求め縋るように手を伸ばし、震える口で言葉を紡いだ。
一度目はとある少女を守ろうと決めた時。二度目はとある女性が二度と笑いかけてくれなくなった時。その二度の誓いを経て、私は強く決意したのだ。
何があろうとも、僕だけは──……私だけは彼を裏切らない。彼が死ぬその時まで、必ず生きて共に死ぬと。あの女《ひと》の代わりに、彼の人生をその最期の時まで守ると。
僕は僕を捨て、彼の影となる事を選んだ。彼と同じように『私』と一人称を変えて、名も顔も捨てた。
僕《わたし》は、彼にこの人生を捧げる事を誓ったのだ。
「…………どんな結末を迎えても──貴方が少しでも笑って、この世界を楽しんでくれるなら。もう二度と、あんな後悔をしなくても済むのなら」
僅かに凍る小さな空き瓶を強く握り締め、私はふらふらと立ち上がった。ふと思い立って、窓の外一面に広がる星空と満月を見上げる。ただ漠然と、きっと彼も同じ月を見上げているだろうと思ったのだ。
……大好きな貴方がもう二度と、あんな風に苦しまなくて済むのなら。私は──、
「喜んで、悪になるよ。例えそれで貴方に嫌われようと、憎まれようとも構わない」
今度こそ貴方の代わりになろう。貴方が苦しむぐらいならば私が苦しもう。貴方が傷つくぐらいならば私が傷つこう。貴方がもう二度と後悔しないよう、どんな手段を用いてでも私は最悪の結末を阻止しよう。
大好きな貴方と、大好きな彼女が遺した子供達の幸せの為にも。私は喜んで犠牲になろう。
だってそれが──……私という人間の役目ですから。
『お気遣いありがとうございます、陛下。しかしここで私が休めばこの国は傾きますので、休もうにも休めないのですよ』
「一体、何がお前をそこまで追い込んでおるのか」
『ははは。陛下ですよ』
これは冗談《ジョーク》というものだ。そう目くじらを立てるでない。
『とにかく。可能な限り早く予定を済ませて帰って来て下さいね、陛下。私とて人間ですから、いつまでもこの調子という訳にはいきませんので』
ケイリオルがため息混じりに吐いたその言葉に、私は強く反応した。
「ケイリオル……まさか、お前まで私の前から失せるつもりではなかろうな」
手に持った浅めの器に亀裂が走る。彼奴の発言に、怒りを抱いているからだろう。手に力が入り、皮膚には血管が浮かぶ。
『──まさか。私が死ぬ時は、陛下と同じ墓に入る時ですよ』
「…………左様か、ならば良い。しかし二度と私の耳が届く場にてそのような発言をするな。次は無い」
『は、畏まりました。軽率な発言をしてしまい申し訳ございません』
ケイリオルからの返答に満足した私は、ケイリオルとの連絡を終えてから、酒を器に注がずに直に喉へ流し込んだ。
改めて彼奴の考えを知れて、安心したのだ。ケイリオルは私の前から消え失せない。私を置いていかない──そう分かっただけで。私はまるで子供のように安堵していたのだ。
「……なぁ、見ているか。お前の見たがっていた景色は、存外普通のものだったぞ」
窓の外に見える満月を見上げ、私は呟いた。
こんな事なら我が国の方がもっと美しい。いくつもの国を巡ろうとも私の感想は変わらぬ。
何度、お前の望んだ景色を見ようとも。私の目にはただの景色にしか見えない。お前が語っていたような、思い出に残る光景とやらには見えんのだ。
「お前の目には、一体この世界がどう映っておったのだ──……アーシャ」
♢♢
「はぁぁぁぁ…………何を口走ってるんですか、私は」
陛下との連絡用魔水晶から光が消えたのを確認し、私は膝から崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。
全身から力が抜けるよう。つい、疲労からか余計な事を口走り、陛下の機嫌を損ねてしまった。
汗という汗が滝のように流れ、心臓は速く鼓動する。よかった、早々に誤解を解けて本当によかった。私は決して陛下の元を去らないと、そう伝えられてよかった。
「……安心して下さい。私は、私だけは……何があっても貴方より先に死なないから」
それは、いつの日か彼と交わした誓い。
『───何があろうとも。俺とお前はこれから先もずっと一緒だ。俺達二人で、あいつが安心して暮らせる国にするんだ』
今よりもずっと幼い姿の彼は、唯一の仲間であった僕に握手を求めながら、そう言い切った。
『───お前、は……お前だけは……絶対に、私の前からいなくならない、だろうな』
初めて見るような恐慌状態で、彼は救いを求め縋るように手を伸ばし、震える口で言葉を紡いだ。
一度目はとある少女を守ろうと決めた時。二度目はとある女性が二度と笑いかけてくれなくなった時。その二度の誓いを経て、私は強く決意したのだ。
何があろうとも、僕だけは──……私だけは彼を裏切らない。彼が死ぬその時まで、必ず生きて共に死ぬと。あの女《ひと》の代わりに、彼の人生をその最期の時まで守ると。
僕は僕を捨て、彼の影となる事を選んだ。彼と同じように『私』と一人称を変えて、名も顔も捨てた。
僕《わたし》は、彼にこの人生を捧げる事を誓ったのだ。
「…………どんな結末を迎えても──貴方が少しでも笑って、この世界を楽しんでくれるなら。もう二度と、あんな後悔をしなくても済むのなら」
僅かに凍る小さな空き瓶を強く握り締め、私はふらふらと立ち上がった。ふと思い立って、窓の外一面に広がる星空と満月を見上げる。ただ漠然と、きっと彼も同じ月を見上げているだろうと思ったのだ。
……大好きな貴方がもう二度と、あんな風に苦しまなくて済むのなら。私は──、
「喜んで、悪になるよ。例えそれで貴方に嫌われようと、憎まれようとも構わない」
今度こそ貴方の代わりになろう。貴方が苦しむぐらいならば私が苦しもう。貴方が傷つくぐらいならば私が傷つこう。貴方がもう二度と後悔しないよう、どんな手段を用いてでも私は最悪の結末を阻止しよう。
大好きな貴方と、大好きな彼女が遺した子供達の幸せの為にも。私は喜んで犠牲になろう。
だってそれが──……私という人間の役目ですから。