だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
「これは王女殿下。何か本をお探しですか?」

 受付の司書が私を見上げてそう尋ねてくる。私はニコリと微笑んで、

「えぇ。『白紙の辞書』を探しているのだけど、あるかしら?」

 諜報部への依頼をする為の合言葉を口にする。
 すると司書は一瞬目を丸くして、すぐさま元の笑顔に戻った。「『白紙の辞書』ですね、少々お待ち下さい」と言ってから引き出しをいくらか探り、一枚の紙を出して司書はペンを渡して来た。

「では、こちらに御氏名と辞書の内容の方をご記入下さい」
「分かったわ、ここでいいのですね」

 私は司書に言われるがまま、紙に氏名と依頼内容を記入してゆく。
 ちなみに依頼内容によって合言葉が少し異なり、殺人なら『白紙の童話』。調査なら『白紙の辞書』。潜入なら『白紙の小説』……とそれぞれ定められている。

 依頼の為の報酬はその依頼を達成した諜報員が仕事後に望むだけ、という形式なので今はこうして依頼するだけなのだ。
 だからこの依頼方法を知る者は、どうかまともな諜報員に当たりますようにと願うらしい。何でも、たまに法外な報酬を要求される事もあるからなのだとか。
 まぁ私はサラのルートでこの依頼システムの裏側をチラッと見たから、その諜報員が望むだけの報酬を与えるという形式ではあるものの、裏で実は一定の料金を定めているのだと知っている。

 そこからの上下は依頼の難易度によりけり……危険な依頼であれば値段は跳ね上がるし、簡単な依頼であれば値段は変わらないらしい。
 私が依頼しようとしている調査は、多分、それなりに危険なものなので報酬も前もってふんだんに用意しておいた。これだけあれば足りない事は無いだろうと。
 諜報員ガチャの方は特に気にしていなかった。だって報酬システムの裏側知ってるし、ちゃんと依頼を達成してくれる人ならばこちらとしては十分なので、そんなに気にする必要が無かったのだ。

「……はい。『白紙の辞書』探しの方、受け付けました。見つかり次第お知らせしますね」
「何卒、よろしくお願いしますわ」

 用紙への記入を終えた私は暫く本棚を眺めていた。気になる文献を見つけてはパラパラとページを捲り、とりあえず頭の片隅に置いておく。
 そうする事二冊分程。五冊近い本を両手に抱えたイリオーデが私の元に戻って来た。頼んでいた本を見つけて来てくれたようだ。

 私は一度席に座り、先程と同じかそれ以上に早くページを捲りその内容全てを暗記していく。映像記憶はどちらかと言えば苦手なのだが、今ここで本の内容の暗記に費やす時間はあまりないのだから仕方無い。
 この本が借りられたら良かったのだけど、いわゆる絶版本で持ち出し禁止なのでここで読み切るしかないのだ。だが生憎と私は何故か忙しいのでそんな時間は無い。つまりやるべきは──高速暗記である。

「王女殿下、つかぬ事をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「ん、なぁに?」

 三冊目に入って、丁度目が疲れてきたなーと思って来た頃。後ろで立っていたイリオーデがおずおずと声をかけて来たので、私は丁度いいやと一旦休憩する事にした。
 顔をイリオーデの方に向けて、用件を聞く。

「王女殿下は速読もお得意なのですか?」
「速読? いやそれがねー……全然苦手なの。兄様やお父様はきっと得意なんだろうけど、私は全然」

 肩を竦めて、情けないなと頬を掻く。速読出来る人って本当に凄いと思う。どうしてそんな高速で読み解けるのか……。
 ちゃんと読み込まないと理解出来ない私からすれば本当に訳が分からない話だ。

「……? では、先程まで一体何を……?」

 イリオーデは眉をひそめて首を傾げた。言われてみれば確かに、先程までの私は傍から見れば速読していたように見えていただろう。
 しかしその本人が速読ではないと否定したものだから、イリオーデは困惑しているのだ。

「ただ映像記憶…………えっと、見たままに全部記憶していただけよ」
「見たままに全部記憶……ですか」
「うん。後でその見たままの記憶から覚えなきゃいけない内容を一文ずつ読み解いて記憶するの。二度手間だし、映像記憶の方は疲れるから苦手なんだけど、今みたいに時間が無い時はこうした方が楽で」
「…………」

 私の説明に、イリオーデはぽかんとしていた。私でもちょっと何言ってんのって思うもの。そりゃあ彼からすれば宇宙猫案件よ。

「ま、まぁ。簡単に言えばとにかく見て覚えてるだけよ」

 簡潔な言い回しを考えて口にしたが、イリオーデは変わらず開いた口が塞がらないままで。少ししてようやく口を開いた彼は、

「……──流石は王女殿下です。やはり、この世で最も優れた御方は貴女様ですね」

 なんかよく分からない事を口走った。いや本当に突然何!? と私が困惑したのは最早言うまでもない。
 そしてその日の夜。気がついたら寝室の窓の外に謎の花が置かれていたので、なんだろうと窓を開けた時。目の前に突然黒ずくめの男が現れたのだ。
 流石の私もこれにはかなり驚いた。お化けとか割と苦手なので、凄く驚いた。心臓飛び出すかと思った。
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