だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

192.貴族会議2

「っ?!?!」

 逆光で顔が良く見えなかった上、気配も無く現れたそれに私は息を飲み、白夜を喚んで構えたのだが──そんな私に向け、その男は慌てて両手を前に出して左右に振った。
 何だこの動き……と警戒した所で、その男は躊躇いつつもその覆面を取った。そして私は唖然とする。

「王女殿下、俺です」
「え、あ……アルベルト……??」

 まさかの来客に脱力し、白夜を構える手は体側にしなだれ落ちる。

「本当は顔とか見せたらいけないんですが、王女殿下相手ならば今更な節もありますし……どうやら、怖がらせてしまったようなので」

 アルベルトは困った顔で、申し訳ございません。と頭を下げた。勘違いして警戒したのは私だから、と告げる。
 先程は逆光で見えなかったものの、確かによく見れば諜報部の制服を着ている。…………ん? もしかしてアルベルトがここに来たのって。

「もしかして、依頼を受けてくれたのって……」
「はい、俺です。王女殿下の役に立ちたくて」

 マジか。凄い偶然じゃない。

「依頼を受けた諜報員がその日のうちに、依頼者の元に依頼内容の最終確認と大まかな日数を聞きに行く事になってて……こんな時間にこんな格好だったから怖がらせてしまったようで、すみません」
「いやそれは……そんな仕組みだって事を知らなかった私に非があるので……」

 ゲームでサラそんな事言ってなかったもん! 知らないわよそんなの!!
 と、脳内で内なる私が暴れる中。アルベルトが「ごほんっ」と一つ咳払いをして、

「改めまして──……此度の辞書探しの方を務めさせていただきます、偽名《コードネーム》ルティと申します」

 恭しく一礼し、アルベルトはキリリとした表情でそう名乗った。
 コードネーム……何それかっこいい……。なんて間抜けな感想を抱いていたのだが、そこである事を思い出す。

「あっ、ちょっと待って。私、さっき普通に本名で呼んじゃったわよね? いや本当にごめんなさい……っ」

 ハッとなって慌てて謝ると、アルベルトは「誰にも聞かれていないので大丈夫ですよ」と聖母のような広い心で許してくれた。身バレ程恐ろしい事は無いのに……なんていい人なの……。
 こんな心優しい人に茶の一つも出さないなんて王女が廃る。とりあえずアルベルトを長椅子《ソファ》に座らせて、紅茶を出した。
 アルベルトは困惑しながらもその紅茶を飲んでくれた。そして、

「では依頼内容の確認の方に移ります」

 途端に仕事モードに入り、改まった顔で切り出される。

「──本当に、この組織の調査でよろしいのですね?」
「えぇ。その組織の本拠地と構成員の数……とかその辺りの情報が私は欲しいの」

 調査対象が対象なだけに、アルベルトが心配そうな面持ちでこちらを見てくる。
 しかしどのような依頼であろうとも口を出さないのが諜報部の決まり。アルベルトは本当にいいのかと確認だけして、それ以上は何も追及して来なかった。

「日数など何か希望はありますか?」
「そうね……遅くても二ヶ月以内だと助かるわ」
「分かりました。では二ヶ月以内にご希望の調査を終わらせます」

 そうやって、あっさりと最終確認は終わってしまった。数ヶ月振りにアルベルトに会えたのだから、こちらとしては色々と聞きたい事があったんだけど……と少し物寂しい気持ちに肩を落としていると。

「…………仕事中に私情を挟むのも、あまりよくないんですが……その。どうしてもお伝えしたい事がありまして」

 アルベルトが真剣な面持ちでおもむろに口を切った。
 すぅ……っ、と彼の呼吸の音が聞こえたかと思えば、

「ありがとうございました。王女殿下のお陰で、俺──今とても幸せなんです。本当にありがとうございます」

 深く背を曲げて、彼は頭を垂れた。その後に上げられたアルベルトの顔には、眩しい笑みが浮かぶ。窓から射し込む月光に照らされて、僅かにではあるがその瞳にも光が宿っているように見えて。

「……そっか。なら良かったわ」

 その笑顔から、彼の喜びや幸せがひしひしと伝わって来た。どうやらちゃんとサラにも会えたらしい。……本当に、良かったわ。

「では、俺はこの辺りで。依頼完了次第、報告にあがります」

 覆面を着け、フードを被り、アルベルトは別れを言う間も無く颯爽と立ち去った。
 彼が出て行った窓を暫し見つめてから、机に置かれたティーカップを片付けようと目を向けると、私は少し胸が暖かくなった。ほんの僅かな時間ではあったものの、アルベルトはきちんと全て飲み干していってくれたのだ。
 律儀な人だな。と小さく笑いを零しながらそれを片付け、窓を閉めてからその日は就寝した。

 ───それから一ヶ月弱。
 なんとアルベルトはもう調査を終えたのだと言う。そしてその調査結果の資料をこうして手渡しに来てくれたのだ。

「アルブロイト領にある港町ルーシェにて、表向きにはカジノや服飾店などの経営をしつつ、港町の裏社会を牛耳る組織──スコーピオン。調査時点で構成員は八十六人。うち五人が幹部でその上に頭目の男が立つようです」

 私が報告書に目を通すと、それに合わせてアルベルトが口頭でも説明を始めた。報告書に書いてある通りの説明に、私は頷いて相槌を打つ。
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